たとえば
- $\frac{2}{3}=0.66666\dots$
- $-\frac{1}{5}=-0.20000\dots$
のように,(整数)/(整数)の形の分数は小数に直すと必ず循環する小数で表すことができ,このような数を有理数というのでした.
一方で,有理数でない(循環小数で表せない)実数のことを無理数といい,例えば$\sqrt{2}$などがありますね.
義務教育下では,有理数は小学校以来扱ってきますが,無理数は中学数学で2次方程式を解くために導入される平方根に関連して$\sqrt{\quad}$が現れるのが最初でしょう.
さて,この記事では「無理数と有理数はどちらの方が多いでしょう?」という問題を考えますが,この問題に対してどのように考えれば良いでしょうか?
いろいろ考えるところはあると思いますが,モノの多さを計る指標として数学には濃度というものがあり,濃度を考えると「無理数の方が多い」ということができます.
この記事では濃度の基本的な考え方を説明し,「無理数が有理数よりも多い」ということを前提知識が少ない人にも分かるように,なおかつそれなりに数学的に説明します.
前提知識
この記事を読むのに必要な前提知識を最初にまとめておきます.
- 有理数:(整数)/(整数)の形で表せる数のこと.循環小数で表せる.
- 無理数:数直線から有理数を取り除いた数のこと.循環小数で表せない.
この有理数と無理数について,無理数の方が多いことをみるのがこの記事のテーマです.
- 集合:数学的なモノの集まり
- 元:集合に属する1つ1つのモノ
集合は$\{1,2,3\}$のように,$\{\quad\}$の間に並べて表します.つまり,$\{1,2,3\}$は「1と2と3を元にもつ集合」というわけですね.
- 部分集合:集合に含まれる集合
たとえば,集合$\{1,2\}$は集合$\{1,2,3\}$の部分集合です.
- 有限集合:元の個数が有限の集合
- 無限集合:元の個数が無限の集合
また,この記事を通して
- $\N$:正の整数の集合$\{1,2,3,\dots\}$
- $\Z$:整数の集合$\{\dots,-3,-2,-1,0,1,2,3,\dots\}$
- $\Q$:有理数の集合
- $\R$:実数(数直線上の数)の集合
- $\R\setminus\Q$:無理数の集合
で表します.なお,これらは数学を研究する上でも一般的な記号です.
数学的な「個数」
まずは,数学的に「個数が等しい」というのをどのように考えるかを説明します.
有限集合の濃度(個数)
[濃度] 集合$S$の元の「多さ」を濃度 (cardinality)といい,$\operatorname{card}S$と表す.とくに,$S$が$n$個の元からなる有限集合のとき,$\operatorname{card}S=n$と表す.
簡単にいえば,濃度は「個数」の数学的な言い方のことで,集合が何個の要素からなるかを表すものと言えますね.
なお,「多さ」というのは大雑把な表現ですが,ここを詳しく説明すると難しくなるのでここではこの表現で満足することにします.
さて,有理数と無理数でどちらが多いか,ということがこの記事のテーマでしたから,
- $\operatorname{card}\Q$
- $\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$
の差を考えようというわけですね.
しかし,有理数の集合$\Q$も無理数の集合$\R\setminus\Q$も有限集合ではないので,$\operatorname{card}\Q$と$\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$の差と言われてもピンときませんね.
濃度が等しいとは
ここで,濃度についてもう少し考察してみましょう.
有限集合$S$, $T$が$\operatorname{card}S=\operatorname{card}T$をみたすとき,この2つの集合は1対1に対応付けることができる.
例えば,
- $S=\{1,2,3,4\}$
- $T=\{-3,\pi,2.2,-\sqrt{2}\}$
とするとどちらも濃度が4の集合で,集合としては$S\neq T$ですが,
と対応付けられますね.
つまり,同じ有限濃度であれば$S$の集合の元と$T$の集合の元で,余すことなく「カップル」が作れるということですね.
なお,この「$S$と$T$が1対1に対応する」というのは,数学的には「全単射$S\to T$が存在する」と表現します.
さて,逆にこの考え方を用いて,以下のように濃度が等しさを定義することは自然なことでしょう.
集合$S$, $T$に対して,$S$と$T$が1対1に対応するとき$\operatorname{card}S=\operatorname{card}T$と定める.
つまり,「1対1に対応する集合同士は集合の元の個数が同じと考えよう」というわけですね.この定義は無限集合に対しても有効です.
