$a$を実数として,$f(x)=ax$で定まる関数$f:\R\to\R$が等式
をみたすことは簡単に分かりますが,逆にこの等式を満たす関数$f:\R\to\R$は$f(x)=ax$の形のものに限るでしょうか?
実はHamel(ハメル)基底というものを用いれば,$f(x+y)=f(x)+f(y)$を満たすが$f(x)=ax$の形をしていない関数$f:\R\to\R$の存在を示すことができます.
この記事では
- Hamel基底
- $f(x+y)=f(x)+f(y)$をみたす関数$f:\R\to\R$
を順に説明します.
Hamel基底
まず,Hamel基底を説明します.
次を満たす$B\subset\R$をHamel基底という:
- 任意の有限個の$b_1,\dots,b_n\in B$に対して,$r_1b_1+\dots+r_nb_n=0\ (r_1,\dots,r_n\in\Q)$なら$r_1=\dots=r_n=0$が成り立つ.
- 任意の$x\in\R$に対して,有限個の$b_1,\dots,b_n\in B$と同数の$r_1,\dots,r_n\in\Q$が存在して,$x=r_1b_1+\dots+r_nb_n$と表せる.
すなわち「Hamel基底は体$\Q$上のベクトル空間$\R$の基底である」ということができますね.
次の集合はHamel基底か?
- $\{1,\sqrt{2}\}$
- $\{1,\sqrt{2},\sqrt{3}\}$
(1) $\{1,\sqrt{2}\}$を基底とする有理数体$\Q$上(すなわち$\Q$係数)の線形空間を考える:
このとき,例えば$\sqrt{3}$は$\spn_{\Q}{(1,\sqrt{2})}$に属さないので,$\{1,\sqrt{2}\}$はHamel基底ではない.
(2)$\{1,\sqrt{2},\sqrt{3}\}$を基底とする有理数体$\Q$上の線形空間を考える:
このとき,例えば$\log_{2}{3}$は$\spn_{\Q}{(1,\sqrt{2},\sqrt{3})}$に属さないので,$\{1,\sqrt{2},\sqrt{3}\}$はHamel基底ではない.
これら2つの例で考えたように$\{1,\sqrt{2}\}$や$\{1,\sqrt{2},\sqrt{3}\}$はHamel基底ではありませんが,基底をなす実数をどんどん増やして「$B$を基底とする$\Q$上のベクトル空間が$\R$となるようにうまく$B\subset\R$をとる」ことができれば,この$B$をHamel基底というわけですね.
このように考えると,具体的にHamel基底を構成するのは難しそうなことは感じて頂けると思います.
実際,Hamel基底の存在の証明にはZornの補題を用いるため,存在することは証明できるものの具体的にHamel基底をとってくることは困難です.
Hamel基底の存在の証明について詳しくは以下の記事を参照してください.
選択公理と同値なZornの補題を用いることによって
- ベクトル空間の基底の存在
- Hamel基底の存在
を示すことができます.この記事では,これら2つの存在の証明をしています.
$f(x+y)=f(x)+f(y)$をみたす関数
さて,それではこの記事の本題の次の[問]を考えます.
[問] 関数$f:\R\to\R$は
をみたすとする.このとき,$f$は$f(x)=ax$ ($a\in\R$)の形に限るか.
$f(x)=ax$ $(a\in\R)$は
を満たします.
この[問]は$f(x)=ax$ ($a\in\R$)以外に$f(x+y)=f(x)+f(y)$をみたす関数$f$が存在するのかを問われているわけですね.
冒頭で書いたようにHamel基底を用いれば$f(x)=ax$ ($a\in\R$)以外に$f(x+y)=f(x)+f(y)$をみたす関数$f$の存在を示すことができます.つまり,[問]の答えは「限らない」となります.
[問]の反例を挙げる前に,いくつか考察しましょう.
考察1
次の[問1]を考えます.
[問1] 任意の$x,y\in\Q$に対して,$f(x+y)=f(x)+f(y)$をみたす関数$f:\Q\to\R$は$f(x)=ax$ ($a\in\R$)に限るか.
関数$f$の定義域が$\R$から$\Q$に変わっただけですが,この場合には$f(x)=ax$ ($a\in\R$)に限ります.
Step.1とStep.2に分けて,反例が存在しないことを示す.
[Step.1] 任意の$n\in\Z$に対して,$f(nx)=nf(x)$ ($x\in\Q$)が成り立つことを示す.
$f(0)=f(0+0)=f(0)+f(0)$から$f(0)=0$となるので,$f(0x)=f(0)=0f(x)$が成り立つ.
また,ある$n\in\Z_{\ge0}$に対して$f(nx)=nf(x)$が成り立っていれば,
が従う.よって,帰納的に任意の$n\in\Z_{\ge0}$に対して$f(nx)=nf(x)$が成り立つ.
