複素関数は「複素変数の複素数値関数」のことで,簡単に言えば「複素数を与えれば複素数を返す関数」のことをいうのでした.
前回の記事では複素解析の主役であるこの複素関数を具体例とともに説明し,図示の方法も説明しました.
複素解析は複素関数の微分と積分を考える分野で,この記事では複素関数の微分法について説明します.複素関数の微分は実数の関数の微分と形式的には同じですが,性質は大きく異なるものになっています.
この記事では
- 複素関数の極限
- 複素関数の微分
- 正則関数の定義と重要定理
を具体例とともに説明します.
「複素解析の基本」の一連の記事
複素関数の極限
実数の関数で微分を定義するために極限を用いたように,複素関数の微分を考えるためにまずは複素関数の極限を定義します.
複素関数の極限も考え方は実数の関数の場合と同じです.
[複素関数の極限] $\alpha\in\C$とし,$\alpha$のある近傍で定義されている複素関数$f$を考える.$z\neq\alpha$を$\alpha$にどのように近付けても$f(z)$が同じ値$\beta$に近付くとき,
と表し,$z\to\alpha$で$f(z)$が極限値$\beta$に収束するという.
厳密には$\epsilon$-$\delta$論法により,「任意の$\epsilon>0$に対して,ある$\delta>0$が存在し
が成り立つとき,$z\to\alpha$で$f(z)$が極限$\beta$に収束するという」と定義されます.
微分積分学の極限
では変数$x$は数直線$\R$上を動くので,「大きい方から近付ける場合(右極限)」「小さい方から近付ける場合(左極限)」が一致すればよかったのでした.
一方,複素関数での極限
では変数$z$は複素平面$\C$上を動くので,近付き方が「左右だけではない」という点が微分積分学の場合と異なります.
複素関数の微分
次に複素関数の微分を定義し,具体例を考えます.
複素微分の定義
[複素微分] $\alpha\in\C$のある近傍で定義されている複素関数$f$に対して,
が存在するとき,$f$は$\alpha$で複素微分可能(または単に微分可能)であるという.また,この極限を$f$の$\alpha$における微分係数といい$f'(\alpha)$と表す.
定義式は実数の関数のときと同じですが,複素関数の極限$z\to\alpha$を考える際には「$z$は$\alpha$に$360^\circ$の近付き方があり得る」という点が実数の関数の極限との違いなのでした.
この違いが複素関数の微分可能性において重要になり,次の具体例にみるように簡単に微分不可能な複素関数が作れます.
複素微分の具体例
次の複素関数$f_1$, $f_2$, $f_3$, $f_4$が微分可能な点を求めよ.
- $f_1(z)=z^{2}$
- $f_2(z)=\frac{1}{z}$
- $f_3(z)=x$ ($z=x+yi$, $x,y\in\R$)
- $f_4(z)=\overline{z}$
ただし,$f_1$, $f_3$, $f_4$は$\C$上で,$f_2$は$\C\setminus\{0\}$上で定義されているとする.
一般に集合$A\setminus B$は$A$から$B$に属する元を除いた集合$A\cap B^c$を表します.よって,$\C\setminus\{0\}$は0を除く複素数全体の集合です.
結論を先に言えば
- $f_1$, $f_2$は定義域上の全ての点で微分可能
- $f_3$, $f_4$は定義域上の全ての点で微分不可能
となります.
[$f_1$について] 任意の$\alpha\in\C$に対して,極限
が存在する.よって,$f_1$は$\C$上の全ての点で微分可能である.
[$f_2$について] 任意の$\alpha\in\C\setminus\{0\}$に対して,極限
が存在する.よって,$f_2$は$\C\setminus\{0\}$上微分可能である.
[$f_3$について] 任意に$\alpha=p+qi$ ($p,q\in\R$)をとる.
(i) $z=x+yi$ ($x,y\in\R$)を$\alpha$に実軸に平行に近付けるとき,$y=q$なので,
となる.
(ii) $z=x+yi$ ($x,y\in\R$)を$\alpha$に虚軸に平行に近付けるとき,$x=p$なので,
となる.
(i), (ii)から$z$の$\alpha$への近付け方で近付き先が変わるから,極限
は存在しない.すなわち,$f_3$は点$\alpha$で微分不可能である.よって,$f_3$は$\C$上のどの点でも微分不可能である.
