関数空間の補間定理として,[Marcinkiewicz(マルチンキーヴィッツ)の実補間定理]があります.
定義はのちに述べますが,作用素の$L^p$有界性には
- (普通の)$L^p$有界性
- 弱$L^p$有界性
があります.名前から推察されるように,作用素$T$が$L^p$有界であれば弱$L^p$有界となります.
[Marcinkiewiczの実補間定理]は,ある種の三角不等式を満たす作用素$T$が
- 弱$L^1$有界性
- 弱$L^q$有界性 ($1<q$)
をもつとき,任意の$p\in(1,q)$に対して作用素$T$が$L^p$有界性をもつことを保証する定理です.
つまり,両端$L^1$と$L^q$で弱有界であれば,その間で$L^p$有界となるわけですね.
この「両端は弱でよい」というのが[Marcinkiewiczの実補間定理]の優れた点で,加えて[Marcinkiewiczの実補間定理]は線形でない作用素に適用できる点も優れています.
なお,「マルチンキェーヴィツ」がMarcinkiewiczの正確な発音に近いようです.
$L^{p_1}(X)\to L^{q_1}(Y)$で有界かつ,$L^{p_2}(X)\to L^{q_2}(Y)$で有界な作用素$T$を考えます.このとき,2点$(p_1,q_1)$, $(p_2,q_2)$を結ぶ線分上の点$(a,b)$に対して,$T$は$L^{a}(X)\to L^{b}(Y)$の有界作用素となるという補間定理を[Riesz-Thorinの複素補間定理]といいます.
目次
$L^p$有界性と弱$L^p$有界性
まずは
- $L^p$有界性
- 分布関数
の定義を確認します.
準備
まずは$L^p$有界性を確認します.
$(X,\mathcal{F},\mu)$を測度空間とする.$p\in[1,\infty]$に対して,$L^{p}(X)$上の作用素$T$が$L^{p}$有界であるとは,ある$C>0$が存在して,任意の$f\in L^p(X)$に対して
が成り立つことをいう.
一般に集合$S$上の作用素$T$とは,$T:S\to S$のことをいうのでした.
次に,上位集合と分布関数を確認します.
$(X,\mathcal{F},\mu)$を測度空間とする.$X$上の実数値または複素数値関数$f$と$\lambda\ge0$に対して,
を上位集合 (優位集合,superlevel set)という.また,次で定まる関数$\mu_{f}:\R_{\ge0}\to\R_{\ge0}$を分布関数という:
この記事では,測度空間$(X,\mathcal{F},\mu)$としては
- $X=\R$
- $\mathcal{F}$は$\R$のLebesugue集合やBorel集合
- $\mu$をLebesgue測度
として考えれば十分です.
また,定義から容易に分かるように,
でもありますね.
弱$L^p$有界性
次に,弱$L^p$有界性を定義します.
$(X,\mathcal{F},\mu)$を測度空間とする.$p\in[1,\infty)$に対して,$L^{p}(X)$上の作用素$T$が弱$L^{p}$有界であるとは,ある$C>0$が存在して,任意の$\lambda>0$と$f\in L^p(X)$に対して
が成り立つことをいう.
冒頭でも述べたように,$L^{p}$有界性は弱$L^{p}$有界性よりも強い条件になっています.
$(X,\mathcal{F},\mu)$を測度空間とする.$p\in[1,\infty)$に対して,$L^{p}(X)$上の$L^{p}$有界作用素$T$は弱$L^{p}$有界である.
作用素$T$が$L^p$有界であれば,ある$C>0$が存在して$\|Tf\|_{p}\le C\|f\|_{p}$をみたす.$L^{p}$有界作用素$T$は,任意の$f\in L^{p}(X)$と$\lambda>0$に対して,
を満たす.したがって,$L^{p}$有界作用素$T$は弱$L^{p}$有界作用素である.
この意味で,弱$L^p$有界性ではないことを強調して,普通の$L^p$有界性を強$L^p$有界性と言うこともあります.
なお,今の証明では本質的に[Chebyshevの不等式]を用いていますね.
[Chebyshevの不等式] $(X,\mathcal{F},\mu)$を測度空間とする.任意の$f\in L^p(X)$と$\lambda>0$に対して,次の不等式が成り立つ.
Marcinkiewiczの実補間定理
次に,Marcinkiewiczの実補間定理の主張とその証明を説明します.
補題
準備として,まずは次の補題を示します.
