$x_1,\dots,x_n$の連立1次方程式
を考えます.この連立方程式は未知数が$n$個,方程式が$n$本なので,係数によっては解が一意に存在しますね.
この連立方程式の解が一意に定まるときには,Cramer(クラメール)の公式を用いることによって解を求めることができます.
Cramerの公式は線形代数の行列式を用いる定理で,ハマればかなり簡単に解を求められることもあります.
この記事では
- いくつかの予備知識の確認
- Cramerの公式の説明
- Cramerの公式を用いた解法の具体例
の順に説明していきます.
なお,この記事では特に断らない限り実行列・実ベクトルを扱うことにしますが,複素行列など一般の体を成分とする行列・ベクトルに対しても同様です.
予備知識
Cramerの公式を説明する前に,冒頭に書いた連立方程式の解が一意に定まるための条件について復習しておきましょう.
係数行列・拡大係数行列と解の存在
例えば,$x,y,z$の連立1次方程式
は
- 係数行列$A:=\bmat{2&3&1\\-1&1&-2\\2&3&-1}$
- 変数ベクトル$\m{x}=\bmat{x\\y\\z}$
- 定数ベクトル$\m{x}=\bmat{1\\-2}$
を用いて$A\m{x}=\m{c}$と表すことができますね.
このように,一般に連立1次方程式は$A\m{x}=\m{c}$と表すことができ,この解$\m{x}$の存在は係数行列$A$と拡大係数行列$[A,\m{c}]$を用いて以下のように述べることができるのでした.
$A\in\Mat_{mn}(\R)$と$\m{c}\in\R^{m}$に対し,次は同値である.
- $\rank{A}=\rank{[A,\m{c}]}=n$が成り立つ.
- 連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$の解$\m{x}\in\R^{m}$が一意に存在する.
ただし,$\Mat_{mn}(\R)$は実数成分の$m\times n$行列の集合を表す.
つまり,$\m{x}\in\R^{m}$の連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$について
- 「係数行列のランク」と「拡大係数行列のランク」が等しい
- このランクが変数の個数$n$に等しい
が成り立つとき解$\m{x}$が一意に存在し,この逆も成り立つわけですね.
[条件1]と連立1次方程式の解が存在することは同値なのでした.これに,[条件2]を付け加えることによって,解の存在の一意性まで言えるようになるわけですね.
この考え方と証明については以下の記事で説明しています.
線形代数は連立1次方程式をベースとして成り立っている分野で,連立1次方程式がいつ解をもつかを理解しておくことは重要です.この記事では,連立1次方程式が解をもつ条件と解の自由度について,具体例から説明しています.
正方行列の正則条件
Cramerの公式は係数行列が正方行列の連立1次方程式に関する定理なので,ここで正方行列について成り立つ次の定理を思い出しておきましょう.
正方行列$A\in\Mat_{n}(\R)$に対して,次は全て互いに同値である.
- $A$は正則である.
- ランク$\rank{A}$は$\rank{A}=n$を満たす.
- 行列式$|A|$は$|A|\neq0$を満たす.
ただし,$\Mat_{n}(\R)$は実数成分の$n$行列の集合を表す.
正方行列の正則条件は色々ありますが,いま述べた正則条件は
- ランク
- 行列式
を用いたものですね.これらについて詳しくは,以下の記事を参照してください.
以上の2つの定理から,次の系が得られますね.
正則な正方行列$A\in\Mat_{n}(\R)$に対して,$|A|\neq0$なら$\m{x}\in\R^n$の連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$の解$\m{x}$は一意に存在する.
$|A|=0$より$\rank{A}=n$が成り立つ.このとき,連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$について
- $\rank{[A,\m{c}]}\ge\rank{A}$より$\rank{[A,\m{c}]}\ge n$
- 拡大係数行列$[A,\m{c}]$は$n$行からなる行列なので,$\rank{[A,\m{c}]}\le n$
が成り立つから,$\rank{[A,\m{c}]}=\rank{A}=n$が成り立つ.
よって,連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$の解は一意に存在する.
この系はこの記事の本題であるCramerの公式のベースとなる事実です.
クラメールの公式
$A$が正則な場合の連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$の解を与えるCramerの公式を説明します.
[Cramerの公式] 正則行列$A=[\m{a}_1,\dots,\m{a}_n]\in\Mat_{n}(\R)$と$\m{c}\in\R^{n}$に対して,$\m{x}=[x_{1},\dots,x_{n}]^{T}$の連立方程式$A\m{x}=\m{c}$の解は次で与えられる.
$A=(a_{ij})$, $\m{c}=[c_1,\dots,c_n]^{T}$とする.
$A$は正則だから,$\m{x}$の連立方程式$A\m{x}=\m{c}$の解は
となる.
余因子展開より,この第$i$成分($i=1,\dots,n$)は
が従う.
証明の中で用いている余因子展開については,以下の記事を参照してください.
それではCramerの公式の具体例を考えましょう.
$a,b,c\in\R$は$a+b+c\neq0$を満たし,少なくとも1つは他と異なるとする.このとき,$x$, $y$, $z$の連立方程式
を解け.
もちろん加減法(掃き出し法)によっても解けますが,方程式が3本,未知数も3個で,係数行列が正則であることが分かるのでCramerの公式が使えます.
係数行列$A$の行列式$|A|$は
である.$a$, $b$, $c$の仮定から$|A|\neq0$なので,$A$は正則である.
よって,Cramerの公式より解は
となる.
参考文献
以下は参考文献です.
手を動かしてまなぶ 線形代数
[藤岡敦 著/裳華房]
線形代数の入門書で,説明も非常に丁寧なので初学者にも読み進めやすい教科書です.
数学で初めて出会った概念で詰まった時には,具体例を考えることで理解できるようになることはよくあります.
特に線形代数は高校数学で扱ってきた数学よりも抽象度がやや増すので,いきなり抽象的に理解するよりも「具体例を理解→抽象化」という学び方が効果的です.
本書は具体例と例題が豊富で,実際に手を動かしながらイメージを掴んで抽象的に理解することを目指しています.
また,続巻も発行されていますが,この第1巻だけでも正方行列の対角化(固有値・固有ベクトル)まで学ぶことができます.
線型代数入門
[齋藤正彦 著/東京大学出版会]
線形代数の教科書として半世紀に渡って売れ続けている超ロングセラーの教科書です.
発刊されてから本書の内容の流れが線形代数の教科書のスタンダードとなったほど,日本の線形代数の指導にインパクトを与えた名著です.
その証拠に,著者の齋藤正彦氏は本書で日本数学会出版賞を受賞しています.
「線形代数をとりあえず使えるようにするための教科書」ではなく「線形代数を理解するための教科書」のため,論理的に非常に詳しく書かれているのが特徴です.
また,テキストのレベルとしては少なくとも理論系(特に数学系)の学部生であれば,確実に理解しておきたい程度のものとなっています.
なお,本書については,以下の記事で書評としてまとめています.
【オススメの教科書|線型代数入門(齋藤正彦著,東京大学出版会)】
本書の目次・必要な知識・良い点と気になる点・オススメの使い方などをレビューしています.
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