剰余群の考え方|well-definedの確認はなぜ必要か?

代数学
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代数学の群論の中でも剰余群はひとつの山場であり,定義の段階で既に戸惑ってしまう人は多いように思います.

剰余群の考え方の背景にはwell-defined性があり,これを知っていると比較的理解がしやすいでしょう.

逆に言えば,well-defined性の知識が欠けていると「どうしてこんな議論が必要なのか」と疑問に感じてしまい,スッキリ理解するのは難しいように思います.

この記事では

  • 可換群の剰余群
  • 一般の群の剰余群

の2段階に分けて,well-defined性の説明も交えながら剰余群を説明します.

なお,well-defineについて詳しくは,以下の記事を参照してください.

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可換群の剰余群

群は必ずしも可換ではありませんが,可換群の方が性質が良く,理解しやすいので,まずは換群の剰余群から説明します.

剰余群のイメージづくり

$G:=\Z$,$N:=3\Z$とします.このとき

  • $\Z$は整数の集合なので,$G$は通常の和$+$により可換群
  • $3\Z$は$\Z$の弦を全て$3$倍した集合(つまり,$3$の倍数の集合)なので,$N$は$G$の部分群

となります.

なお,群の定義については以下の記事を参照してください.

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このとき,集合として

   \begin{align*} G=N\cup(1+N)\cup(2+N) \end{align*}

となっていますね.ただし,$1+N$, $2+N$はそれぞれ

  • $1+N=\{\dots,-2,1,4,\dots\}$
  • $2+N=\{\dots,-1,2,5,\dots\}$

です.

このとき,群$N$からできた3つの集合$N$, $1+N$, $2+N$の集合を$G/N$と表すことにします:

   \begin{align*} G/N=\{N,1+N,2+N\}. \end{align*}

$N$, $1+N$, $2+N$はいずれも集合なので,$G/N$は集合族(集合の集合)になっているということに注意してください.

さて,ここでのポイントは,$N$の集合の元全てに

  • 3を足そうが
  • 6を足そうが
  • 12を足そうが

元がズレるだけで集合としては変わらないということです.つまり,

   \begin{align*} N=3+N=6+N=12+N \end{align*}

ということになります.同様に,たとえば

   \begin{align*} &1+N=4+N=-2+N, \\&2+N=11+N=-4+N \end{align*}

です.したがって,$G/N$は

   \begin{align*} G/N=\{3+N,-4+N,11+N\} \end{align*}

などとも表すことができるわけですね.

なお,このときの$G/N=\{N,1+N,2+N\}$は商集合というものになっており,このとき$G/H$の1つ1つの元$N$, $1+N$, $2+N$は同値類と呼ばれます.

商集合,同値類については以下の記事を参照してください.

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可換群の剰余群の定義

いま考えて$G/N$の例を一般化して,次のように可換群の剰余群を定義します.

[剰余群(可換群)] 演算$+$を備えた可換群$G$とその部分群$N$を考える.全ての$g\in G$に対して集合$g+N$を考え,$g+N$たちで同じもの集合を1つとしてできる集合族を$G/N$と表す.

このとき,任意の$g_1,g_2\in G$に対して,$g_1+N,g_2+N\in G/N$の和$\dot{+}$を

   \begin{align*} (g_1+N)\dot{+}(g_2+N)=(g_1+g_2)+N \end{align*}

で定めると,$(G/N,\dot{+})$は可換群となる.この群$G/N$を剰余群 (quotient group)という.

具体的に先ほど考えていた$G=\Z$, $N:=3\Z$の場合で,この剰余群の定義を当てはめて考えましょう.まず

   \begin{align*} \dots,-2+N,-1+N,N,1+N,2+N,\dots \end{align*}

と全ての$g+N$を考えます.

この中には$N=3+N=12+N$のように同じものがあるわけですが,このように同じものは1つとみなせば$N$, $1+N$, $2+N$の3つにまとめられます.

このようにしてできる集合族を$G/N$としているわけですね.

また,演算については

   \begin{align*} &(1+N)\dot{+}(1+N)=2+N, \\&(2+N)\dot{+}(3+N)=5+N, \\&(-2+N)\dot{+}(5+N)=3+N \end{align*}

という$G/N$の演算を定義すれば群になるということを述べているわけですね.

well-defined性の確認

ここで大切なことは,先ほど見たように例えば$1+N=-2+N$と$3+N=9+N$が成り立ちますから,$(1+N)+(3+N)$と$(-2+N)+(9+N)$は同じ結果になっているべきですね.

実際に和を計算すると,

   \begin{align*} &(1+N)\dot{+}(3+N)=4+N, \\&(-2+N)\dot{+}(9+N)=7+N \end{align*}

なので,これらは等しいですね.

