微分積分学では正の無限大$\infty$や負の無限大$-\infty$は極限を扱うときに現れる記号であり,通常は数としては扱われません.しかし,
- $\infty$はどの実数よりも大きな「数」
- $-\infty$はどの実数よりも小さな「数」
のように捉えると便利なこともあります.
例えば,ルベーグ積分(測度論)で恒等的に値0をとる関数の$\R$上の積分$\int_{\R}0\,dx$を0×∞と考える際に使われます.
このことをもとに実数全体の集合$\R$に$\infty$と$-\infty$を加えてできる集合
を拡大実数といい,自然に順序集合にもなります.
この記事では
- 拡大実数における演算
- 拡大実数における順序
- 拡大実数の応用例(上限性質)
を順に説明します.
拡大実数における演算
拡大実数$\overline{\R}=\R\cup\{\infty,-\infty\}$上の演算を説明します.
まず$a,b\in\R$には通常の四則演算を定めます.一方,$\pm\infty$を含む場合には,$a\in\R$, $b>0$, $c<0$に対して
- $\pm\infty$と実数の和
- $\pm\infty$と実数の積
- $\pm\infty$と実数の商
- $\pm\infty$と$\pm\infty$の和(複号同順)
- $\pm\infty$と$\pm\infty$の積(複号任意)
と定めます.これらは極限の計算と同じ気持ちですね.
注意したいことは$\infty\cdot0$, $\infty+(-\infty)$, $\dfrac{\infty}{\infty}$が定義されない点で,これも通常の極限ではこの形では極限が分からない(不定形)ということと同じ気持ちですね.
ただし,測度論などでは便宜上$\infty\cdot0=0$と定義することもあります.
集合のどの2元を与えても結果を返すものを(二項)演算というので,たとえば$\infty+(-\infty)$が定義されていないことから厳密には$+$と$\cdot$は演算と呼ぶことはできません.
このことから,($\R$は代数的には体でしたが)$\overline{\R}$は体ではありません.
拡大実数における順序
拡大実数$\overline{\R}=\R\cup\{\infty,-\infty\}$上の順序を説明します.
順序集合
まず$a,b\in\R$には通常の順序を定めます.一方,$\infty$または$-\infty$を含む場合には,$a\in\R$に対して
と定めます.つまり,$-\infty$はどんな実数よりも小さく,$\infty$はどんな実数よりも大きいと定めるわけですね.
このとき拡大実数$\overline{\R}=\R\cup\{\infty,\infty\}$は順序集合となります.すなわち,順序集合の定義の3条件
- 反射律:任意の$a\in\overline{\R}$に対して$a\le a$
- 対称律:$a,b\in\overline{\R}$が$a\le b$かつ$b\le a$を満たせば$a=b$
- 推移律:$a,b,c\in\overline{\R}$が$a\le b$かつ$b\le c$を満たせば$a\le c$
が成り立ちます.
直感的には数直線の正の無限遠方に$\infty$があり,数直線の負の無限遠方に$-\infty$があると捉えることができます.
このことから,実数が$\R=(-\infty,\infty)$と表すことに対して,拡大実数は$\overline{\R}=[-\infty,\infty]$と表すことも多いです.
$\pm\infty$の近傍
$a\in\R$の近傍とは$a$を元にもつ開集合のことをいうのでした.このことは次のように言い換えることができます.
$a\in\R$と$U\subset\R$に対して,次は同値である.
- $U$は$a$の近傍である
- $U$は開集合で,ある$\delta>0$が存在して$(a-\delta,a+\delta)\subset U$が成り立つ.
[$(1)\Ra(2)$の証明](1)が成り立つなら,近傍の定義から$U$は開集合である.
また,$a\in U$だから開集合の定義より,ある$\delta>0$が存在して$(a-\delta,a+\delta)\subset U$が成り立つ.
[$(2)\Ra(1)$の証明](2)が成り立つなら,$a\in (a-\delta,a+\delta)\subset U$だから$a\in U$である.
また,$U$は開集合なので,$U$は$a$の近傍である.
このことをふまえて$\pm\infty$の近傍を次のように定めます.
$U\subset\overline{\R}$が$\infty$の近傍であるとは,$U$が開集合で,ある$R\in\R$が存在して$(R,\infty]\subset U$が成り立つことをいう.
また,$V\subset\overline{\R}$が$-\infty$の近傍であるとは,$V$が開集合で,ある$S\in\R$が存在して$[-\infty,S)\subset V$が成り立つことをいう.
拡大実数の応用例(上限性質)
最後に拡大実数を用いると,便利な例として実数の上限性質を考えましょう.
まずは順序集合の上限は次のように定義されているのでした.
順序集合$X$に対して,$m\in X$が$A\subset X$の上界であるとは,任意の$a\in A$に対してで$a\le m$が成り立つことをいう.
また,上界をもつ$X$の部分集合は上に有界であるといい,上界の最小値を上限といい$\sup{A}$と表す.
例えば,$\R$上の閉区間$I_1=[2,5]$と開区間$I_2=(2,5)$を考えましょう.
このとき,いずれも上界全部の集合は$[5,\infty)$なので,上限はこの最小値なので
ですね.
注目したいのは「$I_2$の最大値は存在しないが上限は存在する」というところで,一般に次が成り立ちます.
[$\R$の上限性質]空でなく上に有界な$A\subset\R$は$\R$上に上限$\sup{A}$をもつ.
この[$\R$の上限性質]は$\R$の定義の一部なので,証明されるものではありません.
さて,上に有界でない$A\subset\R$は$\R$上に上界を持たず上限も存在しないので,$\R$の上限性質では「上に有界な」という条件が必要になります.
しかし,拡大実数$\overline{\R}$においては上に有界でない集合も,必ず上界として$\infty$をもちます.
そのため,[$\R$の上限性質]は拡大実数$\overline{\R}$上で次のように述べることもできます.
[$\R$の上限性質($\overline{\R}$を用いた形)]空でない$A\subset\R$は$\overline{\R}$上に上限$\sup{A}$をもつ.
つまり,上に有界でない$A\subset\R$の場合は$\overline{\R}$上で$\sup{A}=\infty$となるので,上に有界であることに言及しなくてもよくなるという点で便利なわけですね.
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