日本評論社から発刊されている「代数学1 群論入門」(雪江明彦 著)は代数学の群論の入門書です.
雪江先生は京都大学の教授でYouTubeに自身の講義動画をアップするなど教育にも非常に熱心な先生です.
本書は具体例が豊富な上に解説が非常に丁寧で,具体例→抽象化のステップで理解しやすいのが特徴です.
本書の続巻として「代数学2 環と体とガロア理論」と「代数学3 代数学の広がり」があります.
学部で学ぶ基本的な代数学を学ぶのであれば,「代数学1 群論入門」「代数学2 環と体とガロア理論」があれば十分でしょう.
代数学の入門書として,2巻とも強くオススメできる教科書です.
第3巻の「代数学3 代数学のひろがり」は学部4年〜大学院の内容を扱っています.
目次
以下は本書の目次です.
第1章:集合論
- 集合と論理の復習
- well-definedと自然な対象
- 選択公理とツォルンの補題
- 集合の濃度
第2章:群の基本
- 群の定義
- 環・体の定義
- 部分群と生成元
- 元の位数
- 準同型と同型
- 同値関係と剰余類
- 両側剰余類
- 正規部分群と剰余群
- 群の直積
- 準同型定理
第3章:群を学ぶ理由
- 3次方程式と4次方程式の解法
- なぜ群を学ぶか
- 群のどのような性質を調べるか
第4章:群の作用とシローの定理
- 群の作用
- 対称群の共役類
- 交換子群と可解群
- $p$群
- シローの定理
- 生成元と関係式
- 位数12の群の分類
- 有限アーベル群
- 交代群
- 正多面体群
必要な知識
集合論
集合論は数学のベースとなる分野であり,集合論を学ばずして数学を語ることはできません.
本書を読むためには集合と写像の知識は必須ですが,第1章で本書に必要な集合論の基礎知識がまとめてあります.
このため,必要に応じて第1章を参照しながら読み進めることも可能です.
なお,理論系できちんと数学を学びたい人は,例えば集合論の教科書として以下の本は超ロングセラーの好著でオススメです.
線形代数学
線形代数学が本質的に必要になるわけではありませんが,具体例としてよく現れるので知っていることが望まれます.
行列の積が非可換な演算の例としてよく用いられるので,行列の計算,行列式あたりまで理解していればひとまず具体例は読むことができます.
また,線形代数では行列式を定義する際に登場する置換ですが,代数学では置換の集合(群)は重要な対象として登場します.
そのため,置換の基本性質もぜひ復習しておきたいところです.
良い点と気になる点
良い点
- 具体例・演習問題が豊富であり説明も丁寧.
- 第1章の「集合論」でwell-defined性について丁寧に説明している.ここまでwell-defined性を丁寧に説明している本は多くない.
- 事実を説明するだけではなく,「よくある誤答例」のような説明もあり,初学者の理解の助けになる.
- 群を学ぶ理由について第3章を丸々充てており,群論がどのように応用されるかを知ることができる.
- 「位数12の群の分類」が詳しく説明されている.
気になる点
- 可解群の応用が分かりにくい(が,2巻4章10節の「方程式の可解性」の中で詳しく説明される).
全体の感想と使い方
代数学は抽象度が高くなることが多く,定義を読んで即座に理解することが難しいことも少なくありません.
その反面,一度分かってしまえば当たり前に思える事項が多いのも代数学の特徴です.
(そのため著者が簡単に思ってしまうからか,)基本的な部分の説明をあっさり終えてしまい,読者が取り残されてしまうような印象を受ける代数学の教科書が多くあります.
しかし,本書は基本的な部分から具体例を豊富に用いて丁寧に解説しており,また豊富に演習問題が掲載されており,初学者にとって非常に読み進めやすいものとなっています.
社会人向け数学教室で講師をしている私は主に大学数学を担当しているのですが,「抽象的なものを抽象的なまま理解する必要はない.いきなり抽象的なものを理解することは難しくても,具体例を理解してそれを抽象化することは簡単なことが多い」とよく伝えます.
本書はまさにこの「具体例→抽象化」のステップを踏んで理解しやすい教科書になっており,抽象化のコツを学ぶこともできるテキストとも言えます.
また,個人的な推しポイントは第4章第7節の「位数12の群の分類」です.
位数12の群の分類には本書でそこまでで学ぶ知識を総動員する必要があり,この位数12の群の分類を自分でできるようになれば,群論の基礎はカバーできていると言って良いでしょう.
位数12の群の分類ができるようになることを目標として本書を読み進めるのはひとつのモチベーションになります.
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