2016年度の京都大学 理学研究科 数学・数理解析専攻の大学院入試問題の専門科目では,全12題あり
- 数学系は第1問〜第10問から
- 数理解析系は第1問〜第12問から
2題を選択して解答します.試験時間は3時間です.この記事では,第6〜8問(解析系)について,解答の方針から解説し解答例を掲載しています.
ただし,公式に採点基準などは発表されていないため,本稿の解答が必ずしも正解になるとは限りません.ご注意ください.
また,十分注意して解答を作成していますが,論理の飛躍・誤りが残っている場合があります.
なお,過去問は京都大学のホームページから入手できます.
第6問(測度論)
測度空間$(X,\mathcal{F},\mu)$上の関数列$\{f_n\}_{n\in\N}$は次の条件を満たすと仮定する.
$(*)$ $\{f_n\}$は$\mu$-可積分な関数列であって,$n\to\infty$のときほとんどいたるところ0に収束する.
このとき,以下の条件を考える.
- (A) $\lim\limits_{\lambda\to\infty}\sup\limits_{n\in\N}\dint_{\{|f_n|\ge\lambda\}}|f_n|\,d\mu=0$
- (B) $\inf\limits_{\substack{E\in\mathcal{F}\\\mu(E)<\infty}}\sup\limits_{n\in\N}\dint_{X\setminus E}|f_n|\,d\mu=0$
- (C) $\lim\limits_{n\to\infty}\dint_{X}|f_n|\,d\mu=0$
以下の問に答えよ.
- (A)と(B)が成り立つならば(C)が成り立つことを示せ.
- (C)が成り立つならば(A)が成り立つことを示せ.
- 測度空間$(X,\mathcal{F},\mu)$の$\sigma$-有限性を仮定するとき,(C)が成り立つならば(B)が成り立つことを示せ.
0に概収束する関数列$\{f_n\}$の積分に関する条件の関係を示す問題です.
解答の方針とポイント
どの問題も極限と積分の順序交換に関する問題で,ルベーグの収束定理(ルベーグの優収束定理)を使うことで解くことができます.
極限と積分の順序交換はルベーグの収束定理で保証する
極限と積分の順序交換の正当化にはルベーグの収束定理を用いるのが常套手段ですね.
[ルベーグの収束定理]測度空間$(X,\mathcal{F},\mu)$において,可測集合$A$と,$A$上の可測関数列$\{f_n\}$を考える.
を満たせば$\{f_n\}$は項別積分可能である:
\begin{align*}\lim_{n\to\infty}\int_{A}f_n(x)\,d\mu(x)=\int_{A}\lim_{n\to\infty}f_n(x)\,d\mu(x).\end{align*}
ルベーグの収束定理を使う際のポイントは
- (ほとんど至るところ)$\lim\limits_{n\to\infty}f_n(x)$が各点収束する
- (ほとんど至るところ)$|f_n(x)|\le g(x)$を満たす関数$g$をとる
- $\int_{A}g(x)\,dx<\infty$を満たす
の3つを示すことですね.
(1)の方針
直観的には,条件(A), (B)はそれぞれ
- (A) $n$によらず一様に$|f_n|$が大きいところは積分にほとんど影響しない
- (B) $n$によらず一様に$|f_n|$の積分のほとんどは有限測度集合上の積分で表せる
という条件なので,$\{f_n\}$はほとんど有限測度集合上の一様に有界な可積分関数列のように思えるわけですから,有限測度集合上の定数関数が可積分であることと併せてルベーグの収束定理を使えば良さそうですね.
