距離空間の定義のイメージと具体例|ノルム空間との関係

位相空間論
位相空間論

大雑把にいえば,距離空間とは「2点間の離れ具合が実数値で表される空間」のことであり,大学数学の分野としては位相空間論に属します.

例えば,中学・高校以来扱ってきた「数直線」「$xy$平面」「$xyz$空間」などは距離空間の例です.

この記事では,

  • 距離空間の定義
  • 距離空間の具体例
  • ノルムとの関係

を説明し,最後に距離空間に似たノルム空間との関係を説明します.

距離空間の定義

まずは距離空間の定義を説明します.

空でない集合$X$に対して,関数$d:X\times X\to\R$が

  1. [非退化性]$d(x,y)=0 \iff x=y$
  2. [対称性]任意の$x,y\in X$に対して$d(x,y)=d(y,x)$
  3. [劣加法性]任意の$x,y,z\in X$に対して$d(x,z)\le d(x,y)+d(y,z)$

の全てを同時に満たすとき,$d$を$X$の距離関数または距離(metrix)といい,組$(X,d)$を距離空間(metric space)という.

また,劣加法性の不等式を三角不等式といい,距離$d$が明らかな場合には単に$X$を距離空間という.

距離空間とは

  • どのような空間$X$に
  • どのような距離$d$が定まっているか

という2つの情報$(X,d)$をもつものということができ,関数$d$は「$X$上の2点を与えるとその2点間の距離を返してくれる関数」で,定義の3つの条件を満たすものというわけですね.

なお,この距離$d$の定義の3条件は以下のイメージがもとになっています:

  1. [非退化性]$x$から$x$への距離は0で,逆に2点$x$と$y$の距離が0でなければ$x$と$y$は異なる点である
  2. [対称性]「$x$から$y$への距離」と「$y$から$x$への距離」は一致する
  3. [劣加法性]「$x$から$y$を通って$x$へ行く距離」は「$x$から$z$へ直接行く距離」以上である

我々が日常的に使っている「距離」はこれらの性質を持っていますね.

数学では関数$X\times X\to\R$がこれら3条件さえ満たしていれば,どんなものでも距離というわけですね.

我々が日常的に「距離」というときには0以上の値をイメージするように,実は3条件から距離$d$は必ず0以上の値をとることを示すことができます.

[距離の非負値性]距離空間$(X,d)$に対して,任意の$x,y\in X$は$d(x,y)\ge0$を満たす.

任意の$x,y\in X$に対して,距離の定義の3条件から

    \begin{align*}0=d(x,x)\le d(x,y)+d(y,x)=2d(x,y)\end{align*}

が成り立つので,両辺を2で割って確かに$0\le d(x,y)$を得る.

距離空間の具体例

それでは,距離空間の具体例を挙げます.以下,$\m{x},\m{y},\m{z}\in\R^n$の成分は

    \begin{align*}\m{x}=\bmat{x_1\\\vdots\\x_n},\quad \m{y}=\bmat{y_1\\\vdots\\y_n},\quad \m{z}=\bmat{z_1\\\vdots\\z_n}\end{align*}

とします.

例1(ユークリッド距離空間)

$\R^n$に対して,関数$d:\R^n\times\R^n\to\R$を

    \begin{align*}d(\m{x},\m{y})=|\m{x}-\m{y}|\bra{=\sqrt{(x_1-y_1)^2+\dots+(x_n-y_n)^2}}\end{align*}

で定めると,組$(\R^n,d)$は距離空間となります.

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この距離空間$(\R^n,d)$は,例えば

  • $n=1$のときに数直線$\R$
  • $n=2$のときに$xy$平面$\R^2$
  • $n=3$のときに$xyz$空間$\R^3$

での2点を結ぶ線分の長さを図るものとなっており,この距離$d$をユークリッド距離(Euclid metric),$(\R^n,d)$はユークリッド距離空間(Euclid metric space)といいます.

この$d$が距離であることは次のように示すことができます.


$d$が非退化性,対称性,劣加法性を満たすことを示せばよい.

[非退化性]実数の2乗は0以上だから,$d(\m{x},\m{y})=0$であることと,任意の$i\in\{1,\dots,n\}$に対して$x_i=y_i$が成り立つことは同値である.

また,これは$\m{x}=\m{y}$であることに他ならないから,$d(\m{x},\m{y})=0\iff\m{x}=\m{y}$が成り立つ.

