$\dfrac{\sin{x}}{x}$の$[0,\infty)$における広義リーマン積分をディリクレ積分(Dirichlet integral)といい,ディリクレ積分は$\dfrac{\pi}{2}$に収束することが知られています:
ディリクレ積分はフーリエ解析で必要になるなど,重要な役割をもつ広義リーマン積分のひとつです.
ディリクレ積分を求める方法はいくつか知られていますが,ここではコーシーの積分定理を用いることにより求めてみましょう.
この記事では
- ディリクレ積分の計算の方針
- ディリクレ積分の計算
- ディリクレ積分のルベーグ積分
を順に解説します.
ディリクレ積分の計算の方針
ディリクレ積分を計算するために必要な知識を確認しておきましょう.
オイラーの公式
次の公式をオイラーの公式といいますね.
[オイラーの公式]複素数$z$に対して,
が成り立つ.
もし$z$が実数であれば,高校数学で学ぶように$\cos{z}+i\sin{z}$は複素数の極形式ですね.
複素解析になると三角関数の定義域が複素数全体にまで拡張され,複素数$z$に対して$\sin{z}$, $\cos{z}$が定義されることは知っておきましょう.
さて,$z=x+yi$($x,y\in\R$)とすると,ディリクレ積分の被積分関数$\dfrac{\sin{x}}{x}$は
と表すことができますね($\operatorname{Im}$は虚部を表す).
複素積分とリーマン積分
実軸上の複素積分はリーマン積分に一致することを思い出しておきましょう.ディリクレ積分の場合は
- 複素関数$f(z)=\dfrac{e^{iz}}{z}$
- 複素平面の実軸上の集合$L:=\set{z\in\C}{z=x,x\in[r,R]}$($0<r<R$)
を用いて,
と書き換えられますね.
コーシーの積分定理
コーシーの積分定理は複素解析の重要定理で,ざっくりいえば正則関数の閉曲線上での複素積分が0になるという定理でした.
[コーシーの積分定理]領域$D$上の正則関数$f$を考える.複素平面上の有限の長さの閉曲線$C$の周および内部が$D$に含まれるとき,
が成り立つ.
いま$f(z)=\dfrac{e^{iz}}{z}$で定まる複素関数$f$は複素平面上の原点でのみ極をもちます.
よって,複素平面上の周にも内部にも原点0を含まない有限の長さの閉曲線$C$をとると,コーシーの積分定理より$\dint_{C}f(z)\,dx=0$となりますね.
ディリクレ積分の計算
それではディリクレ積分を計算しましょう.
ディリクレ積分は$\dfrac{\pi}{2}$に収束する:
複素関数$f(z)=\dfrac{e^{iz}}{z}$とおく.また,複素平面上の4つの経路
- $L_+:=\set{z\in\C}{z=x,x\in[r,R]}$
- $L_-:=\set{z\in\C}{z=x-(r+R),x\in[r,R]}$
- $C_+:=\set{z\in\C}{z=Re^{i\theta},\theta\in[0,\pi]}$
- $C_-:=\set{z\in\C}{z=re^{i(\pi-\theta)},\theta\in[0,\pi]}$
をとる.ただし,$0<r<R$である.
このとき,$f$は$L_{\pm}$, $C_{\pm}$を繋いでできる経路の周および内部で正則なので,コーシーの積分定理より
が成り立つ.以下,4ステップに分けて示す.
ステップ1($L_{\pm}$上の積分とディリクレ積分)
ディリクレ積分は
である.また,変数変換$x=-y$により
である.よって,$(*)$と併せてディリクレ積分は
となる.
ステップ2($C_+$上の積分)
$C_+$上で$\dfrac{dz}{d\theta}=iRe^{i\theta}$なので,
である.三角不等式と$|e^{i\cos{\theta}}|=1$を併せて
が成り立つ.ただし,
- 1つ目の等号では$y=\sin{\theta}$が$\theta=\dfrac{\pi}{2}$に関して対称
- 2つ目の不等号では任意の$\theta\in[0,\frac{\pi}{2}]$に対して$\dfrac{2}{\pi}\theta\le\sin{\theta}$
であることを用いた.よって,$\lim\limits_{R\to\infty}\dint_{C_{+}}f(z)\,dz=0$を得る.
ステップ3($C_-$上の積分)
$e^{iz}$は$\C$上で
とテイラー展開でき,この収束半径は$\infty$である.よって,$f$は原点の除外近傍上で
とローラン展開でき,
と項別積分可能である.ここで,$I_n:=\dint_{C_{-}}z^{n-1}\,dz$とおく.
$C_-$上で$\dfrac{dz}{d\theta}=-ire^{i(\pi-\theta)}$なので,$n\ge1$なら
となり,$n=0$なら
となる.よって,$\lim\limits_{r\to+0}\dint_{C_{-}}f(z)\,dz=-\pi i$を得る.
ステップ4(ディリクレ積分を求める)
ステップ1〜ステップ3を併せて
を得る.
ディリクレ積分のルベーグ積分
いま計算したディリクレ積分は
で定義される広義リーマン積分でした.
非有界集合上の積分には広義リーマン積分の他にルベーグ積分も考えられますが,実はディリクレ積分をルベーグ積分で考えると定義できないことが知られています.
このディリクレ積分のように,一般に有界閉区間上のリーマン積分はルベーグ積分可能でしたが,広義リーマン積分可能であっても必ずしもルベーグ積分可能であるとは限りません.
広義リーマン積分はいったん有界閉区間上でリーマン積分し,区間の端点について極限をとって定義されます.
ディリクレ積分では積分区間を伸ばすと$\dfrac{\sin{x}}{x}$が$R\to\infty$のとき正負で打ち消し合っていくため,広義リーマン積分が収束してくれるわけですね.
一方,ルベーグ積分は
- 正成分の積分$I_+=\dint_{A}f_+(x)\,dx$($f_{+}:=\max\{0,f\}$)
- 負成分の積分$I_-=\dint_{A}f_-(x)\,dx$($f_{-}:=-\min\{0,f\}$)
を別々に定義して,いずれか一方が有限の時に
と定義されます.しかし,$I_+=\infty$かつ$I_-=\infty$となっている場合にはルベーグ積分は定義されません.
ディリクレ積分では$\dfrac{\sin{x}}{x}$が正負を無限に往復し$I_+=\infty$かつ$I_-=\infty$となってしまうため,ルベーグ積分が定義されないわけですね.
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