厳密には,任意の$\epsilon>0$に対して,
- (A) ある$R>0$が存在して,$\sup\limits_{n\in\N}\int_{\{|f_n|\ge R\}}|f_n|\,d\mu<\epsilon$
- (B) ある有限測度の$E_*\in\mathcal{F}$が存在して,$\sup\limits_{n\in\N}\int_{X\setminus E_*}|f_n|\,d\mu<\epsilon$
なので,$n$によらず一様に
\begin{align*}\abs{\int_{X}|f_n|\,d\mu-\int_{E_*\cup\{|f_n|<R\}}|f_n|\,d\mu}<2\epsilon\end{align*}
となります.左辺の絶対値の中身の第2項目について,$E_*$上で$|f_n|\mathbb{I}_{\{|f_n|<R\}}\le R$が成り立ち,$\mu(E_*)<\infty$より$E_*$上で定数関数$R$は可積分ですから,ルベーグの収束定理より
\begin{align*}\lim_{n\to\infty}\int_{E_*\cap\{|f_n|<R\}}|f_n|\,d\mu=0\end{align*}
となり,条件(C)が得られます.
以下の解答例では,いまの考え方をもとに$\limsup\limits_{n\to\infty}\int_{X}|f_n|\,d\mu$を直接評価しています(極限の存在が不明なので上極限を考えています).もちろん,いまの考え方の通りに解答を書くこともできます.
(2)の方針
条件(C)より,任意の$\epsilon>0$に対して,ある$N\in\N$が存在して,$n>N$なら$\int_X|f_n|\,d\mu<\epsilon$が成り立つので,$\lambda$を大きくしなくても$\sup\limits_{n>N}\int_{\{|f_n|\ge\lambda\}}|f_n|\,d\mu<\epsilon$が成り立ちます.
よって,あとは$\lambda$を大きくすれば
\begin{align*}\sup_{n\le N}\int_{\{|f_n|\ge\lambda\}}|f_n|\,d\mu<\epsilon\end{align*}
となることを示せばよいわけですが,$n\le N$なる$n$は有限個なので,各$n\le N$に対して$\lambda$を大きくとって$\int_{\{|f_n|\ge\lambda\}}|f_n|\,d\mu<\epsilon$が成り立つことを示せば良いですね.
各$n$に対して,
\begin{align*}\int_{\{|f_n|\ge\lambda\}}|f_n|\,d\mu=\int_{X}|f_n|\mathbb{I}_{\{|f_n|\ge\lambda\}}\,d\mu\end{align*}
であり,
- $f_n\in L^{1}(X)$より$\lim\limits_{\lambda\to\infty}|f_n|\mathbb{I}_{\{|f_n|\ge\lambda\}}=0$ a.e. $X$
- $X$上で$|f_n|\mathbb{I}_{\{|f_n|\ge\lambda\}}\le|f_n|$
- 条件$(*)$より$X$上で$|f_n|$は可積分
ですから,ルベーグの収束定理より
\begin{align*}\lim_{\lambda\to\infty}\int_{\{|f_n|\ge\lambda\}}|f_n|\,d\mu=0\end{align*}
となり,条件(A)が得られます.
(3)の方針
測度空間が$\sigma$-有限であるとは,増大する有限測度集合の和集合で全体を表せることをいうのでした.
測度空間$(X,\mathcal{F},\mu)$が$\sigma$-有限であるとは,ある$\mathcal{F}$上の列$\{X_k\}_{k\in\N}$で
\begin{align*}X_k\subset X_{k+1},\quad
\mu(X_k)<\infty,\quad
X=\bigcup_{k\in\N}X_k\end{align*}
をみたすものが存在することをいう.
この定義の$\mathcal{F}$上の列$\{X_k\}_{k\in\N}$をとれば,(2)と同様に,条件(C)より各$n$に対して$k$を大きくとって$\int_{X\setminus X_k}|f_n|\,d\mu<\epsilon$が成り立つことを示せば良いですね.
各$n$に対して,
\begin{align*}\int_{X\setminus X_k}|f_n|\,d\mu=\int_{X}|f_n|\mathbb{I}_{X\setminus X_k}\,d\mu\end{align*}
であり,
- $X$上で$\lim\limits_{k\to\infty}|f_n|\mathbb{I}_{X\setminus X_k}=0$
- $X$上で$|f_n|\mathbb{I}_{X\setminus X_k}\le|f_n|$
- 条件$(*)$より$X$上で$|f_n|$は可積分
ですから,ルベーグの収束定理より
\begin{align*}\lim_{k\to\infty}\int_{X\setminus X_k}|f_n|\,d\mu=0\end{align*}
となり,条件(B)が得られます.
