バナッハ空間とヒルベルト空間|完備でない部分空間の例

関数解析
関数解析

ノルムが備わっている線形空間をノルム空間,内積が備わっている線形空間を内積空間といいます.

ノルム空間,内積空間は元の大きさを測ることができる線形空間ということができ,解析学では頻繁に用いられます.

また,完備なノルム空間をBanach(バナッハ)空間,完備な内積空間をHilbert(ヒルベルト)空間といいます.

Banach空間/Hilbert空間はもとより線形空間なので線形空間としての部分空間を考えることができ,部分空間に元の空間と同じノルム/内積を与えたものはノルム空間/内積空間となります.

しかし,このノルム/内積を備えた部分空間が完備性をもつとは限りません.つまり

  • Banach空間$V$の部分空間が,$V$と同じノルムでBanach空間になるとは限らない
  • Hilbert空間$V$の部分空間が,$V$と同じ内積でHilbert空間になるとは限らない

というわけですね.

本稿では,Banach空間/Hilbert空間の部分空間で完備でないものの例を考えます.

ノルム空間と部分空間

まずはノルム空間の定義を確認します.

体$K$上の線形空間$\mathcal{X}$に対して,$\mathcal{X}$上の関数$\|\cdot\|:\mathcal{X}\to\R_{\ge0}$がノルム (norm)であるとは,以下を同時に満たすことをいう.

  1. $\|u\|=0\iff u=o$
  2. $\|\alpha u\|=|\alpha|\|u\|$ ($\alpha\in K$,$u\in\mathcal{X}$)
  3. $\|u+v\|\le\|u\|+\|v\|$ ($u$,$v\in\mathcal{X}$)

また,線形空間とノルムの組$(\mathcal{X},\|\cdot\|)$を体$K$上のノルム空間 (norm space)という.ノルムが明らかなときは,単に$\mathcal{X}$を部分ノルム空間 (norm subspace)という.

大雑把に言えば,ノルムは線形空間の元の「大きさ」を表す写像のことですね.

$d(u,v):=\|u-v\|_{\mathcal{X}}$により写像$d:\mathcal{X}\times\mathcal{X}\to\R_{\ge0}$を定めると,$d$は$\mathcal{X}$上の距離となります.

なお,距離空間については以下の記事を参照してください.

距離空間の定義のイメージと具体例|ノルム空間との関係
数学では3つの条件を満たす集合Xと関数dの組(X,d)を「距離空間」といい,重要な位相空間のひとつです.この記事では,距離空間の定義の3条件のイメージ,距離空間の具体例を説明し,「ノルム空間」との関係も説明します.

また,線形空間の部分空間を次のように定義します.

体$K$上の線形空間$\mathcal{X}$に対して,集合として$\mathcal{Y}\subset\mathcal{X}$を満たし,$\mathcal{X}$と同じ和とスカラー倍が定義された線形空間$\mathcal{Y}$を,$\mathcal{X}$の線形部分空間 (linear subspace),または部分空間 (subspace)という.

ノルム空間$(\mathcal{X},\|\cdot\|)$に対して,$\mathcal{X}$の部分空間$\mathcal{Y}$とノルム$\|\cdot\|$の組$(\mathcal{Y},\|\cdot\|)$はノルム空間となります.

閉部分空間と完備性

ノルム空間$(\mathcal{X},\|\cdot\|)$に対して,$\mathcal{X}$の部分空間であって,ノルム$\|\cdot\|$に関して閉集合になっているものを閉部分空間といいます.

ノルム空間$(\mathcal{X},\|\cdot\|)$に対して,$\mathcal{X}$の部分空間$\mathcal{Y}$がノルム$\|\cdot\|$に関してであるとは,次が成り立つことをいう:

$\mathcal{Y}$上の点列$\{u_n\}_{n\in\N}$と$u\in\mathcal{X}$が

    \begin{align*}\lim\limits_{n\to\infty}\|u_n-u\|=0\end{align*}

を満たすなら,$u\in\mathcal{Y}$が成り立つ.

また,ノルム空間,内積空間の完備性定義するにはCauchy列が必要です.

距離空間$(X,d)$の点列$\{u_n\}$がCauchy列であるとは,任意の$\epsilon>0$に対して,ある$N\in\N$が存在して,

    \begin{align*}m,n>N \Ra d(u_n,u_m)<\epsilon\end{align*}

を満たすことをいう.

大雑把に言えば,$u_n$の添字$n$が十分大きければ,$u_n$, $u_m$幅$d(u_n,u_m)$がどこまでも0に近くできるような点列をCauchy列というわけですね.

一般に収束列はCauchy列ですが,逆にCauchy列は収束列であるとは限りません.

そこで,Banach空間Hilbert空間を次のように定義します.

