たとえば,5以下の実数全部の集合$A$と,5未満の実数全部の集合$B$を考えます.
このとき,それぞれの集合の最大値は
- 集合$A$には5が属しているので,$A$の最大値は5
- 集合$B$には5が属していないので,$B$は最大値をもたない
となります.しかし,5は集合$B$の最大値ではないものの,$B$でも「5は最大値っぽい値」という気持ちはあります.
そこで,これら「最大値もしくは最大っぽい値」を上限といい,数学では必須の概念です.同様に「最小値もしくは最小っぽい値」を下限といいます.
この記事では
- 上限と下限の定義と具体例
- 上限と下限の基本性質
- 有界な$\R$の部分集合は必ず上限・下限をもつ
を順に解説します.
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上限と下限の定義と具体例
ここでは実数の集合の上限と下限の定義と具体例を説明します.
上限は上界の最小値として定義される
上限を定義するために必要な上界を定義しましょう.
集合$A\subset\R$を考える.$m\in\R$が$A$の上界(upper bound)であるとは,任意の$a\in A$に対して$a\le m$を満たすことをいう.
また,$A$の上界が存在するとき,$A$は上に有界であるという.
つまり,集合$A$の任意の元以上となっている値$m$を集合$A$の上界というわけですね.
上限の具体例を考えましょう.
集合$A$, $B$を
\begin{align*}A=\set{x\in\R}{x\le5},\quad
B=\set{x\in\R}{x<5}\end{align*}
で定める.このとき,集合$A$, $B$の上界を全てを求めよ.
数学では実数全部の集合を一般に$\R$で表します.そのため,たとえば「$a\in\R$に対して」は「実数$a$に対して」と同じ意味です.
$A$の上界も$B$の上界も5以上の全ての実数である.
この例で大切なことは,5は集合$B$の最大値ではありませんが,集合$A$, $B$のどちらも5が上界の中で最小のものとなっている点です.
このことをもとに,次のように上限が定義されます.
$A$が上に有界であるとき,上界の最小値を$A$の上限(supremum)といい$\sup{A}$と表す.一方,$A$が上に有界でないとき,$\sup{A}=\infty$と定める.
つまり,「『任意の$a\in A$に対して$a\le m$』を満たす$m\in\R$のうち最小のもの」を上限とよび,上界が存在しない場合は上限を∞と定めるわけですね.
下限は下界の最大値として定義される
上限と同様に,下限も次のように定義されます.
$s\in\R$が$A\subset\R$の下界(lower bound)であるとは,任意の$a\in A$に対して$a\ge s$を満たすことをいい,$A$の下界が存在するとき$A$は下に有界であるという.
また,$A$が上に有界であるとき,$A$の下界の最大値を$A$の下限(infimum)といい$\inf{A}$と表す.一方,$A$の下界が存在しないときは$\inf{A}=-\infty$と定める.
つまり,「『任意の$a\in A$に対して$s\le a$』を満たす$s\in\R$のうち最大のもの」を下限とよび,下界が存在しない場合は下限を−∞と定めるわけですね.
上限と下限の具体例
次の$\R$の部分集合それぞれの下限と上限を求めよ.
- −2以上3未満の実数上の区間$I$
- 正の整数全部の集合$\N$
- 0以上1以下の有理数全部の集合$X$
(1) $\inf{I}=-2$, $\sup{I}=3$である.
(2) $\inf{\N}=1$, $\sup{I}=\infty$である.
(3) $\inf{X}=0$, $\sup{X}=1$である.
最大値が存在するときは最大値と上限は一致し,最小値が存在するときは最小値と下限は一致しますね.
上限と下限の基本性質
上限・下限に関するいくつかの基本性質を示しておきましょう.
上限・下限のどんなに近くにも元が存在する
上に有界な$A\subset\R$に対して$\alpha=\sup{A}$とおく.このとき,任意の$\epsilon>0$に対して,ある$x\in A$が存在して
\begin{align*}\alpha-\epsilon<x\le\alpha\end{align*}
が成り立つ.
背理法により示す.ある$\epsilon>0$が存在して,任意の$x\in A$に対しても
\begin{align*}\alpha-\epsilon<x\le\alpha\end{align*}
が成り立たないと仮定する.