解答例
$A\subset X$に対して$\mathbb{I}_A:X\to\R$を$A$の定義関数とする.すなわち,
\begin{align*}\mathbb{I}_A(x)=\begin{cases}1,&x\in A,\\0,&x\notin A\end{cases}\end{align*}
とする.
(1)の解答
$\epsilon>0$を任意にとる.条件(A)より,ある$R>0$が存在して
\begin{align*}\sup_{n\in\N}\int_{\{|f_n|\ge R\}}|f_n(x)|\,d\mu<\epsilon\end{align*}
が成り立つ.また,条件(B)より,$\mu(E_*)<\infty$を満たす$E_*\in\mathcal{F}$が存在して
\begin{align*}\sup_{n\in\N}\int_{X\setminus E_*}|f_n(x)|\,d\mu<\epsilon\end{align*}
が成り立つ.また,上の$R$に対して$E_n:=\set{x\in E_*}{|f_n(x)|<R}$と定める.このとき,$n\in\N$として
- 仮定$(*)$より,$\mu$に関して$E_*$上ほとんど至るところで$\lim\limits_{n\to\infty}|f_n\mathbb{I}_{E_n}|=0$
- $E_*$上で$|f_n\mathbb{I}_{E_n}|\le R$
- $\dint_{E_*}R\,d\mu=R\mu(E_*)<\infty$
が成り立つから,ルベーグの収束定理が適用できて
\begin{align*}\lim_{n\to\infty}\int_{E_n}|f_n(x)|\,d\mu=\lim_{n\to\infty}\int_{E_*}|f_n(x)\mathbb{I}_{E_n}(x)|\,d\mu=0\end{align*}
が成り立つ.したがって,
\begin{align*}&\limsup_{n\to\infty}\int_{X}|f_n(x)|\,d\mu
\\&=\limsup_{n\to\infty}\bra{\int_{X\setminus E_n}|f_n(x)|\,d\mu+\int_{E_n}|f_n(x)|\,d\mu}
\\&=\limsup_{n\to\infty}\int_{X\setminus E_n}|f_n(x)|\,d\mu
\\&=\limsup_{n\to\infty}\bra{\int_{X\setminus E_*}|f_n(x)|\,d\mu+\int_{E_*\setminus E_n}|f_n(x)|\,d\mu}
\\&\le\sup_{n\in\N}\int_{X\setminus E_*}|f_n(x)|\,d\mu+\sup_{n\in\N}\int_{E_*\setminus E_n}|f_n(x)|\,d\mu
\\&<\epsilon+\epsilon =2\epsilon\end{align*}
となるから,$\epsilon$の任意性より$\limsup\limits_{n\to\infty}\dint_{X}|f_n(x)|\,d\mu=0$を得る.よって,$|f_{n}|\ge0$と併せて
\begin{align*}\lim_{n\to\infty}\dint_{X}|f_n(x)|\,d\mu=0\end{align*}
を得る.
(2)の解答
任意に$\epsilon>0$をとる.条件(C)より,ある$N\in\N$が存在して,$n>N$なら
\begin{align}\label{eq:(ii)}\tag{$\star$}
\int_{X}|f_n(x)|\,d\mu<\epsilon\end{align}
が成り立つ.
[1]$n>N$のとき,不等式\eqref{eq:(ii)}より,任意の$\lambda>0$に対して
\begin{align*}\int_{\{|f_{n}|\ge\lambda\}}|f_n(x)|\,d\mu\le\int_{X}|f_n(x)|\,d\mu<\epsilon\end{align*}
が成り立つ.
