ピカールの逐次近似法|常微分方程式の解を構成する方法

微分方程式
微分方程式

常微分方程式の解き方はさまざまなパターンで考えられていますが,どんな常微分方程式も簡単に解けるわけではありません.

しかし,常微分方程式がよく知られた形をしていない場合にも,ピカールの逐次近似法という手法を用いることで解が得られる場合があります.

実はピカール(Picard)-リンデレフ(Lindelöf)の定理という常微分方程式の解の存在の一意性に関する重要定理があり,この定理の背景にある考え方がこの記事で扱うピカールの逐次近似法です.

ピカール-リンデレフの定理については以下の記事で説明するとし,この記事では,

  • ピカールの逐次近似法の手順と具体例
  • ピカールの逐次近似法がうまくいく理由
  • ピカールの逐次近似が直接使えない場合の具体例

を順に説明します.

ピカール-リンデレフの定理|常微分方程式の解の一意存在性
常微分方程式の初期値問題の解の存在と一意性に関する重要定理としてピカール-リンデレフの定理があります.この記事では,ピカール-リンデレフの定理がどのような定理かを説明し,この定理を証明します.

ピカールの逐次近似法

ピカールの逐次近似法で考える常微分方程式は

    \begin{align*}\frac{dx}{dt}(t)=f(t,x(t))\quad\dots(*)\end{align*}

の形の微分方程式です.例えば,

  • $\dfrac{dx}{dt}(t)=t+x(t)$
  • $\dfrac{dx}{dt}(t)=t^2x(t)^3$

などですね.$(*)$の形の常微分方程式を正規形の常微分方程式といいます.

手順

なぜ上手くいくのかの説明は後回しにして,ここではひとまずピカールの逐次近似法で解を求める手順を紹介します.手順だけでは分かりづらいと思うので,このあと説明する具体例も参照してください.

ここでは常微分方程式の初期値問題

    \begin{align*}\begin{cases}\frac{dx}{dt}(t)=f(t,x(t))\quad\dots(*)\\x(t_0)=c\end{cases}\end{align*}

に対して,

  1. 恒等的に初期値$c$をとる定値関数を$x_0$と定める:$x_0(t)\equiv c$.
  2. 微分方程式$(*)$の両辺を$[t_0,t]$上で積分して積分方程式に書き直す:

        \begin{align*}x(t)=c+\int_{t_0}^{t}f(\tau,x(\tau))\,d\tau.\end{align*}

  3. この積分方程式をもとに,関数列$\{x_n\}$を以下のように帰納的に定める:

        \begin{align*}x_{n+1}(t):=c+\dint_{t_0}^{t}x_n(\tau)\,d\tau.\end{align*}

とすると,$f$が適切な連続性を満たしていれば,関数列$\{x_n\}$の極限関数$x:=\lim\limits_{n\to\infty}x_{n+1}$が存在して,関数$x$は問題の微分方程式の解となります.

このように適切な関数列を構成して極限を考えることで解を求めるこの方法をピカールの逐次近似法 (iteration scheme)といいます.

具体例

具体的にピカールの逐次近似法により解が得られる様子をみてみましょう.

初期条件$x(0)=1$を満たす関数$x$の微分方程式

    \begin{align*}\frac{dx}{dt}(t)=x(t)\end{align*}

の解をピカールの逐次近似法により求めよ.

この微分方程式が線形常微分方程式であることから解が$x(t)=e^t$であることは簡単に求められますが,ピカールの逐次近似法によっても同じ解が得られることをみてみましょう.

$x_0(t)\equiv x(0)=1$とする.また,両辺を$[0,t]$上で積分すると

    \begin{align*}&\int_{0}^{t}\od{x}{t}(\tau)\,d\tau=\int_{0}^{t}x(\tau)\,d\tau \\\iff& x(t)-x(0)=\int_{0}^{t}x(\tau)\,d\tau \\\iff& x(t)=1+\int_{0}^{t}x(\tau)\,d\tau\end{align*}

と積分方程式が得られる.ピカールの逐次近似法により$\{x_k\}_{k=0}^{\infty}$を構成すると

    \begin{align*} x_1(t) =&1+\int_{0}^{t}x_0(\tau)\,d\tau =1+t, \\x_2(t) =&1+\int_{0}^{t}x_1(\tau)\,d\tau =1+t+\frac{t^2}{2}, \\x_3(t) =&1+\int_{0}^{t}x_2(\tau)\,d\tau =1+t+\frac{t^2}{2}+\frac{t^3}{6} \end{align*}

となる.これを続けると,任意の$n\in\N$に対して

    \begin{align*}x_{n}(t) =1+\frac{t}{1!}+\frac{t^2}{2!}+\dots+\frac{t^n}{n!} =\sum_{k=0}^{n}\frac{t^k}{k!}\end{align*}

となることが分かる(厳密には帰納法).ただし,$0^0=1$とする.

