不定積分$\dint e^{-x^2}\,dx$は多項式,三角関数,指数・対数などの初等関数で表せないことが知られています.
しかし,広義積分
は初等的に計算できて,値が$\sqrt{\pi}$になることが知られています.
この広義積分はGauss(ガウス)積分やEuler-Poisson(オイラー-ポアソン)積分などと呼ばれ,数学や物理のさまざまな場所に現れます.
一般に$f(x)=Ae^{-(x-\mu)^2/2\sigma^2}$で定まる関数$f(x)$はGauss関数と呼ばれているので,Gauss積分は$A=1$, $2\sigma^2=1$, $\mu=0$の場合のGauss関数の実数全体での積分というわけですね.
なお,$A=\frac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}}$の場合には正規分布の確率密度関数としてよく知られています.
この記事では,Gauss積分の値が$\sqrt{\pi}$になることを極座標変換を用いて計算します.
解説動画
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【ガウス積分】極座標変換のヤコビアンがめっちゃ嬉しい計算(9分53秒)
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ガウス積分
Gauss積分が存在することを示し,実際にGauss積分を計算しましょう.
Gauss積分の計算のポイントは次のセクションで説明しています.
ガウス積分の存在
一般に,非負値関数$f(x)$の広義積分$\dint_{-\infty}^{\infty}f(x)\,dx$は
と有限な積分区間$[-s,t]$で$f(x)$定積分の極限$s,t\to\infty$で定義されるのでした.
そのため,Gauss積分$\dint_{-\infty}^{\infty}e^{-x^2}\,dx$も広義積分ですから,被積分関数が$x$軸対称であることと併せると
の極限$t\to\infty$がGauss積分の値です.
Gauss積分の値が$\sqrt{\pi}$になることを求めるのは少々面倒ですが,値が存在することを示すだけであれば以下のようにそれほど難しくありません.
Gauss積分$\dint_{-\infty}^{\infty}e^{-x^2}\,dx$が存在することを示せ.
任意の$t\in(1,\infty)$に対して,対称性より
である.区間$[0,1]$で$e^{-x^2}$は連続だから$\dint_{0}^{1}e^{-x^2}\,dx$は値をもつ.
また,$\dint_{1}^{t}e^{-x^2}\,dx$は$t$について非減少であり,
だから,$\dint_{1}^{t}e^{-x^2}\,dx$は$t$について有界である.一般に上に有界で非減少なら極限をもつから,極限
が存在する.以上より,広義積分$\dint_{-\infty}^{\infty}e^{-x^2}\,dx$が存在する.
ガウス積分の計算
それではGauss積分を計算します.
$\dint_{-\infty}^{\infty}e^{-x^2}\,dx=\sqrt{\pi}$を示せ.
$I(t):=\dint_{-t}^{t}e^{-x^2}\,dx$とすると,対称性より
である.ここで,$D(r)\subset\R^2$を原点中心,半径$r$の閉円板の$x\ge0$かつ$y\ge0$の部分
とすると,積分領域$[0,t]\times[0,t]$は
をみたす.
このとき,被積分関数$e^{-x^2-y^2}$は正値だから,積分領域が広い方が積分の値も大きいので
が成り立つ.極座標変換$(x,y)=(r\cos{\theta},r\sin{\theta})$を施すと,$x^2+y^2=r^2$であり,$D(t)$と$D(\sqrt{t})$はそれぞれ
となるから,
であり,同様に
となる.よって,はさみうちの原理より
だから,$\dint_{-\infty}^{\infty}e^{-x^2}\,dx>0$に注意して
を得る.
不定積分$\dint e^{-x^2}\,dx$を初等関数で表すことはできませんが,不定積分$\dint xe^{-x^2}\,dx$は$-\dfrac{1}{2}e^{-x^2}$と簡単に表せることがポイントですね.
計算上のポイント
以上の計算でのポイントを説明します.