[2]$n\le N$のとき,$\lambda>0$として
- 条件$(*)$より$f_n\in L^{1}(X)$だから,$\mu$に関して$X$上ほとんど至るところで$\lim\limits_{\lambda\to\infty}|f_n|\mathbb{I}_{\{|f_n|\ge\lambda\}}=0$
- $X$上で$|f_n|\mathbb{I}_{\{|f_n|\ge\lambda\}}\le|f_n|$
- 条件$(*)$より$|f_n|$は$X$上可積分
が成り立つから,ルベーグの収束定理が適用できて
\begin{align*}\lim_{\lambda\to\infty}\int_{\{|f_n|\ge\lambda\}}|f_n(x)|\,d\mu
=\lim_{\lambda\to\infty}\int_{X}|f_n(x)|\mathbb{I}_{\{|f_n|\ge\lambda\}}\,d\mu =0\end{align*}
が成り立つ.すなわち,ある$R_n>0$が存在して,$\lambda>R_n$なら
\begin{align*}\int_{\{|f_n|\ge\lambda\}}|f_n(x)|\,d\mu<\epsilon\end{align*}
が成り立つ.
[1],[2]を併せて,$\lambda>\max\{R_1,\dots,R_N\}$なら
\begin{align*}\sup_{n\in\N}\int_{\{|f_n|\ge\lambda\}}|f_n(x)|\,d\mu<\epsilon\end{align*}
が従う.すなわち,条件(A)が成り立つ.
(3)の解答
任意に$\epsilon>0$をとる.条件(C)より,ある$N\in\N$が存在して,$n>N$なら(2)と同じ不等式\eqref{eq:(ii)}が成り立つ.また,$(X,\mathcal{F},\mu)$が$\sigma$-有限測度空間だから,$\mathcal{F}$上の列$\{X_k\}_{k\in\N}$が存在して
\begin{align*}X_k\subset X_{k+1},\quad
\mu(X_k)<\infty,\quad
X=\bigcup_{k\in\N}X_k\end{align*}
をみたす.
[1]$n>N$のとき,不等式\eqref{eq:(ii)}より,任意の$k\in\N$に対して
\begin{align*}\int_{X\setminus X_k}|f_n(x)|\,d\mu\le\int_{X}|f_n(x)|\,d\mu<\epsilon\end{align*}
が成り立つ.
[2]$n\le N$のとき,$k\in\N$として
- $X$上で$\lim\limits_{k\to\infty}|f_n|\mathbb{I}_{X\setminus X_k}=0$
- $X$上で$|f_n|\mathbb{I}_{X\setminus X_k}\le|f_n|$
- 条件$(*)$より$|f_n|$は$X$上可積分
が成り立つから,ルベーグの収束定理が適用できて
\begin{align*}\lim_{k\to\infty}\int_{X\setminus X_k}|f_n(x)|\,d\mu =\lim_{k\to\infty}\int_{X}|f_n(x)|\mathbb{I}_{X\setminus X_k}(x)\,d\mu =0\end{align*}
が成り立つ.すなわち,ある$k_n\in\N$が存在して,$k>k_n$なら
\begin{align*}\int_{X\setminus X_k}|f_n(x)|\,d\mu<\epsilon\end{align*}
が成り立つ.
[1],[2]を併せて,$k>\max\{k_1,\dots,k_N\}$なら
\begin{align*}\sup_{n\in\N}\int_{X\setminus X_k}|f_n(x)|\,d\mu<\epsilon\end{align*}
が従う.すなわち,条件(B)が成り立つ.
補足(一様可積分性とヴィタリの収束定理)
条件(A)の性質を$\{f_n\}$の一様可積分性といい,一様可積分性は有限測度空間上で極限と積分の順序交換を保証するヴィタリの収束定理の重要な条件としてよく知られています.
[ヴィタリの収束定理]有限測度空間$(X,\mathcal{F},\mu)$上の実数値可測関数列$\{f_n\}_{n\in\N}$は,$X$上ほとんど至るところで$X$上の関数$f$に各点収束するとする.このとき,$\{f_n\}$が一様可積分なら,$f$は$X$上可積分で
\begin{align*}\lim_{n\to\infty}\int_{X}|f_n(x)-f(x)|\,d\mu(x)=0\end{align*}
が成り立つ.
