前回の記事ではCauchy(コーシー)の積分公式について説明しました.
この記事では,Cauchyの積分公式を用いることで正則関数$f$が
とTaylor(テイラー)展開できることを説明します.
微分積分学でもTaylor展開を学びますが,微分積分学では少なくとも無限回微分可能でなければTaylor展開できないのでした.
一方で,複素解析では正則関数がTaylor展開可能ということは,領域上で1回でも微分できればTaylor展開可能ということに他ならず,これは微分積分学のTaylor展開と大きく異なる点となっています.
また,正則関数のTaylor展開を用いることで「領域上で1回でも微分可能な複素関数(正則関数)は無限回微分可能」という,またしても微分積分学では成り立たない事実を証明することができます.
この記事では
- Taylor展開とは何か?
- 正則関数がTaylor展開可能であること
- 正則関数が無限回微分可能であること
を順に説明します.
「複素解析の基本」の一連の記事
テイラー展開とは?
Taylor展開を説明する前に整級数を定義しますが,形式的には微分積分学のときと同じです.
整級数
大雑把に言えば整級数とは「無限に続く多項式」のことを言い,詳しくは次のように定義されます.
$\alpha\in\C$に対して
で表される複素関数$f$を$\alpha$中心の整級数(power series)という.ただし,$c_0,c_1,c_2,\dots\in\C$である.
例えば,上の定義の$\alpha$中心の整級数$F$に$z=\alpha$を代入すると,第2項以下は全て0となり$F(\alpha)=c_0$となることが分かりますね.
$z\neq\alpha$であっても$z-\alpha$が0に近ければ,各項$c_n(z-\alpha)^n$は0に近いので$\alpha$中心の整級数は収束しやすくなります.
どれくらい$z-\alpha$が0から離れても収束してくれるか(収束半径)は係数$c_0,c_1,c_2,\dots$がどうなっているかで決まりますが,これについては多くの場合で微分積分学の場合と同様のことが成り立つので,ここでは省略します.
テイラー展開
Taylor展開は関数を整級数で表すことをいいます.
$\alpha\in\C$に対して,複素平面上のある領域上で関数$f$が
と表せるとき,この右辺を$f$の$\alpha$中心のTaylor展開という.また,$f$が$\alpha$中心のTaylor展開で表せるとき,$f$は$\alpha$でTaylor展開可能であるという.
定義は微分積分学と同様ですね.
ここで微分積分学のTaylor展開で成り立った次の定理を思い出しておきましょう.
[Taylorの定理(微分積分学)] $a\in\R$の近くで定義された$n$回微分可能な実数値関数$f$は
と表せる.
この定理は「実関数$f$の微分可能回数が大きいほど,$f$を近似できる多項式の次数も大きくなる」ということを述べていると言えますが,ネガティヴに捉えれば「無限回微分可能か分からなければ,テイラー展開できるか分からない」ということになります.
一方,冒頭でも説明したように複素解析では次の定理が成り立つのが,複素解析と微分積分学の大きな違いの1つです.
[Taylor展開可能性(複素解析) 簡略版] 領域$D$上で1回でも複素微分可能な複素関数$f$は,任意の$\alpha\in D$でTaylor展開可能である.
領域上で1回でも複素微分可能な複素関数を正則関数というのでしたから,「領域$D$上の正則関数は$D$上の任意を中心としてTaylor展開可能である」と言っても同じこともできますね.

正則関数がTaylor展開可能であることの証明
それでは次に直前に述べた[Taylor展開(複素解析)]を証明します.
証明には前回の記事で説明したCauchyの積分公式がベースにあります.
Cauchyの積分公式
Cauchyの積分公式は$D$上の正則関数$f$に対して,任意の点$z\in D$での値$f(z)$を$z$の周り(正方向)での複素積分で表す公式でした.
