距離空間の定義のイメージと具体例｜ノルム空間との関係

距離空間の定義

まずは距離空間を定義しましょう．

距離空間は集合と距離の組

距離空間とは

• どのような空間$X$に
• どのような距離$d$が定まっているか

という２つの情報$(X,d)$をもつものということができ，関数$d$は「$X$上の２点を与えるとその２点間の距離を返してくれる関数」で，定義の３つの条件を満たすものというわけですね．

なお，この距離$d$の定義の３条件は以下のイメージがもとになっています：

1. ［非退化性］$x$から$x$への距離は０で，逆に２点$x$と$y$の距離が０でなければ$x$と$y$は異なる点である
2. ［対称性］「$x$から$y$への距離」と「$y$から$x$への距離」は一致する
3. ［劣加法性］「$x$から$y$を通って$x$へ行く距離」は「$x$から$z$へ直接行く距離」以上である

数学では関数$X\times X\to \mathbb{R}$がこれら３条件さえ満たしていれば，どんなものでも距離というわけですね．

距離は必ず０以上の値をとる

我々が日常的に「距離」というときには０以上の値をイメージするように，実は３条件から距離$d$は必ず０以上の値をとることを示すことができます．

距離空間の具体例

それでは，距離空間の具体例を挙げます．以下，$\mathit{x},\mathit{y},\mathit{z}\in {\mathbb{R}}^n$の成分は

$$\begin{array}{r}\mathit{x}=\left[\begin{array}{c}{x}_1\\ ⋮\\ x_n\end{array}\right],\mathit{y}=\left[\begin{array}{c}{y}_1\\ ⋮\\ y_n\end{array}\right],\mathit{z}=\left[\begin{array}{c}{z}_1\\ ⋮\\ z_n\end{array}\right]\end{array}$$

とします．

具体例１（ユークリッド距離空間）

${\mathbb{R}}^n$に対して，関数$d:{\mathbb{R}}^n\times {\mathbb{R}}^n\to \mathbb{R}$を

$$\begin{array}{r}d(\mathit{x},\mathit{y})=|\mathit{x}-\mathit{y}|\left(=\sqrt{(x_1-y_1{)}^2+\cdots +(x_n-y_n{)}^2}\right)\end{array}$$

で定めると，組$({\mathbb{R}}^n,d)$は距離空間となります．

この距離空間$({\mathbb{R}}^n,d)$は，例えば

• $n=1$のときに数直線$\mathbb{R}$
• $n=2$のときに$xy$平面${\mathbb{R}}^2$
• $n=3$のときに$xyz$空間${\mathbb{R}}^3$

での２点を結ぶ線分の長さを図るものとなっており，この距離$d$をユークリッド距離（Euclid metric），$({\mathbb{R}}^n,d)$はユークリッド距離空間（Euclid metric space）といいます．

この$d$が距離であることは次のように示すことができます．

具体例２（マンハッタン距離空間）

${\mathbb{R}}^n$に対して，関数$d:{\mathbb{R}}^n\times {\mathbb{R}}^n\to \mathbb{R}$を

$$\begin{array}{r}d(\mathit{x},\mathit{y})=|x_1-y_1|+\cdots +|x_n-y_n|\end{array}$$

で定めると，組$({\mathbb{R}}^n,d)$は距離空間となります．

この距離$d$をマンハッタン距離（Manhattan metric），$({\mathbb{R}}^n,d)$はマンハッタン距離空間（Manhattan metric space）といいます．

この$d$が距離であることは次のように示すことができます．

具体例３（フランス鉄道距離）

${\mathbb{R}}^n$に対して，関数$d:{\mathbb{R}}^n\times {\mathbb{R}}^n\to \mathbb{R}$を

$$\begin{array}{r}d(\mathit{x},\mathit{y})=\{\begin{array}{ll}|\mathit{x}-\mathit{y}|& (\mathrm{\exists }c\in \mathbb{R}\text{s.t.}\mathit{x}=c\mathit{y})\\ |\mathit{x}|+|\mathit{y}|& (\text{other})\end{array}\end{array}$$

で定めると，組$({\mathbb{R}}^n,d)$は距離空間となります．

原点$\mathrm{O}$と２点$x$, $y$が同一直線上にあるときとないときで場合わけされているわけですが，要は原点から放射状にしか測れない距離というわけですね．

この距離$d$をフランス鉄道距離（French metro metric），$({\mathbb{R}}^n,d)$はフランス鉄道距離空間（French metro metric space）といいます．

この$d$が距離であることは次のように示すことができます．

具体例４（球面距離空間）

２次元球面$S^2$を考えます．

２点$\mathit{x},\mathit{y}\in S^2$に対して，$\mathit{x}$と$\mathit{y}$を通る大円$C$上の劣弧$\overline{\mathit{x}\mathit{y}}$の長さを$d(\mathit{x},\mathit{y})$とする関数$d:S^2\times S^2\to \mathbb{R}$を定めると，組$(S^2,d)$は距離空間となります．

ただし，

• 球$S^2$の大円とは，$S$の中心を通る平面による$S^2$の断面
• 円$C$の劣弧$\overline{\mathit{x}\mathit{y}}$とは，$C$の弧$\overline{\mathit{x}\mathit{y}}$のうち長くない方

です．

この距離$d$を球面距離，$(S,d)$は球面距離空間などといいます．

具体例５（離散距離空間）

空でない任意の集合$X$に対して，関数$d:X\times X\to \mathbb{R}$を

$$\begin{array}{r}d(x,y)=\{\begin{array}{ll}0& (x=y)\\ 1& (x\ne y)\end{array}\end{array}$$

で定めると，組$({\mathbb{R}}^n,d)$は距離空間となります．すなわち，異なる２点間の距離は全て１とするのがこの$d$です．

なお，この距離空間により誘導される位相空間は離散位相となり，この距離$d$を離散距離（discrete metric），$({\mathbb{R}}^n,d)$は離散距離空間（discrete metric space）といいます．

ノルム空間との関係

最後に距離空間に似たノルム空間との関係を説明します．

ノルム空間の定義

まずはノルム空間の定義を確認しておきましょう．

ノルムも距離と同じく

• 非退化性
• 劣加法性

を満たす必要があります．そのため，ノルムと距離はある程度「似たもの」ではあります．

一方で，距離空間$(X,d)$といった場合には$X$は単なる集合で構いませんが，ノルム空間$(V,\Vert \cdot \Vert )$といった場合には$V$は線形空間でなければならない点が大きく異なります．

ノルム空間に自然に定まる距離

さて，ノルム空間$(V,\Vert \cdot \Vert )$に対して，関数$d:V\times V\to \mathbb{R}$を

$$\begin{array}{r}d(x,y):=\Vert \mathit{x}-\mathit{y}\Vert \end{array}$$

で定めると組$(V,d)$は距離空間となり，この意味でノルム空間$(V,\Vert \cdot \Vert )$は自然に距離空間とみなすことができます．例えば，

• ユークリッド距離
• マンハッタン距離

はそれぞれノルム

$$\begin{array}{rl}& \Vert \mathit{x}\Vert =\sqrt{{x_1}^2+\cdots +{x_n}^2},\\ & \Vert \mathit{x}\Vert =|x_1|+\cdots +|x_n|\end{array}$$

から自然に導かれる距離空間となっています．

しかし，逆に距離空間$(X,d)$の集合$X$は必ずしも線形空間ではないので，逆に距離空間を自然にノルム空間とみなすことは一般にはできません．