正方形領域と極座標変換
2重積分$\displaystyle\iint f(x,y)\,d(x,y)$において,$f(x,y)$の式の中に$x^2+y^2$があるときには,極座標変換$(x,y)=(r\cos{\theta},r\sin{\theta})$を用いるのは鉄板ですね.
極座標変換は$xy$平面上の円板領域を$r\theta$平面へぴったり写すことができますが,$xy$平面上の円板でない領域を$r\theta$平面へ移すのは得意ではありません.
そのような場合には,積分領域を円板で挟んで評価し,[はさみうちの原理]に持ち込むという方法がよく採られます.
今のGauss積分の計算では,$I(t)^2$を考えると正方形領域$[0,t]\times[0,t]$を積分領域とする重積分を計算することになったので
- 正方形領域$[0,t]\times[0,t]$に含まれる領域$D(t)$
- 正方形領域$[0,t]\times[0,t]$に含まれる領域$D(\sqrt{2}t)$
での重積分を計算し,[はさみうちの原理]に持ち込んだわけですね.
重積分と累次積分
大学の授業では「多くの場合で
- 重積分$\displaystyle\iint_{I\times J}f(x,y)\,d(x,y)$
- 累次積分(逐次積分)$\dint_{I}\bra{\dint_{J}f(x,y)\,dx}\,dy$
は一致する」と学びます.
実用上,確かに計算では気にしなくても一致することは多いですが,数学的にはこれらが一致することはしっかり述べておく必要があります.
したがって,上の計算でいえば
が正しいことを確かめる必要があるわけですが,それは以下の[Tonelliの定理]から従うことが分かります.
[Tonelliの定理] 区間$I,J\subset\R$に対して,$I\times J$上の非負関数$f$が$I\times J$上連続であれば,次の等式が成り立つ:
本来の[Tonelliの定理]はより広く$\sigma$-有限測度空間でも成り立ち,また$f$も連続ではなく可測であれば良いのですが,ここではこの記事で使うために十分な形で書いています.
さて,積分$\dint_{0}^{t}\bra{\dint_{0}^{t}e^{-x^2-y^2}\,dx}\,dy$について
-
- $[0,t]\subset\R$は区間
- 被積分関数$e^{-x^2-y^2}$は連続
なので,[Tonelliの定理]から重積分に等しくなることが分かりますね.
同様に積分$\dint_{0}^{t}\bra{\dint_{0}^{\frac{\pi}{2}}re^{-r^2}\,d\theta}\,dr$も重積分に等しくなることがわかりますね.
なお,[Tonelliの定理]について詳しくは以下の記事を参照してください.
【フビニの定理,トネリの定理,フビニ・トネリの定理のまとめ】
重積分と累次積分が等しくなるための十分条件として[Fubiniの定理],[Tonelliの定理],[Fubini-Tonelliの定理]が有名です.この記事では,これらの定理がどのような場合に用いることができるのか説明します.
コメント
詳しい解説大変助かります。どうも有難うございます。
念のためですが、解答の途中$D_1$、$D_2$と出てくるのですが$D(t)$、$D(\sqrt{2}t)$のタイポという事で良いですよね?
すみません。ちょっと気になってしまいまして。。。
コメントをありがとうございます!
$D(t)$, $D(\sqrt{2}t)$は極座標変換する前の$I(t)$を挟むために用意した集合で$(x,y)$の集合です.
一方,これらを極座標変換したものをそれぞれ$D_1$, $D_2$としているので,これらは$(r,\theta)$の集合です(途中の$D_1:=\dots$, $D_2:=\dots$で定義しています).
そのため,確かに$D(t)$と$D_1$,$D(\sqrt{2}t)$と$D_2$は本質的には同じものなのですが,集合としては異なるものと考えています.
置換積分では積分する変数が変われば積分区間の表示も変わるように,ここでも極座標変換によって積分領域が変化していると考えて頂ければ分かりやすいと思います.