ルベーグの収束定理では,$n$によらず一様に$|f_n|\le g$となる可積分関数$g$をとる必要がありましたが,有限測度空間上ではその代わりに$\{f_n\}$が一様可積分であれば極限と積分の順序交換ができるというわけですね.
本問題(1)は有限測度空間でないので条件(A)の一様可積分性(と各点収束)だけでは極限と積分の順序交換はできませんが,条件(B)を付け加えることで極限の積分の順序交換が可能になることを示す問題だったわけですね.
第7問(関数解析学)
$U$, $V$, $W$を実Banach空間とし,$\|\cdot\|_U$, $\|\cdot\|_V$, $\|\cdot\|_W$をそれぞれのノルムとする.写像$T:U\times V\to W$は以下の(A),(B)をみたすとする.
- (A) $u,u’\in U$, $v,v’\in V$, $\alpha,\beta\in\R$ならば,\begin{align*}&T(\alpha u+\beta u’,v)=\alpha T(u,v)+\beta T(u’,v),\\&T(u,\alpha v+\beta v’)=\alpha T(u,v)+\beta T(u,v’).\end{align*}
- (B) $U$, $V$の点列$\{u_n\}_{n=1}^{\infty}$, $\{v_n\}_{n=1}^{\infty}$が,$\lim\limits_{n\to\infty}{u_n}=u\in U$, $\lim\limits_{n\to\infty}{v_n}=v\in V$, $\lim\limits_{n\to\infty}T(u_n,v_n)=w\in W$をみたすならば,$T(u,v)=w$である.
このとき,ある定数$M>0$が存在して,任意の$u\in U$, $v\in V$に対して,
\begin{align*}\|T(u,v)\|_{W}\le M\|u\|_{U}\|v\|_{V}\end{align*}
が成り立つことを示せ.
双線形写像$T$が閉なら,2つの引数について同時に有界であることを示す問題です.
解答の方針とポイント
通常の1変数の線形作用素が有界であることを示すには,ノルムが1のベクトルに対して考えると楽なことが多いので,今回も$\|u\|_U=\|v\|_V=1$を満たす$u\in U$, $v\in V$に対して考えましょう.
線形作用素の有界性
ノルム空間$X$, $Y$に対して,線形作用素$T:X\to Y$が有界であるとは,ある$M>0$が存在して,任意の$u\in X$に対して$\|Tu\|_Y\le M\|u\|_X$が成り立つことをいう.
$T$が線形であることから$u=0$のときは必ず不等式を満たすので,$u\neq0$の場合に不等式が成り立つことを示せばよいですね.$u\neq0$のとき$u’=\frac{u}{\|u\|_X}$とおくと,不等式は$\|Tu’\|_Y\le M$と書き換えられるので,「ある$M>0$が存在して,
\begin{align*}\sup_{\|u\|_X=1}\|Tu\|_Y\le M\end{align*}
が成り立つことをいう」と定義しても同じことですね.
同様に本問題では,ある$M>0$が存在して
\begin{align*}\sup_{\|u\|_U=\|v\|_V=1}\|T(u,v)\|\le M\end{align*}
が成り立つことを示せば良いですね.
条件(B)と閉作用素
問題の条件(B)がこの閉作用素であるための必要十分条件を思わせることにはすぐ気付きたいところです.
ノルム空間$X$, $Y$に対して,$X$から$Y$への作用素$T$が閉作用素であるとは,$T$のグラフ
\begin{align*}\set{(x,Tx)\in X\times Y}{x\in\mathcal{D}(T)}\end{align*}
が閉集合(閉部分空間)であることをいう.
$X$, $Y$がバナッハ空間であれば,$X$から$Y$への作用素が閉であるための必要十分条件を述べる次の命題が知られています.
