前回の記事ではルベーグ積分が定義できる関数としてルベーグ可測関数を定義しました.
一般のルベーグ可測関数に対してルベーグ積分を定義するには,まずは単関数と呼ばれる関数に対するルベーグ積分を考えておくと見通しが良くなります.
単関数のルベーグ積分を定義せずに一般のルベーグ可測関数に対してルベーグ積分を定義することもできますが,この一連の記事では分かりやすさのために単関数のルベーグ積分を先に考えておきます.
この記事では
- 単関数の定義と具体例
- 単関数がルベーグ可測関数であるための必要十分条件
- ルベーグ可測単関数のルベーグ積分
を順に説明します.
なお,この一連の記事では$\R$上のルベーグ可測集合全部の族を$\mathcal{L}$で表しています.
また,以下ではルベーグ可測集合のことを単に可測集合と呼び,ルベーグ可測関数のことを単に可測関数と呼びます.
「ルベーグ積分の基本」の一連の記事
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- ルベーグ測度
- ルベーグ可測関数とルベーグ積分
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- ルベーグの単調収束定理と具体例(準備中)
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単関数の定義と具体例
$A\subset\R$とする.関数$f:A\to\R$がとる値が有限個であるとき,$f$を$A$上の単関数(simple function)であるという.
いくつか具体例をみてみましょう.
具体例1
関数$f:[0,3]\to\R$を
で定めると,$f$のとる値は$1,2,3$の有限個のみですから単関数ですね.
具体例2
関数$f:\R\to\R$を
で定めると,$f$のとる値は$0,1$の有限個のみですから単関数ですね.
$\R\setminus\Q$は無理数全部の集合を表しますね.
$\R$上で$\Q$も$\R\setminus\Q$も稠密ですから,この関数$f$は極めて細かく$0$と$1$を行き交うグラフをもちますね.
なお,この関数はディリクレ関数(Dirichlet function)という名前がついています.
単関数がルベーグ可測であるための必要十分条件
単関数にルベーグ積分を定義するには,単関数が可測関数でなければなりません.
そこで,単関数が可測関数であるための必要十分条件を述べた次の補題を示しておきましょう.
$A\in\mathcal{L}$上の単関数$f$の値域が$\{\alpha_1,\dots,\alpha_n\}$であるとき,次は同値である.
- $f$は$A$上の可測関数
- 任意の$k\in\{1,2,\dots,n\}$に対して$\set{x\in A}{f(x)=\alpha_k}\in\mathcal{L}$
[$(1)\Ra(2)$の証明] 任意の$k\in\{1,2,\dots,n\}$に対して,
であり,前回の記事で示したようにこれは可測集合である.
[$(2)\Ra(1)$の証明] $\alpha_1<\alpha_2<\dots<\alpha_n$としてよい.任意に$\alpha\in\R$をとる.
$\alpha\le\alpha_1$のときは
であり,$\alpha_{k-1}<\alpha\le\alpha_{k}$ ($k=1,2,\dots,n$)のときは
であり,$\alpha_n<\alpha$のときは
である.よって,$f$は$A$上可測である.
例えば,上で挙げた2つの単関数はいずれも可測関数です.
具体例1
関数
の値域は$\{1,2,3\}$です.さらに,
であり,一般に区間は可測集合なので,これらはいずれも可測集合です.
よって,上の補題よりこの$f$は可測単関数です.
具体例2
ディリクレ関数
の値域は$\{0,1\}$であり,
です.ここで,
- 一般に零集合は可測集合なので,零集合である$\Q$は可測集合
- $\R$は可測集合であり一般に可測集合の差集合は可測集合なので,$\R\setminus\Q$は可測集合
なので,上の補題よりディリクレ関数$f$は可測単関数です.
ルベーグ可測単関数のルベーグ積分
準備ができたので,可測単関数のルベーグ積分を定義しましょう.
考え方と定義
先ほどから見ている具体例1の関数
のグラフは以下のようになっているのでした.
このことから,この積分は長方形の面積の和として
とするのが良さそうで,この左辺は
- $1\times m(\set{x\in[0,3]}{f(x)=1})$
- $2\times m(\set{x\in[0,3]}{f(x)=2})$
- $3\times m(\set{x\in[0,3]}{f(x)=3})$
の和ですね.
いまの考え方を一般化して,次のように加速単関数のルベーグ積分が定義されます.
$A\in\mathcal{L}$上の可測単関数$f$の値域が$\{\alpha_1,\dots,\alpha_n\}$であるとき,
を可測単関数$f$の$A$上のルベーグ積分という.
$f$の$A$上のルベーグ積分は$\dint_{A}f(x)\,m(dx)$や$\dint_{A}f(x)\,dm(x)$などと表すこともあります.
単関数$f$が可測関数でないといけない理由は$\set{x\in A}{f(x)=\alpha_k}$が可測集合でなければならないためです.
そもそもルベーグ測度$m$の定義域は$\mathcal{L}$なのでした.つまり,平たく言えばルベーグ測度$m$はルベーグ可測集合の「長さ」しか測れません.
そのため,もし$\set{x\in A}{f(x)=\alpha_k}$が可測集合でなければ,$m(\set{x\in A}{f(x)=\alpha_k})$を考えることができないので,$\set{x\in A}{f(x)=\alpha_k}\in\mathcal{L}$でなければなりません.
上で示した補題から可測単関数なら$\set{x\in A}{f(x)=\alpha_k}\in\mathcal{L}$ですから,問題なく$m(\set{x\in A}{f(x)=\alpha_k})$を考えることができ,ルベーグ積分が定義できるわけですね.
具体例1
上の考え方で見た通りですが,関数
に対して,
なので,$f$の$[0,3]$上のルベーグ積分は
となります.
具体例2
ディリクレ関数
に対して,
なので,$f$の$\R$上のルベーグ積分は
となります.
ルベーグ積分において$\pm\infty$は拡大実数で考えます.そのため,$0\times\infty$は$0$とみなします.
ディリクレ関数はあまりに不連続でリーマン積分不可能な関数ですから,この例からリーマン積分できない関数もルベーグ積分できる場合があることが分かりますね.
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