$(X,\mathcal{F},\mu)$を測度空間とする.任意の$f\in L^1_{loc}(X)$と$p\in[1,\infty)$に対して,
が成り立つ.また,$a,b\in\R$ ($a\le b$)に対して,$a\le|f(x)|\le b$であるとき,
が成り立つ.
補題の前半は,
となって従う.
補題の後半は,$\sigma$が$0\le\sigma<a$または$b<\sigma$をみたすとき$a\le|f(x)|\le b$により$\mu_{f}(\sigma)=0$だから,前半の等式の右辺の積分範囲が$[a,b]$になることが分かる.
Marcinkiewiczの実補間定理とその証明
今示した補題により,[Marcinkiewiczの実補間定理]を示します.
[Marcinkiewiczの実補間定理] $(X,\mathcal{F},\mu)$を測度空間とする.$q\in(1,\infty]$とする.次の条件を満たす$L^1(X)+L^{q}(X)=\set{f_1+f_2}{f_1\in L^1(X),f_2\in L^{q}(X)}$上の作用素$T$を考える.
- $f\in L^1+L^{q}$の任意の分解$f=f_1+f_2\ \ (f_1\in L^1(X),f_2\in L^{q}(X))$に対して,$x\in X$上ほとんど至るところで$|Tf(x)|\le|Tf_1(x)|+|Tf_2(x)|$が成り立つ.
- $T$は弱$L^1$有界である.
- $q\in(1,\infty)$のとき,$T$は弱$L^q$有界である.
- $q=\infty$のとき,ある$C>0$が存在して,任意の$f\in L^\infty(X)$に対して,$x\in X$上ほとんど至るところで$|Tf(x)|\le C\|f\|_{\infty}$が成り立つ.
このとき,任意の$p\in(1,q)$に対して,$T$は$L^{p}$有界作用素に拡張できる.
$q\in(1,\infty)$の場合と,$q=\infty$の場合に分けて証明する.
[1] $q\in(1,\infty)$のときを示す.
任意の$p\in(1,q),f\in L^{p}(X)$と$\lambda>0$に対して,
とする. $f\in L^{p}(X)$から $\mu(\mrm{supp}{f_1})=\mu\bra{\set{x\in X}{|f(x)|>\lambda}}<\infty$なので,
である.ここに,$p’$は$p$のHölder共役である.また,$\|f_2\|_{L^{\infty}(X)}\le\lambda$だから,
だから,$f_1\in L^1$と$f_2\in L^q$が成り立つ.
したがって,仮定1から$\left[|Tf_1(x)|\le\frac{\lambda}{2}\right.$ かつ $\left.|Tf_2(x)|\le\frac{\lambda}{2}\right]$であれば,$|Tf(x)|\le\lambda$をみたす.この対偶を考えて,$|Tf(x)|>\lambda$なら$\left[|Tf_1(x)|>\frac{\lambda}{2}\right.$または $\left.|Tf_2(x)|>\frac{\lambda}{2}\right]$が成り立つ.
したがって,補題,仮定2,仮定3より
である.ただし,$C$は適当な定数であり,一定とは限らない(以下同様).よって,
が従う.
[2] $q=\infty$のときを示す.
任意の$p\in(1,\ q),\ f\in L^{p},\ \lambda>0$に対して,
とする.
[1]と同様に,$f_1\in L^1$, $f_2\in L^{\infty}$だから
だから,$Tf(x)>2C\lambda\Ra Tf_1(x)>C\lambda$が成り立つ.
したがって,補題を用いて
である.よって,
が従う.
参考文献
「非線形発展方程式の実解析的方法」(小川卓克 著,丸善出版)
丸善出版のシュプリンガー現代数学シリーズのうちの1冊です.
非線形発展方程式について議論するには,Lebesgue空間$L^p(\R^d)$,Sobolev空間$W^{k,p}(\R^d)$, $H^{s}_p(\R^d)$,Besov空間$B^{s}_{p,\sigma}$といった解を考えるための種々の関数空間を理解することが重要です.
本書は関数空間に関する予備知識をじっくりと準備し,
- 波動方程式
- 熱方程式
- Schrödinger方程式
- Navier-Stokes方程式
といった非線形発展方程式を考えていきます.
本書の特徴は,様々な非線形発展方程式を広く扱っている点と,証明へのアプローチを説明して直感的な理解を促しているです.
本書が全19章と多くの章から構成されていることからも,広くトピックを扱っていることが見てとれますね.
誤植が多いのが1つ残念な点ではありますが,これほどに広く丁寧に非線形発展方程式を扱っている和書は他に見当たらず,この分野の基礎や考え方をカバーするには良い教科書と言えます.