[対称性]任意に$\m{x},\m{y}\in\R^n$をとる.任意の$i\in\{1,\dots,n\}$に対して$(x_i-y_i)^2=(y_i-x_i)^2$だから,$d(\m{x},\m{y})=d(\m{y},\m{x})$が成り立つ.

[劣加法性]任意に$\m{x},\m{y},\m{z}\in\R^n$をとる.$|\m{x}-\m{z}|\le|\m{x}-\m{y}|+|\m{y}-\m{z}|$が成り立つことを示せばよいが,両辺0以上なので

    \begin{align*}|\m{x}-\m{z}|^2\le(|\m{x}-\m{y}|+|\m{y}-\m{z}|)^2\end{align*}

を示せばよい.さらに,$\m{a}:=\m{x}-\m{y}$, $\m{b}:=\m{y}-\m{z}$とおくと

    \begin{align*}&|\m{a}+\m{b}|^2\le(|\m{a}|+|\m{b}|)^2 \\\iff&|\m{a}|^2+2\m{a}\cdot\m{b}+|\m{b}|^2\le|\m{a}|^2+2|\m{a}||\m{b}|+|\m{b}|^2 \\\iff&\m{a}\cdot\m{b}\le|\m{a}||\m{b}|\end{align*}

を示せばよいことになるが,これはコーシー-シュワルツ(Cauchy-Schwarz)の不等式$|\m{a}\cdot\m{b}|\le|\m{a}||\m{b}|$より成り立つ.

ただし,$\m{a}\cdot\m{b}$は$\m{a}=[a_1,\dots,a_n]^T$, $\m{b}=[b_1,\dots,b_n]^T$の標準内積で,$\m{a}\cdot\m{b}=a_1b_1+\dots+a_nb_n$である.

ユークリッド距離の劣加法性

    \begin{align*}|\m{x}-\m{z}|\le|\m{x}-\m{y}|+|\m{y}-\m{z}|\end{align*}

は$\m{a}=\m{x}-\m{y}$, $\m{b}=\m{y}-\m{z}$, $\m{c}=\m{z}-\m{y}$と考えて

  • $|\m{a}+\m{b}|\le|\m{a}|+|\m{b}|$
  • $|\m{a}-\m{c}|\le|\m{a}|+|\m{c}|$

などと書いても全く同じことです.

例2(マンハッタン距離空間)

$\R^n$に対して,関数$d:\R^n\times\R^n\to\R$を

    \begin{align*}d(\m{x},\m{y})=|x_1-y_1|+\dots+|x_n-y_n|\end{align*}

で定めると,組$(\R^n,d)$は距離空間となります.

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この距離$d$をマンハッタン距離(Manhattan metric),$(\R^n,d)$はマンハッタン距離空間(Manhattan metric space)といいます.

なお,この距離の名前に由来するニューヨークのマンハッタンはブロック型に区画されており,これが各軸に沿った方向の差を足し合わせた距離$d$のイメージに一致するので,$d$はマンハッタン距離とよばれています.

この$d$が距離であることは次のように示すことができます.


$d$が非退化性,対称性,劣加法性を満たすことを示せばよい.

[非退化性]絶対値は0以上だから,$d(\m{x},\m{y})=0$であることと,任意の$i\in\{1,\dots,n\}$に対して$x_i=y_i$が成り立つことは同値である.

また,これは$\m{x}=\m{y}$であることに他ならないから,$d(\m{x},\m{y})=0\iff\m{x}=\m{y}$が成り立つ.

[対称性]任意に$\m{x},\m{y}\in\R^n$をとる.任意の$i\in\{1,\dots,n\}$に対して$|x_i-y_i|=|y_i-x_i|$だから,$d(\m{x},\m{y})=d(\m{y},\m{x})$が成り立つ.

[劣加法性]任意に$\m{x},\m{y},\m{z}\in\R^n$をとる.絶対値の劣加法性(1次元ユークリッド空間の距離の劣加法性)より,

    \begin{align*}d(\m{x},\m{z}) &=|x_1-z_1|+\dots+|x_n-z_n| \\&\le(|x_1-y_1|+|y_1-z_1|)+\dots+(|x_n-y_n|+|y_n-z_n|) \\&=(|x_1-y_1|+\dots+|x_n-y_n|)+(|y_1-z_1|+\dots+|y_n-z_n|) \\&=d(\m{x},\m{y})+d(\m{y},\m{z}) \end{align*}

が成り立つ.