[Cauchyの積分公式] 領域$D$上で正則な複素関数$f$を考える.任意の$z\in D$に対して,$z$を内部に含む$D$内の閉曲線$C$を考え,$C$の内部でも$f$が正則なら
が成り立つ.ただし,$C$の向きは正方向とする.
Cauchyの積分公式について詳しくは前回の記事を参照してください.

正則関数がテイラー展開可能であること
先ほど述べた[Taylor展開(簡略版)]を正確に書くと次の通りです.
[Taylor展開可能性] 領域$D$上の正則関数$f$と$\alpha\in D$を考える.$\alpha$中心の円周$C$の周および内部が$D$に含まれるとき,ある$c_0,c_1,c_2,\dots\in\C$が存在して
が成り立つ.ただし,$z$は円周$C$の内部の点である.
先ほどは「$\alpha$中心の円内部でしかTaylor展開できない」ということを省略していたので「簡略版」としていたわけですね.
それではこの定理を証明しましょう.
$C$の内部の任意の点$z$をとる.Cauchyの積分公式より
が成り立つ.ただし,$C$の向きは正方向である.右辺の積分の中身は
と変形できる.
$|z-\alpha|<|\zeta-\alpha|$より$|\frac{z-\alpha}{\zeta-\alpha}|<1$だから,$\frac{1}{1-\frac{z-\alpha}{\zeta-\alpha}}$は初項1,公比$\frac{z-\alpha}{\zeta-\alpha}$の等比級数である:
よって,
が成り立つ.
ここで,$(*)$の極限(級数)と積分の順序交換をするため,$\int_{C}$の中の$C$上の複素関数を
と定め,関数列$\{g_n\}_{n=0}^{\infty}$が$n\to\infty$で$C$上一様収束することをWeierstrass(ワイエルシュトラス)のM判定法を用いて示す.
$C$の半径を$R$とする.円周$C$は有界閉集合(コンパクト集合)なので,$C$上で連続な$f$は最大値$M$をもつから,任意の$\zeta\in C$に対して
が成り立つ.$\frac{|z-\alpha|}{R}<1$だから級数$\sum_{k=0}^{\infty}\frac{M}{R}(\frac{|z-\alpha|}{R})^{k}$は収束するので,WeierstrassのM判定法より関数列$\{g_n\}$は一様収束する.
よって,$(*)$で極限(級数)と積分の順序交換ができて
を得る.$c_{k}=\dfrac{1}{2\pi i}\dint_{C}\dfrac{f(\zeta)}{(\zeta-\alpha)^{k+1}}\,d\zeta$とおくと,
となる.係数$c_k$は$z$によらないから示された.
途中で微分積分学で成り立つ
- WeierstrassのMテスト
- 一様収束すれば極限(級数)と積分の順序交換が可能
を用いていますが,これらは複素解析でも同様の証明で成り立つことが分かるので認めて用いています.
正則関数が無限回微分可能であること
微分積分学では整級数について次が成り立つのでした.
[整級数と微分可能性] $a\in\R$中心の整級数
の収束半径が正なら(0でなければ),$F$は$a$で無限回微分可能で導関数は
となる.
この補題は$F$と$F’$が整級数が同じ収束半径を持つことなどから証明できるのですが,全く同様に複素解析でも証明できます.
領域$D$上の正則関数$f$が$a\in D$の近くでTaylor展開可能(すなわち整級数で表せる)という上で示した定理と併せると,$f$はこの定理の$a$で無限回微分可能であることが分かります.
すなわち,次の定理が成り立ちます.
[正則関数の微分可能性] 領域$D$上の正則関数(1回でも複素微分可能な複素関数)は$D$上で無限回微分可能である.
微分積分学では「無限回微分可能→Taylor展開可能」の順に話を進めるしかありませんでしたが,複素解析では[整級数と微分可能性]の補題を用いることで「正則関数→Taylor展開可能→無限回微分可能」という順で話を進めることができるので,いま紹介した[正則関数の微分可能性]の定理が成り立つわけですね.
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