このとき,例えば$\alpha-\epsilon$は$A$の上界となっているが,このことは上限の定義から$\alpha$は最小の上界であることに矛盾する.
$\alpha\in A$のときは$\alpha$が$A$の最大値なので,このような議論をしなくても成り立つことが分かります.
下限についても同様の定理が成り立ちます.証明は上限の場合と同様なので省略します.
下に有界な$B\subset\R$に対して$\beta=\inf{B}$とおく.このとき,任意の$\epsilon>0$に対して,ある$x\in B$が存在して
\begin{align*}\beta\le x<\beta+\epsilon\end{align*}
が成り立つ.
包含関係にある2つの集合の上限・下限
$A,B\subset\R$は$A\subset B$を満たし,$B$は上に有界であるとする.このとき,$A$も上に有界で
\begin{align*}\sup{A}\le\sup{B}\end{align*}
が成り立つ.
集合$B$が上に有界であるとし$m=\sup{B}$とおく.任意の$a\in A$に対して,$A\subset B$だから$a\in B$なので$a\le m$が成り立つ.よって,$m$は$A$の上界の1つなので,$A$は上に有界である.
また,$A$の上界の最小値が$\sup{A}$なので,$\sup{A}\le m=\sup{B}$が成り立つ.
下限についても同様の定理が成り立ちます.証明は上限の場合と同様なので省略します.
$A,B\subset\R$は$A\subset B$を満たし,$B$は下に有界であるとする.このとき,$A$も下に有界で
\begin{align*}\inf{A}\ge\inf{B}\end{align*}
が成り立つ.
任意の$a\in\R$に対して$-\infty<a<\infty$と定めれば,$B$が有界でない場合でも$\sup{A}\le\sup{B}$, $\inf{A}\ge\inf{B}$が成り立ちますね.このように,$\pm\infty$も「数」のように捉えると便利なこともよくあり,$\R\cup\{\pm\infty\}$を拡大実数ともいいます.
有界な$\R$の部分集合は必ず上限・下限をもつ
集合$A\subset\R$の上限$\sup{A}$は$A$の上界の最小のものとして定義されましたが,$A$が上に有界なら$A$の上界の最小のものはいつでも存在するのでしょうか?実はこの答えは“Yes”です.
集合$A\subset\R$が上に有界なら,必ず$A$の上限$\sup{A}$が$\R$上に存在する.この性質を$\R$の上限性質という.
「公理」と書いたように,この上限性質は実数の定義のうちのひとつの性質なので,何かから証明されるものではありません.つまり,上限性質は$\R$がもともと満たす性質なので,$A\subset\R$が上に有界な集合であれば安心して上限$\sup{A}$が存在するとして良いわけですね.
実数の定義について詳しくは以下の記事を参照してください.

上限性質は別の同値な述べ方をされることもあります.それら同値な述べ方も併せて実数の連続性公理といいます.
上限性質は上限についてしか述べていませんが,上限性質から下限の存在も示すことができます.
集合$A\subset\R$が下に有界なら,必ず$A$の下限$\inf{A}$が$\R$上に存在する.
$-A=\set{-a\in A}{a\in A}$とする.$A$は下に有界なので,ある$s\in\R$が存在して,任意の$a\in A$に対して
\begin{align*}s\le a\iff -a\le-s\end{align*}
が成り立つので$-A$は上界をもつ.よって,$-A$は上に有界だから,上限性質より$M=\sup{(-A)}$が存在する.このとき,任意の$a\in A$に対して,
\begin{align*}-a\le M\iff -M\le a\end{align*}
が成り立つので$-M$は$A$の下界である.
また,$A$の任意の下界$x\in\R$をとる.任意の$a\in A$に対して,
\begin{align*}x\le a\iff-a\le-x\end{align*}
なので$-x$は$-A$の上界だから,
\begin{align*}M\le-x\iff x\le-M\end{align*}
が成り立つ.よって,$-M$は$A$は下限のうち最大のものなので,$-M=\inf{A}$となって$\inf{A}$が存在する.
$\R$上で$A$を反転させた$-A$を導入すれば,下限を上限として議論でき,上限性質が利用できるというアイディアの証明ですね.
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