例3(フランス鉄道距離)

$\R^n$に対して,関数$d:\R^n\times\R^n\to\R$を

    \begin{align*}d(\m{x},\m{y})=\begin{cases}|\m{x}-\m{y}|&(\exists c\in\R\ \text{s.t.}\ \m{x}=c\m{y})\\|\m{x}|+|\m{y}|&(\text{other})\end{cases}\end{align*}

で定めると,組$(\R^n,d)$は距離空間となります.

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原点$\mrm{O}$と2点$x$, $y$が同一直線上にあるときとないときで場合わけされているわけですが,要は原点から放射状にしか測れない距離というわけですね.

この距離$d$をフランス鉄道距離(French metro metric),$(\R^n,d)$はフランス鉄道距離空間(French metro metric space)といいます.

なお,この距離の名前に由来するフランスはパリを起点としてフランス全土に向かって鉄道が走っており,原点をパリに見立てて$d$はフランス鉄道距離とよばれています.

もしくは,「イギリス鉄道距離(British Rail metric)」や「郵便局距離(post office metric)」などの呼び名もあるようです.

この$d$が距離であることは次のように示すことができます.


$d$が非退化性,対称性,劣加法性を満たすことを示せばよい.

[非退化性]$d(\m{x},\m{y})=0$とする.このとき,もし$\m{0},\m{x},\m{y}$が同一直線上に存在しないとすると,$\m{x}\neq\m{0}$かつ$\m{y}\neq\m{0}$なので

    \begin{align*}d(\m{x},\m{y})=|\m{x}|+|\m{y}|>0\end{align*}

となって矛盾するから,$\m{0},\m{x},\m{y}$は同一直線上に存在する.よって,$0=d(\m{x},\m{y})=|\m{x}-\m{y}|$だから$\m{x}=\m{y}$を得る.

逆に,$\m{x}=\m{y}$なら,$\m{0},\m{x},\m{y}$は同一直線上に存在するので,

    \begin{align*}d(\m{x},\m{y})=|\m{x}-\m{y}|=0\end{align*}

が成り立つ.

[対称性]任意に$\m{x},\m{y}\in\R^n$をとる.

    \begin{align*}|\m{x}-\m{y}|=|\m{y}-\m{x}|,\quad |\m{x}|+|\m{y}|=|\m{y}|+|\m{x}|\end{align*}

だから,$\m{0},\m{x},\m{y}$の位置関係によらず$d(\m{x},\m{y})=d(\m{y},\m{x})$が成り立つ.

[劣加法性]任意に$\m{x},\m{y},\m{z}\in\R^n$をとる.以下,最初の例のユークリッド距離の劣加法性を用いていることに注意.

(i) $\m{0},\m{x},\m{y}$が同一直線上に存在し,$\m{0},\m{y},\m{z}$が同一直線上に存在するとき,$\m{0},\m{x},\m{z}$が同一直線上に存在するので,

    \begin{align*}d(\m{x},\m{z}) &=|\m{x}-\m{z}| \\&\le|\m{x}-\m{y}|+|\m{y}-\m{z}| \\&=d(\m{x},\m{y})+d(\m{y},\m{z})\end{align*}

が成り立つ.

(ii) $\m{0},\m{x},\m{y}$が同一直線上に存在し,$\m{0},\m{y},\m{z}$が同一直線上に存在しないとき,$\m{0},\m{x},\m{z}$が同一直線上に存在しないので,

    \begin{align*}d(\m{x},\m{z}) &=|\m{x}|+|\m{z}| \\&\le(|\m{x}+\m{y}|+|-\m{y}|)+|\m{z}| \\&\le(|\m{x}+\m{y}|)+(|\m{y}|+|\m{z}|) \\&=d(\m{x},\m{y})+d(\m{y},\m{z})\end{align*}

が成り立つ.

(iii) $\m{0},\m{x},\m{y}$が同一直線上に存在せず,$\m{0},\m{y},\m{z}$が同一直線上に存在するとき,(ii)と同様に劣加法性が得られる.

(iv) $\m{0},\m{x},\m{y}$が同一直線上に存在せず,$\m{0},\m{y},\m{z}$が同一直線上に存在しないとき

    \begin{align*}d(\m{x},\m{z}) \le&\max\{|\m{x}-\m{z}|,|\m{x}|+|\m{z}|\} \\\le&|\m{x}|+|\m{z}| \\=&(|\m{x}|+|\m{y}|)+(|\m{y}|+|\m{z}|) \\=&d(\m{x},\m{y})+d(\m{y},\m{z})\end{align*}

が成り立つ.

