リーマン積分に比べてルベーグ積分は良い性質を多く持ちますが,基本性質であっても証明は少し大変なものもあります.
ただ,ルベーグ積分は正成分と負成分に分けて定義されることから,非負値可測関数に対してルベーグ積分の性質を考えれば,非負とは限らない一般の可測関数のルベーグ積分でも同様の性質が成り立つことが多いです.
この記事では,非負値可測関数に対して
- ルベーグ積分の定義の確認
- 可測単関数のルベーグ積分
- ルベーグ積分の性質
を順に説明します.
以下ではルベーグ測度を$m$で表します.また,
と呼び,$\R$上のルベーグ可測集合全部の族を$\mathcal{L}$で表します.
「ルベーグ積分の基本」の一連の記事
- ルベーグ積分入門
- ルベーグ測度
- ルベーグ可測関数とルベーグ積分
- ルベーグ積分の性質と項別積分
ルベーグ積分の定義の確認と記号
まずは非負値可測関数のルベーグ積分の定義を確認しておきましょう.
$A\in\mathcal{L}$上の非負値可測関数$f$と,$A$の分割
- $A=A_1\cup A_2\cup\dots\cup A_n$
- $A_i\cap A_j=\emptyset$ ($i\neq j$)
- $A_1,A_2,\dots,A_n\in\mathcal{L}$
を考え,$\alpha_k:=\inf\limits_{x\in A_k}f(x)$とする.このとき,$A$の分割をさまざまに取ったときの和$\sum\limits_{k=1}^{n}\alpha_k m(A_k)$の集合の上限を$\dint_{A}f(x)\,dx$と表し,非負値可測関数$f$の$A$上のルベーグ積分という.
つまり,下から単関数で近似するときの上限を非負値可測関数のルベーグ積分とするわけですね.
以下,この記事では可測集合$A$に対して,「$A$の分割$\anb{A_1,A_2\dots,A_n}$」と書けば$A_1,A_2\dots,A_n$は集合で
- $A=A_1\cup A_2\cup\dots\cup A_n$
- $A_i\cap A_j=\emptyset$ ($i\neq j$)
- $A_1,A_2,\dots,A_n\in\mathcal{L}$
を満たすものとします.さらに,$A$上の非負値可測関数$f$に対して,$A$の分割$\anb{A_1,A_2\dots,A_n}$上の「近似和」を
とします.非負値可測関数のルベーグ積分が上限で定義されていることから,一般にルベーグ積分は任意の近似和以上ですね:
このことはこの記事の証明でも頻繁に用いるので意識しておきましょう.
可測単関数のルベーグ積分
可測な単関数のルベーグ積分が簡単に計算できることを証明しましょう.
単関数が可測であるための必要十分条件の復習
以下の補題は以前の記事で証明したので,この記事では認めて使いましょう.
$A\in\mathcal{L}$上の単関数$f$の値域が$\{\alpha_1,\dots,\alpha_n\}$であるとき,次は同値である.
- $f$は$A$上の可測関数
- 任意の$k\in\{1,2,\dots,n\}$に対して$\set{x\in A}{f(x)=\alpha_k}\in\mathcal{L}$
つまり,単関数の$f$の「標高」が$f(x)=\alpha_k$となっている$x$の集合は全てルベーグ測度が定義されるということですね.
例えば,以下のグラフをもつ単関数$f$を考えると,
- $\set{x\in A}{f(x)=2}=[0,\frac{3}{2})$
- $\set{x\in A}{f(x)=3}=[\frac{3}{2},2)$
- $\set{x\in A}{f(x)=1}=[2,3]$
でありいずれも可測集合(一般に区間は可測集合)なので,$f$は可測関数であると言えるわけですね.
可測単関数のルベーグ積分の計算
いまの単関数の積分はグラフの下の部分の面積
と言えそうですね.実際,これは正しく一般の可測単関数に対して次が成り立ちます.
$A\in\mathcal{L}$上の非負値可測単関数$f$の値域が$\{\alpha_1,\dots,\alpha_n\}$であるとき,
が成り立つ.
以前の記事では,この命題を可測単関数のルベーグ積分と定義しました.しかし,これは一般の可測関数のルベーグ積分から証明できるので,両者は矛盾しないことが分かりますね.
上の補題から右辺のルベーグ測度$m$の中身$\set{x\in A}{f(x)=\alpha_k}$は全て可測集合ですから,$m(\set{x\in A}{f(x)=\alpha_k})$は問題なく定義されますね.
両方向きの不等号を示せばよい.$A_k:=\set{x\in A}{f(x)=\alpha_k}$ ($k=1,2,\dots,n$)とおく.