可算濃度
この定義に従うと,例えば以下のことが分かります.
正の整数の集合$\N$と整数の集合$\Z$に対して,$\operatorname{card}\N=\operatorname{card}\Z$が成り立つ.
対応
によって$\N$, $\Z$は1対1に対応する.ただし,$n$は正の整数である.
よって,$\operatorname{card}\N=\operatorname{card}\Z$が成り立つ.
たとえば,順に考えると
と対応します.つまり,0から正の整数と負の整数を交互に対応しているわけですね.
集合としては$\N$より$\Z$の方が大きいのに,濃度(個数)が等しいのは不思議な感じがしますね.
ただし事実として,無限集合においては一方の集合が他方の集合に含まれていても濃度が等しいことはよくありますので,このことには慣れておきましょう.
これは無限集合の興味深さの根元の1つといえます.
また,この濃度$\operatorname{card}\N(=\operatorname{card}\Z)$を可算濃度といい,数学において重要で$\aleph_0$という記号で表します.なお,
- $\aleph$は「アレフ」
- $\aleph_0$は「アレフゼロ」
と読みます.
$\N$の元と1対1に対応付けられることから,濃度が$\aleph_0$の集合$S$は「$S$の元に1から番号をつけて並べることができる」と表現することもできますね.
濃度の差
さて,濃度の差を次のように定義することも自然ですね.
集合$S$が集合$T$の部分集合と1対1に対応付けられるとき,$\operatorname{card}S\le\operatorname{card}T$と定める.さらに,$\operatorname{card}S\neq\operatorname{card}T$をみたすとき,$\operatorname{card}S<\operatorname{card}T$と定める.
$\operatorname{card}S\le\operatorname{card}T$かつ$\operatorname{card}S\ge\operatorname{card}T$のとき,$S$と$T$は1対1に対応するので$\operatorname{card}S=\operatorname{card}T$が成り立ちますね.
また,
- $S$と$S’$が1対1に対応せず
- $T$が$S$の中にすっぽりと対応する$S’$があるとき
$S$の濃度は$T$の濃度より大きいというわけですね.
この定義から,次のことが従います.
任意の無限集合$S$に対して,$\aleph_0\le\operatorname{card}S$が成り立つ.
無限集合$S$から要素を1つずつ取り出し順に$a_1,a_2,\dots$と名付けていくと,$S$の部分集合$\{a_1,a_2,\dots\}$ができる.
このとき,正の整数$n$を$a_1$に対応させれば1対1対応となるから,
が成り立つ.
この正の整数の集合$\N$の濃度を可算濃度というのでしたから,可算濃度$\aleph_0$は無限集合の中でも最小の濃度ということができますね.
(なお,厳密に証明するには「選択公理」というものが必要なのですが,以上の証明でも成り立つことは直感的に分かるので,この記事ではこれ以上は立ち入らないことにします.)
有理数の可算性
さて,この記事の主役の1つである有理数の集合の濃度$\operatorname{card}\Q$が$\aleph_0$であることを証明しておきましょう.
有理数の集合$\Q$と整数の集合$\N$に対して,$\operatorname{card}\Q=\operatorname{card}\N$が成り立つ.
$\operatorname{card}\Z=\aleph_0$だったので,$\operatorname{card}\Q=\operatorname{card}\Z$を示せばよい.
$\Q$の元は$\frac{q}{p}$($p$, $q$は互いに素な整数,$q\geqq0$)と表せる.対応
によって$\Q$と$\Z$の部分集合は1対1に対応する.よって,$\operatorname{card}\Q\le\operatorname{card}\Z$が成り立つ.
また,$\N\subset\Q$なので$\operatorname{card}\Q\ge\operatorname{card}\Z$が成り立つ.
以上で両方の向きの不等号が証明できたから,$\operatorname{card}\Q=\operatorname{card}\Z$が成り立つ.
全ての整数の素因数2を全て集めて前にもってくると「$2^{q}$×(奇数)」($q$は正の整数)の形に表せます.また,奇数は$2p-1$ ($p$は整数)の形に表せます.
つまり,
- 分子を行き先の素因数2の個数に
- 分母を行き先の奇数部分
に対応させているわけですね.
たとえば
と対応します.
いま考えたように
- 正の整数の集合$\N$
- 整数の集合$\Z$
- 有理数の集合$\Q$
は集合としては異なりますが,濃度が全て可算無限$\alpha_0$で等しいことは当たり前にしておきたいところです.
