たとえば
- $\frac{2}{3}=0.66666\dots$
- $-\frac{1}{5}=-0.20000\dots$
のように,(整数)/(整数)の形の分数は小数に直すと必ず循環する小数で表すことができ,このような数を有理数というのでした.
一方で,有理数でない(循環小数で表せない)実数のことを無理数といい,例えば$\sqrt{2}$などがありますね.
義務教育下では有理数は小学校以来扱ってきますが,無理数は中学数学で2次方程式を解くために導入される平方根に関連して$\sqrt{\quad}$が現れるのが最初でしょう.
ここで次の問題を考えます.
無理数と有理数はどちらの方が多いか?
実は数学には「モノの多さ」を計る指標として濃度というものがあり,この濃度を考えると「無理数の方が多い」と結論付けることができます.
この記事では濃度の基本的な考え方を説明し,「無理数が有理数よりも多い」ということを数学的に説明します.
目次
解説動画
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【濃度】無限個あっても比較できる!集合の元の「多さ」の考え方(11分47秒)
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前提知識
この記事を読むのに必要な前提知識を最初にまとめておきます.
- 有理数:(整数)/(整数)の形で表せる数のこと.循環小数で表せる.
- 無理数:数直線から有理数を取り除いた数のこと.循環小数で表せない.
この有理数と無理数について,無理数の方が多いことをみるのがこの記事のテーマです.
- 集合:数学的なモノの集まり
- 元:集合に属する1つ1つのモノ
集合は$\{1,2,3\}$のように,$\{\quad\}$の間に並べて表します.つまり,$\{1,2,3\}$は「1と2と3を元にもつ集合」というわけですね.
- 部分集合:集合に含まれる集合
たとえば,集合$\{1,2\}$は集合$\{1,2,3\}$の部分集合です.
- 有限集合:元の個数が有限の集合
- 無限集合:元の個数が無限の集合
また,この記事を通して
- $\N$:正の整数の集合$\{1,2,3,\dots\}$
- $\Z$:整数の集合$\{\dots,-3,-2,-1,0,1,2,3,\dots\}$
- $\Q$:有理数の集合
- $\R$:実数(数直線上の数)の集合
- $\R\setminus\Q$:無理数の集合
で表します.なお,これらは数学を学習・研究する上でも一般的な記号です.
数学的な「個数」
まずは,数学的に「個数が等しい」というのをどのように考えるかを考えていきましょう.
「個数」が等しいとは
例えば,
- $A=\{1,2,3,4\}$
- $B=\{-3,\pi,2.2,-\sqrt{2}\}$
は集合としては$A\neq B$ですが,どちらも元の個数が4です.元の個数が等しければ,例えば
と対応付けられますね.
一般に同じ個数の元を持つ2つの(有限)集合$A$, $B$があれば,$A$の元と$B$の元で過不足なく「カップル」が作れますね.
$A$の元と$B$の元で過不足なくカップルが作れることを,集合$A$, $B$は1対1に対応すると言いますね.
数学では「集合$A$, $B$が1対1に対応する」は「全単射$A\to B$が存在する」とも言いますね.
集合の濃度
いまみた例は有限集合でしたが,無限集合でも「『元の多さ』が等しいこと」を次のように考えます.
[濃度] (有限集合とは限らない)集合$A$の「元の多さ」を濃度 (cardinality)といい,$\operatorname{card}A$と表す.とくに$A$が$n$個の元からなる有限集合のとき,$\operatorname{card}A=n$と表す.
また,集合$A$, $B$が1対1に対応するとき$\operatorname{card}A=\operatorname{card}B$と表す.
「元の多さ」というのは少々数学的ではない表現ですが,この記事ではこの表現で満足することにします.
例えば,有限集合なら
- $A=\{1,2,3\}$なら,$\operatorname{card}A=3$
- $B=\{2,-3,\pi,\sqrt{4},3.75\}$なら,$\operatorname{card}B=5$
といった具合ですね.
さて,「有理数と無理数でどちらが多いか」ということがこの記事のテーマでしたから,濃度の言葉で言えば
- $\operatorname{card}\Q$
- $\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$
のどちらが大きいかを考えようというわけですね.
$\Q$は「有理数の集合」,$\R\setminus\Q$は無理数の集合なのでした.
しかし,$\operatorname{card}\Q$も$\operatorname{(\R\setminus\Q)}$も有限集合ではないので,これらの差と言われてもすぐにはピンときませんね.
可算濃度
無限集合で濃度が等しい例として,次の補題を示しておきましょう.
正の整数の集合$\N$と整数の集合$\Z$に対して,$\operatorname{card}\N=\operatorname{card}\Z$が成り立つ.
対応
によって$\N$, $\Z$は1対1に対応する.ただし,$n$は正の整数である.