例4(球面距離空間)

2次元球面$S^2$を考えます.

2点$\m{x},\m{y}\in S^2$に対して,$\m{x}$と$\m{y}$を通る大円$C$上の劣弧$\overline{\m{x}\m{y}}$の長さを$d(\m{x},\m{y})$とする関数$d:S^2\times S^2\to\R$を定めると,組$(S^2,d)$は距離空間となります.

ただし,

  • 球$S^2$の大円とは,$S$の中心を通る平面による$S^2$の断面
  • 円$C$の劣弧$\overline{\m{x}\m{y}}$とは,$C$の弧$\overline{\m{x}\m{y}}$のうち長くない方

です.

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この距離$d$を球面距離,$(S,d)$は球面距離空間などといいます.

例5(離散距離空間)

空でない任意の集合$X$に対して,関数$d:X\times X\to\R$を

    \begin{align*}d(x,y)=\begin{cases}0&(x=y)\\1&(x\neq y)\end{cases}\end{align*}

で定めると,組$(\R^n,d)$は距離空間となります.すなわち,異なる2点間の距離は全て1とするのがこの$d$です.

なお,この距離空間により誘導される位相空間は離散位相となり,この距離$d$を離散距離(discrete metric),$(\R^n,d)$は離散距離空間(discrete metric space)といいます.

ノルム空間との関係

最後に距離空間に似たノルム空間との関係を説明します.

ノルム空間の定義

まずはノルム空間の定義を確認しておきましょう.

体$\K$上の線形空間$V$に対して,関数$\|\cdot\|:V\to\R$が

  • [非退化性]$\|\m{x}\|=0 \iff \m{x}=\m{0}$
  • [斉次性]任意の$\alpha\in\K$, $x\in X$に対し$\|\alpha \m{x}\|=|\alpha|\|\m{x}\|$
  • [劣加法性]任意の$\m{x},\m{y},\m{z}\in X$に対し$\|\m{x}-\m{z}\|\le\|\m{x}-\m{y}\|+\|\m{y}-\m{z}\|$

の全てを同時に満たすとき,$\|\cdot\|$を$V$のノルム(norm)といい,組$(V,\|\cdot\|)$をノルム空間(norm space)という.

また,$\|\cdot\|$が$V$のノルムであることを強調して$\|\m{x}\|_{V}$と表すことも多い.

ノルムも距離と同じく

  • 非退化性
  • 劣加法性

を満たす必要があります.そのため,ノルムと距離はある程度「似たもの」ではあります.

一方で,距離空間$(X,d)$といった場合には$X$は単なる集合で構いませんが,ノルム空間$(V,\|\cdot\|)$といった場合には$V$は線形空間でなければならない点が大きく異なります.

ノルム空間に自然に定まる距離

さて,ノルム空間$(V,\|\cdot\|)$に対して,関数$d:V\times V\to\R$を

    \begin{align*}d(x,y):=\|\m{x}-\m{y}\|\end{align*}

で定めると組$(V,d)$は距離空間となり,この意味でノルム空間$(V,\|\cdot\|)$は自然に距離空間とみなすことができます.例えば,

  • ユークリッド距離
  • マンハッタン距離

はそれぞれノルム

    \begin{align*}&\|\m{x}\|=\sqrt{{x_1}^2+\dots+{x_n}^2}, \\&\|\m{x}\|=|x_1|+\dots+|x_n|\end{align*}

から自然に導かれる距離空間となっています.

しかし,逆に距離空間$(X,d)$の集合$X$は必ずしも線形空間ではないので,逆に距離空間を自然にノルム空間とみなすことは一般にはできません.

参考文献

集合・位相入門

[松坂和夫 著/岩波書店]

本書は「集合論」「位相空間論」をこれから学ぶ人のための入門書です.

本書は説明が丁寧で行間が少ないテキストなので,初学者にとっても読みやすくなっています.

実際,本書は1968年に発刊されて以来売れ続けている超ロングセラーで,2018年に新装版が発売されたことからも現在でも広く使われていることが分かります.

具体例が多く扱われているのも特徴で,新しい概念のイメージも掴みやすいように書かれています.

また,各セクションの終わりに少なくない数の演習問題も載っており,演習書的な使い方もできます.

なお,本書については,以下の記事で書評としてまとめています.

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