[$f_4$について] 任意に$\alpha=p+qi$ ($p,q\in\R$)をとる.
(i) $z=x+yi$ ($x,y\in\R$)を$\alpha$に実軸に平行に近付けるとき,$y=q$なので,
となる.
(ii) $z=x+yi$ ($x,y\in\R$)を$\alpha$に虚軸に平行に近付けるとき,$x=p$なので,
となる.
(i), (ii)から$z$の$\alpha$への近付け方で近付き先が変わるから,極限
は存在しない.すなわち,$f_4$は点$\alpha$で微分不可能である.よって,$f_4$は$\C$上のどの点でも微分不可能である.
複素微分の基本性質
次に複素微分の基本性質を紹介しますが,いずれも実数の微分と同様に成り立ちます.
微分の線形性
次の実数の微分でも成り立った線形性は複素微分でも成り立ちます.
[線形性] $\alpha\in\C$とし,$\alpha$のある近傍で定義されている複素関数$f$, $g$と任意の$k,\ell\in\C$に対して
が成り立つ.
定義より
である.
証明も実数の場合と同様ですね.
複素関数の連続性
実数の関数と同様に[$\epsilon$-$\delta$論法]を用いて複素関数の連続性は次のように定義されます.
$\alpha\in\C$とし,$\alpha$のある近傍で定義されている複素関数$f$を考える.このとき,
が成り立つとき,$f$は$\alpha$で連続であるという.
[$\epsilon$-$\delta$論法]で述べれば,「任意の$\epsilon>0$に対して,ある$\delta>0$が存在して,
が成り立つとき,$f$は$\alpha$で連続であるという」となりますね.
実数の関数と同じく連続関数のイメージは「近くの値を近くの値に移す関数」ですね.
さらに次が成り立ちます.
$\alpha\in\C$とし,$\alpha$のある近傍で定義されている複素関数$f$を考える.$f$が$\alpha$で微分可能なら$f$は$\alpha$で連続である.
対偶を示す.もし$f$が$\alpha$で連続でなければ,
の分子$f(z)-f(\alpha)$は0に収束しないが分母$z-\alpha$は0に収束するから,全体として有限の値に収束しない.
よって,$f$が$\alpha$で微分可能でないから命題が従う.
先ほど考えた例では複素関数$f_3$, $f_4$は連続関数ですが,いずれも複素平面$\C$上の全ての点で微分不可能です.
実数の関数でもこのような「全ての点で連続だが,全ての点で微分不可能な関数」は存在はするものの,それほど簡単に作れるわけではありません.これは実数の関数の微分と複素関数の微分の違いの1つと言えますね.
正則関数の定義と重要定理
最後に正則関数の定義と重要定理を紹介します.
正則関数の定義
領域上の全ての点で微分可能な複素関数を正則関数といいます.きちんと書けば次のようになります.
[正則関数] $D\subset\C$を領域とする.$D$上で定まった複素関数$f$が$D$上の各点で微分可能であるとき,$f$を$D$上の正則関数という.
$D\subset\C$が領域であるとは,$D$が連結な開集合であることをいうのでした.つまり,大雑把に言えば$D$は「ひとまとまりで境界を含まない集合」ということですね.
なお,集合の連結性については次の記事を参照してください.

正則関数の重要定理
実数の関数が微分可能であるとき,領域上で1回微分可能であっても2回微分可能かは分かりません.例えば,関数$f:\R\to\R$を
で定めると$f$は$\R$上で1回微分可能ですが,導関数$f’$は
となるので,2回微分可能ではありませんね.
さて,正則関数は「領域上で1回微分可能な複素関数」という定義ですが,実は次の定理が成り立ちます.
[正則関数の微分可能性] 領域$D$上の正則関数$f$は$D$上の各点で無限回微分可能である.
つまり,領域上$D$で1回でも微分可能であれば,その領域$D$上で何回でも微分可能というわけですね.
上でみたように,実数の関数でこのようなことは成り立ちませんから,この正則関数の性質は複素解析ならではの性質ということになります.
ただし,この定理[正則関数の微分可能性]の証明は今の段階ではできず,のちのテイラー展開を学ぶ際に証明します.
コメント