よって,$\operatorname{card}\N=\operatorname{card}\Z$が成り立つ.
集合としては$\N$より$\Z$の方が大きいのに,濃度が等しいのは不思議な感じがしますね.
無限集合においては一方の集合が他方の集合に含まれていても濃度が等しいことはよくありますので,このことには慣れておきましょう.
これは無限集合の面白さの理由の1つといえます.
濃度$\operatorname{card}\N$を可算濃度といい$\aleph_0$と表す:
また,濃度が$\aleph_0$の集合を可算集合または可付番集合という.
つまり,上で示したことは「$\operatorname{card}{\Z}=\aleph_0$である」「$\N$は可算集合(可付番集合)である」などとも表現できますね.
$\aleph$は「アレフ」と読み,$\aleph_0$は「アレフゼロ」と読みます.
$\N$の元と1対1に対応付けられることから,濃度が$\aleph_0$の集合$S$は「$S$の元に1から番号をつけて並べることができる」と表現することもできますね.
濃度の差
さて,濃度の差を次のように定義することも自然ですね.
集合$A$が集合$B$の部分集合$B’$と1対1に対応付けられるとき,$\operatorname{card}A\le\operatorname{card}B$と定める.
さらに,$\operatorname{card}A\neq\operatorname{card}B$をみたすとき,$\operatorname{card}A<\operatorname{card}B$と定める.
$\operatorname{card}A\le\operatorname{card}B$かつ$\operatorname{card}A\ge\operatorname{card}B$のとき,$A$と$B$は1対1に対応するので$\operatorname{card}A=\operatorname{card}B$が成り立ちますね.
また,
- $A$と$A’$が1対1に対応せず
- $B$が$A$の中にすっぽりと対応する$A’$があるとき
$S$の濃度は$T$の濃度より大きいというわけですね.
この定義から,次のことが従います.
[無限集合の濃度] 任意の無限集合$S$に対して,$\aleph_0\le\operatorname{card}S$が成り立つ.
無限集合$S$から要素を1つずつ取り出し順に$a_1,a_2,\dots$と名付けていくと,$S$の部分集合$\{a_1,a_2,\dots\}$ができる.
このとき,正の整数$n$を$a_n$に対応させれば1対1対応となるから,
が成り立つ.
この正の整数の集合$\N$の濃度を可算濃度というのでしたから,可算濃度$\aleph_0$は無限集合の中でも最小の濃度ということができますね.
(なお,厳密に証明するには「選択公理」というものが必要なのですが,以上の証明でも成り立つことは直感的に分かるので,この記事ではこれ以上は立ち入らないことにします.)
有理数の可算性
さて,この記事の主役の1つである有理数の集合の濃度$\operatorname{card}\Q$が$\aleph_0$であることを証明しておきましょう.
有理数の集合$\Q$に対して,$\operatorname{card}\Q=\aleph_0$が成り立つ.
$\operatorname{card}\Z=\aleph_0$だったので,$\operatorname{card}\Q=\operatorname{card}\Z$を示せばよい.
$\Q$の元は$\frac{q}{p}$($p$, $q$は互いに素な整数,$q\geqq0$)と表せる.対応
によって$\Q$と$\Z$の部分集合は1対1に対応する.よって,$\operatorname{card}\Q\le\operatorname{card}\Z$が成り立つ.
また,$\N\subset\Q$なので$\operatorname{card}\Q\ge\operatorname{card}\Z$が成り立つ.
以上で両方の向きの不等号が証明できたから,$\operatorname{card}\Q=\operatorname{card}\Z$が成り立つ.
全ての整数の素因数2を全て集めて前にもってくると「$2^{q}$×(奇数)」($q$は正の整数)の形に表せます.また,奇数は$2p-1$ ($p$は整数)の形に表せます.
つまり,
- 分子を行き先の素因数2の個数に
- 分母を行き先の奇数部分
に対応させているわけですね.
たとえば
と対応します.
いま考えたように
- 正の整数の集合$\N$
- 整数の集合$\Z$
- 有理数の集合$\Q$
は集合としては異なりますが,濃度が全て可算無限$\alpha_0$で等しいことは当たり前にしておきたいところです.
対角線論法による濃度差の証明
以上で「無理数が有理数より多い」ことの証明の準備が整いました.
有理数の集合$\Q$と無理数の集合$\R\setminus\Q$に対して
が成り立つ.
このとき,$\aleph_0=\operatorname{card}\Q$なので,$\aleph_0<\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$を示せばよい.
$S$を1以下の正の無理数の集合とすると,$S$は$\R\setminus\Q$の部分集合だから
である.よって,$\aleph_0<\operatorname{card}{S}$を示せば,$\aleph_0<\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$が成り立つ.