ノルム空間$(\mathcal{X},\|\cdot\|)$が完備 (complete)であるとは,$\mathcal{X}$の任意のCauchy列が$\mathcal{X}$の収束列であることをいい,完備なノルム空間$(\mathcal{X},\|\cdot\|)$をBanach空間 (Banach space)という.

また,内積空間をノルム空間とみなすことで同様に内積空間の完備性が定義でき,完備な内積空間をHilbert空間 (Hilbert space)という.

本稿はBanach空間/Hilbert空間の部分空間の完備性が主題なのでした.

Banach空間の部分空間が完備であるための必要十分条件は以下のようになっています.

$(\mathcal{X},\|\cdot\|)$をBanach空間,$\mathcal{Y}$を$\mathcal{X}$の部分空間とする.このとき,次は同値である.

  1. ノルム空間$(\mathcal{Y},\|\cdot\|)$は完備
  2. $\mathcal{Y}$はノルム$\|\cdot\|$に関して閉

[$(1)\Ra(2)$の証明] $\mathcal{Y}$上の点列$\{u_n\}_{n\in\N}$と$u\in\mathcal{X}$が

    \begin{align*}\lim_{n\to\infty}\|u_n-u\|=0\end{align*}

を満たすとする.

一般に収束列はCauchy列であることに注意すると,収束列$\{u_n\}_{n\in\N}$は$(\mathcal{Y},\|\cdot\|)$上のCauchy列なので,$(\mathcal{Y},\|\cdot\|)$の完備性((1)の仮定)から$v\in\mathcal{Y}$が存在して

    \begin{align*}\lim_{n\to\infty}\|u_n-v\|=0\end{align*}

が成り立つ.

よって,極限の一意性から$u=v$となり,$v\in\mathcal{Y}$だったから$u\in\mathcal{Y}$が従う.

[$(2)\Ra(1)$の証明] ノルム空間$(\mathcal{Y},\|\cdot\|)$上の点列$\{u_n\}_{n\in\N}$がCauchy列であるとする.

このとき,点列$\{u_n\}_{n\in\N}$はBanach空間$(\mathcal{X},\|\cdot\|)$上のCauchy列でもあるから,$\mathcal{X}$の完備性より$u\in\mathcal{X}$が存在して

    \begin{align*}\lim_{n\to\infty}\|u_n-u\|=0\end{align*}

が成り立つ.

よって,部分空間$\mathcal{Y}$が閉であること((2)の仮定)から$u\in\mathcal{Y}$だから,点列$\{u_n\}_{n\in\N}$は$(\mathcal{Y},\|\cdot\|)$上の収束列であることが従う.

この定理の対偶を考えることより,Banach空間$(\mathcal{X},\|\cdot\|)$に対して,$\mathcal{X}$の部分空間でノルム$\|\cdot\|$に関して閉でないものが,$\|\cdot\|$に関して完備でない部分空間の例となりますね.

また,Hilbert空間はBanach空間ともみなせるので,Hilbert空間に関しても同様に以下の系が成り立ちますね.

$(\mathcal{X},\anb{\cdot,\cdot})$をHilbert空間,$\mathcal{Y}$を$\mathcal{X}$の部分空間とする.このとき,次は同値である.

  1. 内積空間$(\mathcal{Y},\anb{\cdot,\cdot})$は完備
  2. $\mathcal{Y}$は内積$\anb{\cdot,\cdot}$に依るノルムに関して閉

閉でない部分空間の例

それではBanach空間/Hilbert空間の部分空間で完備でないものの例を考えます.

具体的には「Lebesgue空間$L^2$の元で,1次の重み$x$をかけても$L^2$に属するような関数の空間」は閉でない$L^2$の部分空間となります.

$I:=[1,\infty)$とする.Lebesgue空間$L^2:=L^2(I)$をHilbert空間とみるとき,

    \begin{align*}X:=\set{u\in L^2}{\big\||\cdot|u\big\|_{L^2}:=\bra{\dint_{I}\big||x|u(x)\big|^2\,dx}^{1/2}<\infty}\end{align*}

に$L^2$と同じ和,スカラー倍を定義すると,$X$は$L^2$の閉でない部分空間である.


2つのStepに分けて示します.

[Step 1] $X$が$L^2$の部分空間であることを示す.

任意の$\alpha,\beta\in\C$, $u,v\in X$をとる.$X\subset L^2$より$u,v\in L^2$であり,$L^2$が線形空間であることから

    \begin{align*}\alpha u+\beta v\in L^2\end{align*}

である.また,Minkowskiの不等式($L^2$の三角不等式)より

    \begin{align*}\big\||\cdot|(\alpha u+\beta v)\big\|_{L^2} =&\big\||\cdot|\alpha u+|\cdot|\beta v\big\|_{L^2} \\\le&|\alpha|\big\| |\cdot|u \big\|_{L^2}+|\beta|\big\| |\cdot|v \big\|_{L^2}<\infty\end{align*}

だから,$\alpha u+\beta v\in X$が従う.よって,$X$が$L^2$の部分空間である.