[$\ge$の証明] $A$の分割$\anb{A_1,A_2,\dots,A_n}$を考える.$\inf\limits_{x\in A_k}f(x)=\alpha_k$だから,この分割上の近似和は$\sum\limits_{k=1}^{n}\alpha_k m(A_k)$である.よって,
が成り立つ(一般にルベーグ積分は任意の近似和以上).
[$\le$の証明] 任意に$A$の分割$\anb{B_1,B_2,\dots,B_m}$を考える.この分割上の近似和$\sum\limits_{\ell=1}^{m}\beta_\ell m(B_\ell)$は
と上から評価できる.こうして得られた不等式
であらゆる$A$の分割$\anb{B_1,B_2,\dots,B_m}$を考えたときの上限をとると,左辺は$f$の$A$上のルベーグ積分となり
が成り立つ.
ルベーグ積分の性質
ここではルベーグ積分に関するいくつかの性質を示しましょう.
関数の大小とルベーグ積分の大小
積分領域上で常に大小関係がある2つの関数は,積分しても大小関係が保たれます.
$A\in\mathcal{L}$上の非負値可積分関数$f,g$が,$A$上で$f\le g$を満たすとき
が成り立つ.
$A$の任意の分割$\anb{A_1,A_2,\dots,A_n}$を考え,この分割上の$f$の近似和を$\sum\limits_{k=1}^{n}\alpha_k m(A_k)$とする.
任意の$k=1,2,\dots,n$に対して,$A_k$上で$f\le g$を満たすことから$\alpha_k\le \beta_k$なので,
が成り立つ.一般にルベーグ積分は任意の近似和以上だから,
であることを併せると,
が成り立つ.
あらゆる$A$の分割$\anb{A_1,A_2,\dots,A_n}$を考えたときの上限をとると,左辺は$f$の$A$上のルベーグ積分となり
が従う.
積分領域の大小とルベーグ積分の大小
いま示した命題から,積分領域を小さくすると積分も小さくなるという次の系が簡単に得られます.
$B\subset A$なる$A,B\in\mathcal{L}$と,$B$上の非負値可積分関数$f$に対して,
が成り立つ.
$A$上の関数$\tilde{f}$を
で定めると,$\tilde{f}$は非負値可測関数で,$A$上で$\tilde{f}\le f$が成り立つから,いま示した命題と併せて
が従う.
積分領域の分割
互いに素な2つの領域での積分の和は,2つの領域の和集合上での積分となります.
互いに素な$A,B\in\mathcal{L}$と,$A\cup B$上で定義された非負値関数$f$を考える.$f$を$A$上に制限した関数,$f$を$B$上に制限した関数がともに可測関数であるとき,$f$は$A\cup B$上の可測関数であり
が成り立つ.
任意に$\alpha\in\R$をとる.$f$は$A$上,$B$上それぞれで可測関数なので,可測関数の定義より
である.よって,仮定$A\cap B=\emptyset$と併せると,
となるから,$f$は$C$上の可測関数である.
以下,両方向きの不等号を示すことで等式を示す.
[$\ge$の証明] $A$の分割$\anb{A_1,A_2,\dots,A_n}$, $B$の分割$\anb{B_1,B_2,\dots,B_m}$を考え,それぞれの分割上の$f$の近似和
を考える.このとき,$A\cup B$の分割として$\anb{A_1,\dots,A_n,B_1,\dots,B_m}$を考えると,この分割上の$f$の近似和は$(*)$の和だから,一般にルベーグ積分は任意の近似和以上であることより
である.あらゆる$A$の分割$\anb{A_1,A_2,\dots,A_n}$と$B$の分割$\anb{B_1,B_2,\dots,B_m}$を考えたときの上限をとると,右辺の第1項は$f$の$A$上のルベーグ積分,第2項は$f$の$B$上のルベーグ積分となり
を得る.
[$\le$の証明] $A\cup B$の分割$\anb{C_1,C_2,\dots,C_n}$を考え,この分割上の$f$の近似和$\sum\limits_{k=1}^{n}\gamma_km(C_k)$を考える.
また,$A_k:=A\cap C_k$, $B_k:=B\cap C_k$とする.このとき,$A$の分割として$\anb{A_1,\dots,A_n}$と$B$の分割として$\anb{B_1\cup\dots\cup B_n}$を考え,それぞれの分割上の$f$の近似和
を考える.
一般に$X\subset Y\subset\R$なら$\inf{X}\ge\inf{Y}$なので$\alpha_k,\beta_k\ge\gamma_k$であり,$A\cap B=\emptyset$より$C_k=A_k\cup B_k$, $A_k\cap B_k=\emptyset$が成り立つから,
が成り立つ(最後の不等式で一般にルベーグ積分は任意の近似和以上であることを用いた).
よって,あらゆる$A\cup B$の分割$\anb{C_1,C_2,\dots,C_n}$を考えたときの上限をとると,左辺の第1項は$f$の$A\cup B$上のルベーグ積分となり
を得る.
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