高校数学では実数列$\{a_n\}$の極限$\lim\limits_{n\to\infty}a_n$を次のように定義しました.
数列$\{a_n\}$に対して,$n$を限りなく大きくするとき,$a_n$が$\alpha$に限りなく近付くならば,$\{a_n\}$は$\alpha$に収束するという.
この定義は直感的で分かりやすいのですが,数学的には「限りなく大きく」「限りなく近付く」という表現が曖昧です.
そこで,数学科など大学の理論系の学科では数列の極限を厳密に定義する方法として$\epsilon\text{-}N$論法を学びます.
$\epsilon\text{-}N$論法の考え方はいくつかの前提知識をふまえれば難しいものではありません.
この記事では
- $\epsilon\text{-}N$論法のための準備
- $\epsilon\text{-}N$論法による数列の収束の定義
- $\epsilon\text{-}N$論法の具体例
を順に解説します.
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$\epsilon\text{-}N$論法のための準備
まずは基本的な事柄として
- 絶対値の定義と基本命題
- 実数列の図示
を整理します.
絶対値の定義と基本命題
高校数学で実数の絶対値は次のように定義したのでした.
実数$a$に対して,$a$と原点$0$との距離を$a$の絶対値(absolute value)といい,$|a|$と表す.
この定義から次は簡単に得られますね.
実数$a$, $b$に対して,$|a-b|$は$a$と$b$の距離を表す.
数直線上で$0$, $a-b$を$+b$平行移動すると,それぞれ$b$, $a$に移るから,($0$と$a-b$の距離)=($b$と$a$の距離)である.
$0$と$a-b$の距離は$|a-b|$であることと併せて,$0$, $a-b$の距離も$|a-b|$である.
このことから,$|a-b|<c$は「$a$と$b$の誤差が$c$未満」という意味の不等式であると言えますね.
実数列の図示
実数列$\{a_n\}$は$n$を1つ決めれば,1つ実数が決まります.
このことから,実数列$\{a_n\}$は横軸$n$,縦軸$a_n$として図示することができます.
例えば,一般項$a_n=1+\dfrac{(-1)^{n-1}}{n}$の実数列$\{a_n\}$は下図のように図示できますね.
図を描けば数列$\{a_n\}$の値が$n$を大きくするにつれて1に近付いていることは視覚的にも見てとれますね.
数列の収束($\epsilon\text{-}N$論法)
まず$\epsilon\text{-}N$論法の考え方を説明してから,きちんとした定義を述べます.
$\epsilon\text{-}N$論法の考え方
例えば,一般項$a_n=1+\dfrac{(-1)^{n-1}}{n}$の実数列$\{a_n\}$を考えましょう.
$a_n$はどんどん1に近付いていくので,これは「$n$を十分大きくすれば$a_n$と1の誤差$|a_n-1|$がどこまでも小さくなる」ということができますね.
これは「どんなに小さな正の数$\epsilon$に対しても,十分大きい$n$に対して$a_n$と1の誤差$|a_n-1|$は$\epsilon$未満になる」と言い換えられます.
具体的に$\epsilon=0.3$として,いつ$a_n$と1の誤差$|a_n-1|$は$\epsilon$未満になるかを考えてみましょう.いま
ですから,この誤差$|a_n-1|$が$\epsilon=0.3$未満となるのは$n=4,5,6,\dots$のときですね.
つまり,$n>3$のとき$|a_n-1|<0.3$となり,下図のように図示できますね.
同じ要領で考えれば,$\epsilon=0.1$なら$n>10$のとき$|a_n-1|<\epsilon$となりますし,もっと小さい$\epsilon=0.001$でも$n>1000$のとき$|a_n-1|<\epsilon$となりますね.
ここで大切なことは,どんなに小さな正の数$\epsilon$に対しても,十分大きな正の整数$N$があって,$n>N$のとき$|a_n-1|<\epsilon$となってくれるという点です.
$\epsilon\text{-}N$論法による収束の定義
以上の考え方をふまえて$\epsilon\text{-}N$論法により実数列の収束を定義しましょう.