[Step 2] $X$が閉でないことを示す.

    \begin{align*}&u_n(x)=\frac{1}{x}\sqrt{\dfrac{n}{x^2+n}}\quad(n\in\N), \\&u(x)=\frac{1}{x}\end{align*}

とする.このとき,関数列$\{u_n\}_{n\in\N}$は$X$の関数列であって,関数列$\{u_n\}_{n\in\N}$は$L^2$において極限$u\in L^2\setminus X$をもつことを示せばよい.

任意の$x\in I$に対して$1\le x$だから,任意の$n\in\N$に対して,

    \begin{align*}\|u_n\|_{L^2(I)}^2 \le&\big\||\cdot|u_n\big\|_{L^2(I)}^2 =\int_{I}|xu_n(x)|^2\,dx =\int_{I}\frac{n}{x^2+n}\,dx \\=&\int_{\alpha_n}^{\pi/2}\frac{n}{n\tan^2\theta+n}\cdot\frac{\sqrt{n}\,d\theta}{\cos^2\theta} \\&\bra{x:=\sqrt{n}\tan\theta,\alpha_n:=\tan^{-1}n^{-1/2}} \\=&\sqrt{n}\int_{\alpha_n}^{\pi/2}d\theta \le \sqrt{n}\int_0^{\pi/2}d\theta =\frac{\pi\sqrt{n}}{2}<\infty\end{align*}

だから,$u_n\in X$である.また

    \begin{align*}\nor{u_n-n}_{L^2(I)}^2 =&\int_{I}\abs{\dfrac{1}{x}\sqrt{\frac{n}{x^2+n}}-\frac{1}{x}}^2\,dx \\=&\int_{I}\abs{\dfrac{\sqrt{n}-\sqrt{x^2+n}}{x\sqrt{x^2+n}}}^2\,dx \\=&\int_{I}\abs{\dfrac{n-(x^2+n)}{x\sqrt{x^2+n}(\sqrt{n}+\sqrt{x^2+n})}}^2\,dx \\=&\int_{I}\dfrac{x^4}{x^2(x^2+n)(\sqrt{n}+\sqrt{x^2+n})^2}\,dx \\\le&\int_{I}\dfrac{x^2}{(x^2+n)^2}\,dx\end{align*}

である.任意の$n\in\N$に対して

    \begin{align*}\frac{x^2}{(x^2+n)^2}\le\frac{1}{x^2}\end{align*}

であり,右辺は

    \begin{align*}\int_{I}\frac{1}{x^2}\,dx=1<\infty\end{align*}

を満たし,各$x\in I$で

    \begin{align*}\lim_{n\to\infty}\frac{x^2}{(x^2+n)^2}=0\end{align*}

だから,Lebesgueの収束定理から

    \begin{align*}\lim_{n\to\infty}\int_{I}\frac{x^2}{(x^2+n)^2}\,dx=0\end{align*}

が従う.よって,$0\le\nor{u_n-n}_{L^2(I)}^2$と併せて,$L^2$上で$u_n$は$u$に収束する.一方,

    \begin{align*}\big\||\cdot|u\big\|_{L^2(I)} =\int_{I}|xu(x)|^2\,dx =\int_{I}dx=|I|=\infty\end{align*}

だから,$u\notin X$を得る.以上より,命題が従う.

$L^2$の定義域を$I$から全体$\R$に変えても同様に

    \begin{align*}Y:=\set{u\in L^2(\R)}{\big\||\cdot|u\big\|_{L^2(\R)}<\infty}\end{align*}

が閉でない部分空間となります.

実際,上の命題で与えた$Y$の関数列$\{u_n\}$と$L^2(\R)$の関数$u$を$\R$全体に0拡張したものを考えれば,$Y$が閉でないことが分かりますね.

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プロフィール

山本やまもと 拓人たくと

元予備校講師.講師として駆け出しの頃から予備校の生徒アンケートで抜群の成績を残し,通常の8倍の報酬アップを提示されるなど頭角を表す.

飛び級・首席合格で大学院に入学しそのまま首席修了するなど数学の深い知識をもち,本質をふまえた分かりやすい授業に定評がある.

現在はオンライン家庭教師,社会人向け数学教室での講師としての教育活動とともに,京都大学で数学の研究も行っている.専門は非線形偏微分方程式論.大学数学系YouTuberとしても活動中.

趣味は数学,ピアノ,甘いもの食べ歩き.公式LINEを友達登録で【限定プレゼント】配布中.

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