大雑把に言えば,添え字$m,n$が大きければ$a_n$と$a_m$の値がほとんど違わないような実数列$\{a_n\}$をコーシー列といいます.
この記事で説明するように実数列が収束列であることとコーシー列であることは同値であり,このことから実数列の収束を簡単に示せる場合があります.
この記事では
- コーシー列の定義
- コーシー列と収束列の関係
- コーシー列の応用例
- 完備性と有理数列の注意点
を順に説明します.
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コーシー列の定義
コーシー列の定義はε-N論法による実数列の収束の定義に似ているので,まずは実数列の収束の定義を復習しておきましょう.
実数列の収束($\epsilon\text{-}N$論法)の定義の復習
実数列$\{a_n\}$が$\alpha\in\R$に収束するとは,任意の$\epsilon>0$に対して,ある$N\in\N$が存在して,
が成り立つことをいう.また,このとき$\lim\limits_{n\to\infty}a_n=\alpha$や$a_n\to\alpha\ (n\to\infty)$などと表す.
言葉で説明すれば
- どんなに小さな正の数$\epsilon$を用意したとしても
- 十分大きな正の整数$N$をとれば
- $n>N$のとき$a_n$と$\alpha$の誤差$|a_n-\alpha|$を$\epsilon$よりも小さくできる
とき,実数列$\{a_n\}$は$\alpha$に収束するというわけですね.
コーシー列の定義
数列がコーシー列であるとは次のように定義されます.
実数列$\{a_n\}$がコーシー列(Cauchy sequence)であるとは,任意の$\epsilon>0$に対して,ある$N\in\N$が存在して,
が成り立つことをいう.
言葉で説明すれば
- どんなに小さな正の数$\epsilon$を用意したとしても
- 十分大きな正の整数$N$をとれば
- $m,n>N$のとき$a_m$と$a_n$の誤差$|a_m-a_n|$を$\epsilon$よりも小さくできる
とき,実数列$\{a_n\}$をコーシー列であるというわけですね.
「どこに近付いているか」という情報がなくてもコーシー列が定義される点が収束列との大きな違いで,のちに説明するようにこれがコーシー列の便利さに繋がっています.
コーシー列の有界性
コーシー列の基本性質として,必ず有界であることが証明できます.
実数列$\{a_n\}$がコーシー列なら有界である.
$\{a_n\}$はコーシー列なので,ある$N\in\N$が存在して
が成り立つから,$n>N$なら
が成り立つ.よって,
とおくと,任意の$n$に対して$L\le a_n\le K$が成り立つ.よって,実数列$\{a_n\}$は有界である.
$(*)$はコーシー列の定義で$\epsilon=1$として得られるものですね($\epsilon$は任意なので,$\epsilon=1$としても良いですね).
添え字が$N$より大きいところで項は1より大きく違わないので,$n>N$なら$a_{n}$は$a_{N+1}$の誤差$\pm1$の範囲に収まっており有界です.また,$a_1,a_2,\dots,a_N$は有限個の項しかないので有界です.
このことから,コーシー列は全体で有界と言えるわけですね.
コーシー列と収束列の関係
冒頭で触れたように,実数列$\{a_n\}$に対しては
- $\{a_n\}$が実数に収束すること
- $\{a_n\}$がコーシー列であること
は同値です.このことを証明しましょう.
収束列ならコーシー列であることの証明
実数列$\{a_n\}$が収束列ならコーシー列である.
任意に$\epsilon>0$をとる.$\{a_n\}$は収束列なので,$\alpha:=\lim\limits_{n\to\infty}a_n$とおくと,ある$N\in\N$が存在して
が成り立つ.よって,$m,n>N$なら三角不等式と併せて
が成り立つ.よって,$\{a_n\}$はコーシー列である.
$m,n$が十分大きければ,$|a_m-\alpha|$, $|a_n-\alpha|$がどちらも十分に小さいことを利用して証明していますね.