すなわち,$x_{n}(t)$は$e^t$の$n$次までのマクローリン展開となっているから

    \begin{align*}\lim_{n\to\infty}x_n(t)=e^t\end{align*}

なので,解は$x(t)=e^t$である.

確かにピカールの逐次近似法により解$x(t)=e^t$が得られましたね.

ピカールの逐次近似法がうまくいく理由

最後にピカールの逐次近似法でなぜ解がうまく求まるのかを説明します.

積分方程式への書き換え

ピカールの逐次近似では微分方程式を積分方程式に書き直しましたが,次のように微分方程式と積分方程式が同値になっていることがポイントとなります.

$I\subset\R$を$0$を含む閉区間とする.このとき,以下の2条件は同値である.

  • $x$は$I$上$C^1$級で初期条件$x(0)=1$を満たす常微分方程式

        \begin{align*}\od{x}{t}(t)=f(t,x(t))\end{align*}

    の解である.

  • $x$は$I$上連続で積分方程式

        \begin{align*}x(t)=1+\int_{0}^{t}f(\tau,x(\tau))\,d\tau\end{align*}

    の解である.

関数が$C^1$級であるとは,1階導関数が存在して連続であることをいうのでした.

このように微分方程式を積分方程式に書き直すことができることをデュアメル(Duhamel)の原理といいます.証明は冒頭でも紹介した以下の記事を参照してください.

ピカール-リンデレフの定理|常微分方程式の解の一意存在性
常微分方程式の初期値問題の解の存在と一意性に関する重要定理としてピカール-リンデレフの定理があります.この記事では,ピカール-リンデレフの定理がどのような定理かを説明し,この定理を証明します.

つまり,初期条件$x(0)=1$を満たす常微分方程式$\displaystyle\od{x}{t}(t)=f(t,x(t))$が欲しければ,積分方程式

    \begin{align*}x(t)=1+\int_{0}^{t}f(\tau,x(\tau))\,d\tau\quad\dots(*)\end{align*}

の解を見つければ良いということになるわけですね.

逐次近似

このようにしてできた積分方程式$(*)$を用いて漸化式

    \begin{align*}x_{n+1}(t)=1+\int_{0}^{t}f(\tau,x_n(\tau))\,d\tau\end{align*}

を考えたとき,もし$\tilde{x}=\lim\limits_{n\to\infty}x_n$が存在すれば両辺で極限$n\to\infty$をとって形式的に

    \begin{align*}\tilde{x}(t)=1+\int_{0}^{t}f(\tau,\tilde{x}(\tau))\,d\tau\end{align*}

と書けますね.つまり,$\tilde{x}$は積分方程式$(*)$の解であるということになります.

もとの微分方程式と積分方程式$(*)$は同値でしたから,$\tilde{x}$はもとの微分方程式の解でもあることになりますね.

一般に帰納的に列$\{x_n\}$を作って極限が所望するものになるような近似を逐次近似といいます.

ただし,ここでの議論では

  • 極限$\tilde{x}$が本当に存在するか
  • 極限$\tilde{x}$が存在したとき,極限と積分の交換ができるか

などは示せていませんが,ピカール-リンデレフの定理の証明と同様にすれば等しいことが証明できます.詳しくはやはり以下の記事を参照してください.

ピカール-リンデレフの定理|常微分方程式の解の一意存在性
常微分方程式の初期値問題の解の存在と一意性に関する重要定理としてピカール-リンデレフの定理があります.この記事では,ピカール-リンデレフの定理がどのような定理かを説明し,この定理を証明します.

ピカールの逐次近似が直接使えない場合

最後に正規形$\frac{dx}{dt}(t)=f(t,x(t))$になっていない常微分方程式に対してピカールの逐次近似が使える方法を説明します.

初期条件$x(0)=1$, $\dfrac{dx}{dt}(0)=0$を満たす関数$x$の微分方程式

    \begin{align*}\frac{d^2x}{dt^2}(t)=-x(t)\end{align*}

の解をピカールの逐次近似法により求めよ.

この微分方程式の解が$x(t)=\cos{t}$であることはやはり簡単に求められますが,ピカールの逐次近似方によっても同じ解が得られることをみてみましょう.

ここまでは単一の微分方程式$\dfrac{dx}{dt}(t)=f(t,x(t))$についてでしたが,連立の微分方程式$\dfrac{d\m{x}}{dt}(t)=\m{f}(t,\m{x}(t))$に対してもピカールの逐次近似法は同様に適用できます.