実数列$\{a_n\}$が$\alpha\in\R$に収束するとは,任意の$\epsilon>0$に対して,ある$N\in\N$が存在して,
が成り立つことをいう.また,このとき$\lim\limits_{n\to\infty}a_n=\alpha$や$a_n\to\alpha\ (n\to\infty)$などと表す.
少し砕けた言い方をすれば,「どんなに小さな正の数$\epsilon$に対しても,十分大きな正の整数$N$をうまくとって,$n>N\Ra|a_n-\alpha|<\epsilon$が成り立つようにできる」というときに,$\{a_n\}$が$\alpha$に収束するというわけですね.
$\epsilon$と$N$を用いて表現することが多いことから,この数列の収束の定義の論法を$\epsilon\text{-}N$論法といいます.
また,上の考え方からも分かるように,$N$は$\epsilon$に応じて決めてよいという点は大切です.
$\epsilon\text{-}N$論法の具体例
いくつか具体例を考えましょう.
具体例1($a_n=1/n$)
一般項$a_n=\dfrac{1}{n}$の実数列$\{a_n\}$が0に収束することを,$\epsilon\text{-}N$論法により示せ.
この問題では$n>N$のとき
となります.よって,$\epsilon>0$に対して$n>N$のときに$|a_n-0|<\epsilon$が成り立つには,
が成り立つように正の整数$N$をとれば良いですね.
例えば,$\frac{1}{\epsilon}$以上の最小の整数$\lceil\frac{1}{\epsilon}\rceil$を$N$とすれば良いですね.
一般に$x\in\R$以上の最小の整数は$\lceil x\rceil$と表し,この関数$\lceil\cdot\rceil$を天井関数などといいます.
任意に$\epsilon>0$をとる.この$\epsilon$に対して,$N:=\lceil\frac{1}{\epsilon}\rceil$とおく.
$N\ge\frac{1}{\epsilon}$より$\frac{1}{N}\le\epsilon$に注意すると,$n>N$のとき
が成り立つ.よって,$\lim\limits_{n\to\infty}a_n=0$が成り立つ.
このように$\epsilon\text{-}N$論法を用いた数列の収束の証明では,どのように$N$をとれば$n>N\Ra|a_n-\alpha|<\epsilon$が成り立つかを考えることがポイントとなります.
答案の中では$N$が先に定めて$n>N\Ra|a_n-0|<\epsilon$を示していますが,思考プロセスは
- $|a_n-0|=\frac{1}{n}<\frac{1}{N}$
- $N>\frac{1}{\epsilon}$となる$N\in\N$をとればよい
- $N:=\lceil\frac{1}{\epsilon}\rceil$とすればよい
の順番になっていることに注意してください.
具体例2($a_n=(n-2)/n$)
一般項$a_n=\dfrac{n-2}{n}$の実数列$\{a_n\}$が1に収束することを,$\epsilon\text{-}N$論法により示せ.
この問題では$n>N$のとき
となります.よって,$\epsilon>0$に対して$n>N$のときに$|a_n-1|<\epsilon$が成り立つには,
が成り立つように正の整数$N$をとれば良いので,例えば$N=\lceil\frac{2}{\epsilon}\rceil$とすれば良いですね.
任意に$\epsilon>0$をとる.$N:=\lceil\frac{2}{\epsilon}\rceil$とおくと,$n>N$のとき
が成り立つ.よって,$\lim\limits_{n\to\infty}a_n=1$が成り立つ.
具体例3($a_n=1/n^2$)
一般項$a_n=\dfrac{1}{n^2}$の実数列$\{a_n\}$が0に収束することを,$\epsilon\text{-}N$論法により示せ.
この問題では$n>N$のとき
となります.よって,$\epsilon>0$に対して$n>N$のときに$|a_n-0|<\epsilon$が成り立つには,
が成り立つように正の整数$N$をとれば良いので,例えば$N=\lceil\frac{1}{\sqrt{\epsilon}}\rceil$とすれば良いですね.
任意に$\epsilon>0$をとる.$N:=\lceil\frac{1}{\sqrt{\epsilon}}\rceil$とおくと,$n>N$のとき
が成り立つ.よって,$\lim\limits_{n\to\infty}a_n=0$が成り立つ.
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