この命題の証明には実数の性質を使っていないので,一般の距離空間上の点列に対しても同様の主張が成り立ちます.
コーシー列なら収束列であることの証明
先ほど証明したコーシー列の有界性とボルツァーノ-ワイエルシュトラスの定理を用いることで,実数列がコーシー列なら実数に収束することを証明することができます.
実数列$\{a_n\}$がコーシー列なら収束列である.
任意に$\epsilon>0$をとる.コーシー列の定義より,ある$N_1\in\N$が存在して
が成り立つ.
また,上の補題よりコーシー列$\{a_n\}$は有界だから,ボルツァーノ-ワイエルシュトラスの定理より$\{a_n\}$の収束部分列$\{a_{n_k}\}_k$が存在する.ここで
とおく.このとき,ある$N_2\in\N$が存在して
が成り立つ.
よって,$N:=\max\{N_1,N_2\}$とおけば,$n>N$のとき三角不等式と併せて
が成り立つ.よって,$\{a_n\}$は収束列である.ただし,最後の不等号$<$においては
- 第1項では$n,n_{N+1}>N\ge N_1$より$(*)$
- 第2項では$n_{N+1}>N\ge N_2$より$(**)$
を用いた.
$m,n$が十分大きければ,$|a_m-\alpha|$, $|a_n-\alpha|$がどちらも十分に小さいことを利用して証明していますね.
この定理の証明には実数の性質(ボルツァーノ-ワイエルシュトラスの定理)を使っているので,一般の距離空間上の点列に対しては成り立つとは限りません.
コーシー列の応用例
実数列についてコーシー列であることと収束列であることが同値なら,なぜわざわざコーシー列を定義する必要があるのか疑問に思う人がいるかもしれません.
しかし,実はコーシー列は次のような問題に応用することができます.
一般項$a_n=\dfrac{1}{1^2}+\dfrac{1}{2^2}+\dots+\dfrac{1}{n^2}$の実数列$\{a_n\}$が収束することを示せ.
数列$\{a_n\}$は実数列だからコーシー列であることを示せば収束することが分かる.
任意に$\epsilon>0$をとる.$m,n\in\N$を$m>n$とすると
が成り立つ.よって,$N=\lceil{\frac{1}{\epsilon}}\rceil$とおくと,$m,n>N$なら
となるから,$\{a_n\}$はコーシー列である.よって,$\{a_n\}$は収束する.
もし収束列であることを直接示そうとすると,極限$\alpha$を見つけてきて$|a_n-\alpha|$を考える必要があります.
一方,上のようにコーシー列は極限がどこにあろうが関係なく示すことができる点で,コーシー列であることの方が示しやすいことも多いです.
実は極限$\lim\limits_{n\to\infty}\bra{\dfrac{1}{1^2}+\dfrac{1}{2^2}+\dots+\dfrac{1}{n^2}}$を求める問題はバーゼル問題とよばれており,先人の努力により現在では
であることが知られています.
しかし,$\abs{a_n-\frac{\pi^2}{6}}$を評価するのは大変ですから,上記のコーシー列を用いる解答のありがたみが分かりますね.
完備性と有理数列の注意点
ここまで説明してきた「実数列$\{a_n\}$がどんなコーシー列でも実数の極限値をもつ」という性質を実数全部の集合$\R$の完備性(completeness)といいます.
一方,実は有理数全部の集合$\Q$は完備性をもちません.すなわち,有理数列$\{a_n\}$がコーシー列であっても有理数の極限値をもつとは限りません.
実際,数列$\{a_n\}$の第$n$項を「$\sqrt{2}$の小数第$n$を切り捨ててできる実数」とすると,
と全ての項が有理数となるので$\{a_n\}$は有理数列です.しかし,この極限$\lim\limits_{n\to\infty}a_n=\sqrt{2}$は有理数ではありませんね.
このように,収束する有理数列$\{a_n\}$がコーシー列だからといっても,極限$\lim\limits_{n\to\infty}a_n$は有理数とは限らないことに注意してください.
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