さらに,任意の$n\in\Z_{\le0}$に対して,$-n\ge0$に注意すると,
だから,移項して$f(nx)=nf(x)$が従う.
[Step.2] ある$a\in\R$が存在して,$f(ax)=af(x)$ ($x\in\Q$)が成り立つことを示す.
任意の$x\in\Q$に対して,ある$p\in\Z$と$q\in\Z\setminus\{0\}$が存在して,$x=\dfrac{p}{q}$をみたす.
Step.1より,
が成り立つから,$f(x)=\dfrac{pf(1)}{q}=f(1)x$が成り立つ.
以上より,$a:=f(1)\in\R$として,$f(x)=ax$と表せることが分かる.
[問1]では全ての有理数が$1$を$p$倍 ($p\in\Z$),$\dfrac{1}{q}$倍 ($q\in\Z\setminus\{0\}$)することで表せることがポイントとなっています.
このため,$x=1$を基準にして$f(x)=f(1)x$ ($x\in\Q$)となることを示すことができるわけですね.
考察2
次の[問2]を考えます.
[問2] 任意の$x,y\in\spn_{\Q}{(1,\sqrt{2})}$に対して,$f(x+y)=f(x)+f(y)$をみたす関数$f:\spn{(1,\sqrt{2})}\to\R$は$f(x)=ax$ ($a\in\R$)に限るか.
[問2]では関数$f$の定義域が$\Q(\sqrt{2})$に変わりましたが,こうなると反例が存在します.
反例を挙げる.$f:\spn{(1,\sqrt{2})}\to\R$を
で定める.ここに,$x_1,x_2\in\Q$である.
このとき,$f(1)=1$, $f(\sqrt{2})=0$だから,$f$は$f(x)=ax$の形をしていない.
さらに,任意の$x,y\in\spn{(1,\sqrt{2})}$に対して,$x=x_1+x_2\sqrt{2}$, $y=y_1+y_2\sqrt{2}$ ($x_1,x_2,y_1,y_2\in\Q$)と表すと,
となる.よって,この$f$が反例である.
つまり,[問1]の議論は[問2]でも通用するので任意の$x\in\Q$に対しては$f(x)=f(1)x$が成り立ちます.
一方,[問2]では$\sqrt{2}$を基準とした帰納法は,[問1]の$1$を基準とした帰納法と全く独立な議論として進めることができるので反例が構成できるというわけですね.
いまの解答例では具体的に反例を構成しましたが,次のように考えれば反例が無数に存在することも分かります:$c_1,c_2\in\R$とし,$f:\spn{(1,\sqrt{2})}\to\R$を
で定めると,この$f$が$f(x)=ax$の形になるには
が必要十分なので,$c_2\neq\sqrt{2}c_1$であれば反例となります.
上の解答例では$c_1=1$, $c_2=0$ととって反例になっているわけですね.
解答
[問2]の反例の構成を参考にすると,Hamel基底を用いることで[問]には次のように反例が構成できることが分かります.
$B$をHamel基底として反例を挙げる.任意の$x\in\R$は有限和で
と表せることに注意する.ここに,$b_1,b_2,\dots\in B$, $x_1,x_2,\dots\in\Q$である.
$f:\R\to\R$を
で定める.
このとき,$f(b_1)=1$, $f(b_2)=0$だから,$f$は$f(x)=ax$の形をしていない.
さらに,任意の$x,y\in\R$に対して,有限和で$x=\sum_i b_ix_i$, $y=\sum_i b_iy_i$ ($x_i,y_i\in\Q$)と表すと,
となる.よって,この$f$が反例である.
[問2]と同じく,$c_1,c_2,\dots\in\R$とし,$f:\R\to\R$を
で定めるとき,$f$が$f(x)=ax$の形になるためには
となることが必要十分なので,やはり反例が無数に存在することが分かりますね.
補足
少し話が逸れますが,次の[問3]を考えましょう.
[問3] 任意の$x,y\in\R$に対して,$f(x+y)=f(x)+f(y)$をみたす連続関数$f:\R\to\R$は$f(x)=ax$ ($a\in\R$)に限られるか.
[問1]と[問3]の違いは$f$が不連続でもよいか連続でなければならないかで,連続でなければならない場合には反例は存在しません.
[問1]より,任意の有理数$x\in\Q$に対して,$f(x)=f(1)x$となる.
また,任意の$x\in\R$に対して,$x_n\to x$となる$\Q$の列$\{x_n\}_{n\in\N}$が存在するから,$f$の連続性より
となる.
よって,$a:=f(1)$とすれば,任意の$x\in\R$に対して,$f(x)=ax$が成り立つ.
連続性があることで有理数の極限として無理数を表すことができるのが反例を作れない理由になっています.