対角線論法による濃度差の証明
以上で「無理数が有理数より多い」ことの証明の準備が整いました.
有理数の集合$\Q$と無理数の集合$\R\setminus\Q$に対して,$\operatorname{card}\Q<\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$が成り立つ.
このとき,$\aleph_0=\operatorname{card}\Q$なので,$\aleph_0<\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$を示せばよい.すなわち,
- $\aleph_0\le\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$
- $\aleph_0\neq\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$
の両方を示せばよい.
[1] $\aleph_0\le\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$の証明
$\R\setminus\Q$は無限集合だから,先ほど示した定理より
が成り立つ.
[2] $\aleph_0\neq\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$の証明
まず,$S$を1未満の無理数の集合とする.
$\operatorname{card}S=\aleph_0$と仮定する.このとき,矛盾が導かれればこの仮定が誤りとなり,$\operatorname{card}S\neq\aleph_0$が成り立つ(この論法を背理法といいますね).
仮定$\operatorname{card}S=\operatorname{card}\N$より$S$と$\N$は1対1に対応付けられる.このとき,
と$1,2,3,4,\dots\in\N$と$\alpha_1,\alpha_2,\alpha_3,\alpha_4,\dots\in S$が対応付けられたとする.さらに,
と表す.すなわち,$\alpha_n$の小数第$k$位の数を$a^{(n)}_{k}$と表す.
このとき,0以上9以下の整数$a_1,a_2,a_3,a_4,\dots$を
- $a_1\neq a^{(1)}_{1}$
- $a_2\neq a^{(2)}_{2}$
- $a_3\neq a^{(3)}_{3}$
- $a_4\neq a^{(4)}_{4}$
- ……
をみたすようにとると
- $\alpha_1=0.a^{(1)}_{1}a^{(1)}_{2}a^{(1)}_{3}a^{(1)}_{4}\dots$と$0.a_1a_2a_3a_4\dots$は小数第1位の数が異なる
- $\alpha_2=0.a^{(2)}_{1}a^{(2)}_{2}a^{(2)}_{3}a^{(2)}_{4}\dots$と$0.a_1a_2a_3a_4\dots$は小数第2位の数が異なる
- $\alpha_3=0.a^{(3)}_{1}a^{(3)}_{2}a^{(3)}_{3}a^{(3)}_{4}\dots$と$0.a_1a_2a_3a_4\dots$は小数第3位の数が異なる
- $\alpha_4=0.a^{(4)}_{1}a^{(4)}_{2}a^{(4)}_{3}a^{(4)}_{4}\dots$と$0.a_1a_2a_3a_4\dots$は小数第4位の数が異なる
- ……
となっているので,$0.a_1a_2a_3a_4\dots$は対応する無理数のどれとも異なった$S$の元となっている.
しかし,$\N$と$S$は全て対応付けられていたはずなので,新たな$S$の元がとれてしまうのは仮定に反している.
よって,そもそもの「$\N$と$S$が1対1に対応付けられる」とした仮定が誤っていることになり,$\N$と$S$は1対1に対応付けられることはない.
よって,$\operatorname{card}S\neq\operatorname{card}\N$となる.
[2]で$S$の元$0.a_1a_2a_3a_4\dots$をつくるときに,
- $0.\underline{a^{(1)}_{1}}a^{(1)}_{2}a^{(1)}_{3}a^{(1)}_{4}\dots$
- $0.a^{(2)}_{1}\underline{a^{(2)}_{2}}a^{(2)}_{3}a^{(2)}_{4}\dots$
- $0.a^{(3)}_{1}a^{(3)}_{2}\underline{a^{(3)}_{3}}a^{(3)}_{4}\dots$
- $0.a^{(4)}_{1}a^{(4)}_{2}a^{(4)}_{3}\underline{a^{(4)}_{4}}\dots$
- ……
と対角に$a^{(1)}_{1}, a^{(2)}_{2},\dots$を選んでいきました.
このことから,この論法のことを対角線論法と言います.
この論法を考えたドイツの数学者ゲオルク・フェルディナント・ルートヴィッヒ・フィリップ・カントール (Georg Ferdinand Ludwig Philipp Cantorにちなんで,カントールの対角線論法ということもあります.
また,この記事では示しませんが,実数の集合$\R$の濃度と有理数の集合$\R\setminus\Q$の濃度が等しいことが分かります.すなわち,$\operatorname{card}\R=\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$が成り立ちます.
この濃度も数学では重要で,連続濃度といい$\aleph$で表します.