共立出版から発刊されている関数解析(黒田成俊 著)は関数解析の入門書です.
大学の関数解析の授業で教科書として使用されることもよくあり,個人的には関数解析の入門書としては文句なしの好著だと思っています.
証明や具体例が丁寧に解説されており,きちんと段階を踏んで学んでいきやすい教科書です.
また章末問題も少なくなくレベル別に問題が並んでいるので,どこまで解けるかで自分の理解度を測ることができます.
このように和書の関数解析の教科書として分かりやすくまとめられており,関数解析を初めて学ぶ学生はもちろん関数解析の知識を整理したい方にもオススメできる一冊です.
目次
以下は本書の目次です.
第1章:Banach空間・Hilbert空間
- 線形空間
- Banach空間
- Hilbert空間
- 部分空間
- 有限次元ノルム空間
- 線形作用素
第2章:関数空間
- まえおき
- $\mathcal{B}^m(\Omega)$
- $L^1(\Omega)$
- $L^{p}(\Omega)$
- $L^{\infty}(\Omega)$
第3章:Hilbert空間の完全正規直交系
- まえおき
- 正射影
- 正規直交系
- 完全正規直交系の存在
第4章:Fourier級数
- Fourier展開
- 完全性の証明
- Fourier級数とたたみこみ
- Poisson積分
- Poisson積分の調和性・正則性
- 単位円内で正則な関数,調和な関数
- Dirichlet問題・Neumann問題
- 多重Fourier級数
第5章:Fourier変換
- 定義と例
- Fourier変換とたたみこみ,Gauss総和法
- Fourier変換の$L^2$理論
- 上半平面のPoisson積分
- 上半平面で正則な関数,調和な関数
第6章:Sobolev空間
- まえおき
- 軟化作用素
- 一般化された導関数とSobolev空間$W^{m,p}(\Omega)$
- 一般化された導関数とSobolev空間$W^{m,p}(\Omega)$,続
- Sobolev空間$H^{s}(\R^n)$
- 一般領域におけるDirichlet問題
第7章:線形作用素
- 有界線形作用素
- 一般の線形作用素
- 線形作用素の例
- 閉作用素
- 一様有界性の原理
- 開写像原理,閉グラフ定理
第8章:線形汎関数と共役空間
- 定義と例,Rieszの定理
- Hahn-Banachの定理
- Hahn-Banachの定理の応用,共役作用素
- 第2共役空間
- 弱収束,汎弱収束
- 共役作用素
- 共役作用素の例
第9章:レゾルベント・スペクトル
- Neumann級数
- レゾルベント・スペクトル
- 実例
第10章:線形汎関数の半群
- まえおき
- ベクトル値関数
- 半群と生成作用素,簡単な例
- 半群と生成作用素,Hille-吉田の定理
- 熱伝導方程式の基本解
第11章:コンパクト作用素,Fredholm作用素
- 直和分解と補空間
- コンパクト作用素
- 作用素$I-K$
- Fredholm作用素と指数
- 安定性の定理
- コンパクト作用素のスペクトル理論
- コンパクト作用素の実例
- 自己共役なコンパクト作用素
第12章:自己共役作用素のスペクトル分解定理
- Stieltjes積分
- 調和関数に関する1つの表現定理
- 射影作用素と単位の分解
- 対称作用素,自己共役作用素
- スペクトル分解定理(レゾルベントの表現)
- 作用素解析とスペクトル分解定理
必要な知識
集合論
集合論は数学のベースとなる分野であり,集合論を学ばずして数学を語ることはできません.
関数解析は集合と写像を当然のように用いる分野なので,なんらかの本で集合論を学んでおく必要があります.
例えば,集合論の教科書として以下の本は超ロングセラーの好著でオススメです.
線形代数
関数解析は無限次元の線形代数という側面をもち,関数解析を学ぶためには線形代数の知識は必須です.
必要な線形代数の知識は本書の序盤に簡単にまとめてあるので,それを参照して読み進めることは可能です.
しかし,線形代数は多くの分野で必要になるので別の教科書で体系的に学んでおくことが望ましいところです.
例えば,線形代数の教科書として以下の本は読みやすく,きちんと線形代数を学びたい人にはオススメです.
ルベーグ積分論
関数解析で用いられる積分はリーマン積分ではなくルベーグ積分なので,ルベーグ積分の理論は知っておかなければなりません.
実際,本書でもルベーグ積分は基本的な具体例として扱われます.
ただ本書の巻末にルベーグ積分が簡潔にまとめられているので,ルベーグ積分を学んだことがなくても必要なときに巻末を参照して読み進めることもできます.
実際,私はルベーグ積分を学ぶ前に本書を読み始めたのですが,ルベーグ積分については巻末を参照することで読み進めることができました.
しかし,これはあくまで邪道で,本来は前もってルベーグ積分を知っておく方がよく,より早く理解できる部分も多いです.
例えば,ルベーグ積分の教科書として以下の本はリーマン積分との違いから丁寧に書かれており,きちんとルベーグ積分に入門したい人にオススメです.
良い点と気を付けたい点
良い点
- 証明や例の説明が丁寧.
- ルベーグ積分の知識がなくても(巻末の付録を参照すれば)読み進めることができる.
- 最初に線形空間→ノルム空間→バナッハ空間と説明が進むので,初学者がつまずきやすい導入部をしっかりフォローしている.
- 「証明は他の本に譲る」などがほとんどなく,ほとんどこの一冊だけで完結できる.
- 半群理論といった偏微分方程式の基礎なども載っている.
気を付けたい点
- 記号が致命的に読みにくい箇所がある(が,本書においてはほとんど誤解の恐れはない).
- 第12章は例が少ない(著者によると「すでに予定の紙数に達しているが,(中略)この章で大急ぎの解説を試みる」とのこと).
全体の感想と使い方
関数解析の主戦場はバナッハ空間やヒルベルト空間といった完備性をもった空間です.
第1章では線形代数の復習から完備性の説明に移り関数解析の土壌を整備していくのですが,簡潔でありながら丁寧な説明ですっきりと読み始めることができます.
続いて第2章では関数解析でよく用いられるルベーグ空間($L^p$空間)の定義と基本性質が解説され,関数解析を進めていくための準備が整います.
この部分ではルベーグ積分の知識が必要となるので,ルベーグ積分をあまり知らない学習者にとっては少し足踏みするところかもしれませんが,ルベーグ積分の基礎事項が簡単にまとめられている巻末を参照しながらでも進めることができます.
第3章以降で本格的に関数解析の本論に入っていくのですが,その後も引き続き丁寧な説明が続きます.
各章末の問題はA問題・B問題・C問題からなっており,実際に解いてみることで自身の理解度を深めるとともに測ることもできます.
感覚的にはA問題だけでも理解の手助けになり,B問題で理解の後の慣れが養われます.C問題は難問も多くあります.
なお,著者が「まえがき」で「Cは篤志家がじっくり考えてほしい問題」と書いているように,C問題は解けなくても問題はないレベルとなっています.
初学者だけではなく,既習者も是非手元に置いておきたい教科書です.
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