このことを用いると,次のようにピカールの逐次近似法を用いることができます.

$x_1=x$, $x_2=\dfrac{dx}{dt}$とおくと,

    \begin{align*}\frac{d}{dt}\bmat{x_1\\x_2}=\bmat{\frac{dx}{dt}\\\frac{d^2x}{dt^2}}=\bmat{\frac{x}{dt}\\-x}=\bmat{x_2\\x_1}\end{align*}

が成り立つ.初期条件が$x_1(0)=1$, $x_2(0)=0$であることから,$x_{0}^{(1)}\equiv1$, $x_{0}^{(2)}\equiv0$とする.

両辺を$[0,t]$上で積分すると第1成分から

    \begin{align*}&\int_{0}^{t}\frac{dx_1}{dt}(\tau)\,d\tau=\int_{0}^{t}x_2(\tau)\,d\tau \\\iff&x_1(t)=1+\int_{0}^{t}x_2(\tau)\,d\tau\end{align*}

と積分方程式が得られ,同じく第2成分から

    \begin{align*}&\int_{0}^{t}\frac{dx_2}{dt}(\tau)\,d\tau=\int_{0}^{t}x_1(\tau)\,d\tau \\\iff&x_2(t)=\int_{0}^{t}x_1(\tau)\,d\tau\end{align*}

と積分方程式が得られる.ピカールの逐次近似法により$\{x_{k}^{(1)}\}_{k=0}^{\infty}$, $\{x_{k}^{(2)}\}_{k=0}^{\infty}$を構成すると

    \begin{align*}&\begin{cases}x_{1}^{(1)}(t)=1+\dint_{0}^{t}x_{0}^{(2)}(\tau)\,d\tau=1, \\x_{1}^{(2)}(t)=\dint_{0}^{t}x_{0}^{(1)}(\tau)\,d\tau=t,\end{cases} \\&\begin{cases}x_{2}^{(1)}(t)=1+\dint_{0}^{t}x_{1}^{(2)}(\tau)\,d\tau=1+\dfrac{1}{2}t^2, \\x_{2}^{(2)}(t)=\dint_{0}^{t}x_{1}^{(1)}(\tau)\,d\tau=t,\end{cases} \\&\begin{cases}x_{3}^{(1)}(t)=1+\dint_{0}^{t}x_{2}^{(2)}(\tau)\,d\tau=1+\dfrac{1}{2}t^2, \\x_{3}^{(2)}(t)=\dint_{0}^{t}x_{2}^{(1)}(\tau)\,d\tau=t+\dfrac{1}{3!}t^3,\end{cases} \\&\begin{cases}x_{4}^{(1)}(t)=1+\dint_{0}^{t}x_{3}^{(2)}(\tau)\,d\tau=1+\dfrac{1}{2}t^2+\frac{1}{4!}t^4, \\x_{4}^{(2)}(t)=\dint_{0}^{t}x_{3}^{(1)}(\tau)\,d\tau=t+\dfrac{1}{3!}t^3\end{cases}\end{align*}

となる.これを続けると,任意の$n=0,1,2,3,\dots$に対して

    \begin{align*}x_{2n}^{(1)}(t) =&x_{2n+1}^{(1)}(t) \\=&1+\frac{t^2}{2!}+\frac{t^4}{4!}+\dots+\frac{t^{2n}}{(2n)!} =\sum_{k=0}^{n}\frac{t^{2k}}{(2k)!}\end{align*}

となることが分かる(厳密には帰納法).ただし,$0^0=1$とする.

すなわち,$x_{2n}^{(1)}(t)=x_{2n+1}^{(1)}(t)$は$\cos{t}$の$2n$次までのマクローリン展開となっているから

    \begin{align*}\lim_{n\to\infty}x_{n}^{(1)}(t)=\cos{t}\end{align*}

なので,解は$x(t)=\cos{t}$である.

この場合も確かに$x(t)=\cos{t}$が得られましたね.

この問題のように$\frac{dx}{dt}(t)=f(t,x(t))$の形になっていなくても,新たに

    \begin{align*}x_1=x,\quad x_2=\dfrac{dx}{dt},\quad x_3=\dfrac{d^2x}{dt^2},\dots\end{align*}

とおくことで,$\frac{d\m{x}}{dt}(t)=f(t,\m{x}(t))$の形の連立常微分方程式になりピカールの逐次近似法が使えることがあります.

線形常微分方程式など多くの微分方程式でこのように書き直せるので,この意味でピカールの逐次近似法(よってピカール-リンデレフの定理)は多くの常微分方程式に対して使えることが分かりますね.

ピカールの逐次近似法(ピカール-リンデレフの定理)がどのようなときに成り立つかは以下の記事を参照してください.

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