この場合は問題ありませんでしたが,他のどんな場合でも演算の定義が矛盾しないというwell-defined性を確かめなければなりません.

この意味で,剰余群の定義ではwell-defined性が問題になっているわけですね.

剰余群の和の定義はwell-definedである.


上の剰余群の定義の記号を用いる.

$G/N$の任意の2元$g_1+N$, $g_2+N$を考え,これらはそれぞれ$h_1+N$, $h_2+N$とも書けるとする.

このとき,$(g_1+N)\dot{+}(g_2+N)=(g_1+g_2)+N$と$(h_1+N)\dot{+}(h_2+N)=(h_1+h_2)+N$が同じ結果になることを示せば,可換群の剰余群の定義がwell-definedであることが分かる.

$g_1+N=h_1+N$であることから$g_1-h_1\in N$が成り立ち,同様に$g_2-h_2\in N$が成り立つ.

$N$が群であることより

   \begin{align*} (g_1+g_2)-(h_1+h_2) =(g_1-h_1)+(g_2-h_2) \in\N \end{align*}

だから,$(g_1+g_2)+N=(h_1+h_2)+N$となり,確かに両者が等しいことが分かった.

これで可換群の剰余類の和がwell-definedであることが確かめられました.

一般の剰余群

次に可換でない群に関して,剰余群を考えます.

正規部分群

結論から先に言えば,一般の剰余群$G/N$を考えるためには$N$が正規部分群であることが必要です.

群$G$の部分群$N$が$G$の正規部分群 (normal subgroup)であるとは,任意の$g\in G$と$h\in N$に対して

   \begin{align*} ghg^{-1}\in N \end{align*}

が成り立つことをいう.

なお,$G$が可換なら,

   \begin{align*} ghg^{-1}=gg^{-1}h=h\in N \end{align*}

となるので,$G$の任意の部分群$N$は正規部分群となります.

そのため,先ほど考えた可換群の剰余群では正規部分群を持ち出さなくても問題なく議論できたわけですね.

剰余群の定義

一般の群$G$とその部分群$N$に対して,$N$が正規部分群なら剰余類$G/H$は群となります.

[剰余群(一般の群)] 群$G$とその正規部分群$N$を考える.全ての$g\in G$に対して集合$gN$を考え,$gN$たちで同じもの集合を1つとしてできる集合族を$G/N$と表す.

任意の$g_1,g_2\in G$に対して,$g_1N,g_2N\in G/N$の積を

   \begin{align*} (g_1N)(g_2N)=(g_1g_2)N \end{align*}

で定めると,$G/N$は群となる.この群$G/N$を剰余群 (quotient group)という.

可換とは限らない一般の群$G$の剰余群$G/N$を考える際には,必ず$N$は正規でなければなりません.

それでは,この一般の剰余群の定義について,well-defined性を証明します.


任意の$G/N$の2元$g_1N=h_1N$と$g_2N=h_2N$を考える.

   \begin{align*} g_1{h_1}^{-1},g_2{h_2}^{-1}\in N \end{align*}

なので,$n_1,n_2\in N$が存在して,$n_1=g_1{h_1}^{-1}$, $n_2=g_2{h_2}^{-1}$が成り立つ.よって,

   \begin{align*} &g_1g_2(h_1h_2)^{-1} \\=&g_1g_2{h_2}^{-1}{h_1}^{-1} \\=&(n_1h_1)(n_2h_2){h_2}^{-1}{h_1}^{-1} \\=&n_1(h_1n_2{h_1}^{-1}) \end{align*}

が成り立つ.いま,$n_1\in N$であり,$N$は$G$の正規部分群だから$h_1n_2{h_1}^{-1}\in N$である.

よって,$n_1(h_1n_2{h_1}^{-1})\in N$だから$g_1g_2(h_1h_2)^{-1}\in N$が得られ,$(g_1g_2)N=(h_1h_2)N$が成り立つ.

以上より,$(g_1N)(g_2N)=(h_1N)(h_2N)$となって,well-defined性が従う.

参考文献

代数学1 群論入門

[雪江明彦 著/日本評論社]

本書は群論の入門書です.また,続巻として

  • 第2巻「環と体とガロア理論」
  • 第3巻「代数学のひろがり」

があります.

代数学は抽象的な分野と言われますが,抽象を理解するためには具体の理解が大切なことも多いです.

具体例が多く行間が少ないため,初学者にも非常に読みやすい良著です.さらに,章末問題が豊富な上に解答の解説も非常に丁寧です.

章末問題のレベルもその章で学んだ基本的な内容から,少し考える問題まで様々なので理解を深めるのに非常に便利です.

また,「群論入門」は予備知識をあまり仮定せず,必要事項を第1章にまとめてあり,1から独学で学ぶことができる点も嬉しいところですね.

なお,本書については,以下の記事で書評としてまとめています.

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