$S$は無限集合だから,先ほど示した定理[無限集合の濃度]より$\aleph_0\le\operatorname{card}{S}$が成り立つので,あとは$\aleph_0\neq\operatorname{card}{S}$を示せばよい.
$\operatorname{card}S=\aleph_0$と仮定する.
このとき,矛盾が導かれればこの仮定が誤りとなり,$\operatorname{card}S\neq\aleph_0$が成り立つ(この論法を背理法といいますね).
【背理法1|背理法はこう考える!仕組みを具体例から理解する】
私が運営する別のブログ(高校数学解説ブログ)の記事です.背理法の考え方を説明しています.
仮定$\operatorname{card}S=\operatorname{card}\N$より$S$と$\N$は1対1に対応付けられる.
このとき,$S=\{\alpha_1,\alpha_2,\alpha_3,\alpha_4,\dots\}$とし,$n\in\N$と$\alpha_n\in S$が対応付けられたとする:
また,$\alpha_n$の小数第$k$位の数を$p^{(n)}_{k}$と表す:
このとき,0以上1以下の$\alpha=0.p_1p_2p_3p_4\dots$を
- $p_1\neq p^{(1)}_{1}$
- $p_2\neq p^{(2)}_{2}$
- $p_3\neq p^{(3)}_{3}$
- $p_4\neq p^{(4)}_{4}$
- ……
をみたし,$\alpha$が循環小数にならないようにとると
- $\alpha_1=0.p^{(1)}_{1}p^{(1)}_{2}p^{(1)}_{3}p^{(1)}_{4}\dots$と$\alpha$は小数第1位の数が異なる
- $\alpha_2=0.p^{(2)}_{1}p^{(2)}_{2}p^{(2)}_{3}p^{(2)}_{4}\dots$と$\alpha$は小数第2位の数が異なる
- $\alpha_3=0.p^{(3)}_{1}p^{(3)}_{2}p^{(3)}_{3}p^{(3)}_{4}\dots$と$\alpha$は小数第3位の数が異なる
- $\alpha_4=0.p^{(4)}_{1}p^{(4)}_{2}p^{(4)}_{3}p^{(4)}_{4}\dots$と$\alpha$は小数第4位の数が異なる
- ……
となっているので,$\alpha$は$\alpha_1,\alpha_2,\dots$のどれとも異なった$S$の元となっている.
しかし,$\N$と$S$は全て対応付けられていたはずなので,新たな$S$の元がとれてしまうのは仮定に反している.
よって,そもそも「$\N$と$S$が1対1に対応付けられる」とした仮定が誤っていることになる.
すなわち,$\N$と$S$は1対1に対応付けられることはないから,$\operatorname{card}S\neq\aleph_0$となる.
[2]で$S$の元$0.p_1p_2p_3p_4\dots$をつくるときに,
- $0.\underline{p^{(1)}_{1}}p^{(1)}_{2}p^{(1)}_{3}p^{(1)}_{4}\dots$
- $0.p^{(2)}_{1}\underline{p^{(2)}_{2}}p^{(2)}_{3}p^{(2)}_{4}\dots$
- $0.p^{(3)}_{1}p^{(3)}_{2}\underline{p^{(3)}_{3}}p^{(3)}_{4}\dots$
- $0.p^{(4)}_{1}p^{(4)}_{2}p^{(4)}_{3}\underline{p^{(4)}_{4}}\dots$
- ……
と対角に$p^{(1)}_{1},p^{(2)}_{2},\dots$を選んでいきました.
このことから,この論法のことを対角線論法と言います.
この論法を考えたドイツの数学者ゲオルク・フェルディナント・ルートヴィッヒ・フィリップ・カントール (Georg Ferdinand Ludwig Philipp Cantorにちなんで,カントールの対角線論法ということもあります.
また,この記事では示しませんが,実数の集合$\R$の濃度と有理数の集合$\R\setminus\Q$の濃度が等しいことが分かります.すなわち,$\operatorname{card}\R=\operatorname{card}{(\R\setminus\Q)}$が成り立ちます.
この濃度も数学では重要で,連続濃度といい$\aleph$で表します.
参考文献
集合・位相入門
[松坂和夫 著/岩波書店]
本書は「集合論」「位相空間論」をこれから学ぶ人のための入門書です.
説明が丁寧で行間が少ないのは初学者にありがたいところですね.
実際,本書は1968年に発刊されて以来売れ続けている超ロングセラーで,2018年に新装版が発売されたことからも現在でも教科書として広く使われていることが分かります.
具体例が多く扱われているのも特徴で,新しい概念のイメージも掴みやすいように書かれています.
また,各セクションの終わりに少なくない数の演習問題も載っており,演習書的な使い方もできます.
なお,本書については,以下の記事で書評としてまとめています.
本書の目次・必要な知識・良い点と気になる点などをレビューしています.