関数の上限は1点の値を変えることでどこまでも大きくすることができます.例えば,関数を
で定めると,この関数の値域の上限はですね.

しかし,この関数はでの値が飛び跳ねているだけで,の「本質的な上限」は
と言えそうです.このように考える上限を本質的上限といいます.
この記事では
- 本質的上限・本質的下限の定義
- 本質的上限・本質的下限の具体例
- 本質的上限・本質的下限の性質
を順に説明します.
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本質的上限・本質的下限の定義
冒頭の例のように,零集合上で値が「跳ねて」いるような部分を無視したときの上界を本質的上界といいます.
通常の上限と同様に,本質的上限は本質的上界の最小のものとして定義されます.
本質的上限の定義
可測集合上の可測関数に対して,がの本質的上界(essential upper bound)であるとは
が成り立つことをいう.の本質的上界が存在するとき,は本質的に上に有界であるという.
言葉で説明すれば,関数の値がより大きくなるようなの集合の測度が0であるときを本質的上界という,ということですね.
例えば,冒頭の関数
を考えると,
なので,はの本質的上界のひとつですね.

このような本質的上界全部の集合の下限を本質的上限といいます.
可測集合上の本質的に上に有界な可測関数に対して,の本質的上界全部の集合の下限をの本質的上限(essential supremum)といい,と表す:
ただし,本質的上界が存在しないときはと定める.
本質的下限の定義
本質的下限も本質的上限と同様に以下のように定義されます.
可測集合上の可測関数に対して,がの本質的下界(essential under bound)であるとは
が成り立つことをいう.の本質的下界が存在するとき,は本質的に下に有界であるという.
また,の本質的下界の上限をの本質的下限(essential infimum)といい,と表す:
ただし,本質的上界が存在しないときはと定める.
が本質的に上に有界かつ本質的に下に有界であるとき,は本質的有界であるといいます.
本質的上限・本質的下限の具体例
いくつか具体例を考えましょう.
例1(1点集合を無視する場合)
まずは冒頭の関数の本質的上限・本質的下限を求めましょう.
関数を
と定める.の本質的上限と本質的下限を求めよ.

この問題の関数はとほとんど至る所で等しく,本質的上限はと言えそうですね.
また,本質的下界は存在しそうになく,本質的下限はと言えそうですね.
[本質的上界]一般に一点集合は零集合なので,
だから,はの本質的上界である.また,任意のに対して
だから,はの本質的上界でない.よって,を得る.
[本質的下界]任意のに対して
だから,はの本質的下界でない.よって,を得る.
例2(可算集合を無視する場合)
関数を
と定める.の本質的上限と本質的下限を求めよ.

で飛び抜けていますが,一般に可算集合は零集合なので,可算集合はルベーグ測度においては無視されます.
そのため,この問題の関数はとほとんど至る所で等しく,本質的上限は1となりそうです.
また,本質的下限は通常の下限と一致してとなりそうです.
[本質的上界]一般に可算集合は零集合なので,
だから,はの本質的上界である.また,任意のに対して
なのでだから,はの本質的上界でない.よって,を得る.
[本質的下界]空集合は零集合なので,
だから,はの本質的上界である.また,任意のに対して
なのでだから,はの本質的下界でない.よって,を得る.
例3(可算集合を無視する場合)
関数を
と定める.の本質的上限と本質的下限を求めよ.

有理数全部の集合は上で稠密ですが,は可算集合なのでルベーグ測度では無視されます.
よって,この問題の関数は0とほとんど至る所で等しく,本質的下限は0となりそうです.
[本質的上界]一般に可算集合は零集合なので,
だからはの本質的上界である.また,任意のに対して
だから,の単調性と併せて
だから,はの本質的上界でない.よって,を得る.
[本質的下界]一般に可算集合は零集合なので,
だから,はの本質的下界でもある.また,任意のに対して
だから,の単調性と併せて
だから,はの本質的下界でない.よって,を得る.
本質的上限・本質的下限の性質
本質的上限・本質的下限の性質をいくつか紹介します.
本質的上限の最小性・本質的下限の最大性
上の定義では本質的上限は本質的上界全部の集合の「下限」と定義しましたが,本質的上界全部の集合は必ず最小値をもちます.また,本質的下限についても同様です.
[命題1]可測集合上の可測関数が本質的に上に有界なら,本質的上限はの本質的上界である.また,が本質的に下に有界なら,本質的下限はの本質的下界である.
正の整数に対して
とおく.はの本質的上界だから,任意のに対してである.
さらに,なので,測度の単調収束定理より
が成り立つ.よって,はの本質的上界である.同様に
を考えれば,は本質的下界である.
本質的上限・本質的下限と零集合
本質的上限・本質的下限はうまく零集合を取り除いたときの上限・下限と言えるので以下が成り立ちます.
証明には[命題1]を使いましょう.
なら右の不等式は常に成り立ち,なら左の不等式は常に成り立つから,以下ではが本質的有界な場合を示す.
を
とおく.[命題1]よりが成り立つので,とおくとの劣加法性より
である.また,との定義より,任意のに対して
が従う.
この[命題2]から次の系が従います.
[命題2]よりが成り立つ.
上界は本質的上界だから,の最小性よりが成り立つ.同様にが成り立つ.
和の本質的上限・本質的下限
最後にの劣加法性との優加法性を証明しておきます.
[命題2]より,ある零集合が存在して,
が成り立つ.よって,とおくと,任意のに対して
が成り立つ(零集合の和集合であるも零集合であることに注意).よって,本質的上限の最小性より
が従う.同様に本質的下限についての不等式も従う.
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