バナッハ空間$X$, $Y$を考える.$X$から$Y$への作用素$T$に対して,次は同値である.
- $T$は閉作用素である.
- $\mathcal{D}(T)$上の点列$\{u_n\}$が極限$u:=\lim\limits_{n\to\infty}u_n\in X$, $v:=\lim\limits_{n\to\infty}Tu_n\in Y$をともにもつならば,$u\in\mathcal{D}(T)$かつ$Tu=v$が成り立つ.
(1)から(2)は$X$, $Y$がバナッハ空間でなくても成り立ちますが,(2)から(1)はバナッハ空間でなければ反例があります.
この命題より,条件(B)から,任意の$u\in U$, $v\in V$に対して,
\begin{align*}&R_u:V\to W;v\mapsto T(u,v),
\\&S_v:U\to W;u\mapsto T(u,v)\end{align*}
で定まる作用素$R_u$, $S_v$が閉作用素であることが分かりますね.
閉グラフ定理
有界作用素は閉作用素ですが,閉作用素は有界作用素であるとは限りません.そこで,閉作用素が有界作用素であることを保証する定理として閉グラフ定理が重要なのでした.
[閉グラフ定理]バナッハ空間$X$, $Y$に対して,$\mathcal{D}(T)=X$なる$X$から$Y$への閉線形作用素$T$は有界(すなわち連続)である.
閉グラフ定理より$R_u$, $S_v$はともに有界と分かります.よって,
\begin{align*}\sup_{\|u\|_U=\|v\|_V=1}\|T(u,v)\|_W=\sup_{\|u\|_U=\|v\|_V=1}\|R_u v\|_W\le\sup_{\|u\|_U=1}\|R_u\|\end{align*}
となります.
一様有界性原理
以上より,あとは$\sup_{\|u\|_U=1}\|R_u\|<\infty$を示せば良いわけですが,これは一様有界性原理が使えそうな形ですね.
[一様有界性原理]バナッハ空間$X$,ノルム空間$Y$に対して,$B(X,Y)$に属する作用素の族$\{T_\lambda\}_{\lambda\in\Lambda}$を考える.任意の$u\in X$に対して,$\sup_{\lambda\in\Lambda}\|T_\lambda u\|<\infty$が成り立てば,
\begin{align*}\sup_{\lambda\in\Lambda}\|T_\lambda\|<\infty\end{align*}
が成り立つ.
一様有界性原理より,任意の$v\in V$に対して$\sup_{\|u\|_U=1}\|R_u v\|_W<\infty$が成り立つことを示せば良いわけですが,$S_v$は有界でしたから
\begin{align*}\sup_{\|u\|_U=1}\|R_u v\|_W=\sup_{\|u\|_U=1}\|S_v u\|_W\le\|S_v\|<\infty\end{align*}
と示されますね.
以上の考察では$\|v\|_V=1$は役に立っていないので,以下の解答では$u$の正規化だけ用います.
解答例
$u=0$のときは,$T$の第1変数に関する線形性より$T(u,v)=0$だから,目的の不等式は成り立つ.
$u\in U$, $v\in V$に対して,作用素$R_u$, $S_v$をそれぞれ
\begin{align*}&R_u:V\to W;v\mapsto T(u,v),
\\&S_v:U\to W;u\mapsto T(u,v)\end{align*}
により定める.条件(A)より,任意の$u\in U$, $v\in V$に対して,$R_u$, $S_v$は線形である.また,任意の$u\in U$に対して,$\mathcal{D}(R_u)=V$上の点列$\{v_n\}$が極限$v\in V$をもち,$\{R_u v_n\}$も極限$w\in W$をもつとすると,
\begin{align*}&\lim_{n\to\infty}u=u\in U,
\\&\lim_{n\to\infty}T(u,v_n)=\lim_{n\to\infty}R_u v_n=w\in W\end{align*}
なので,条件(B)より
\begin{align*}R_u v=T(u,v)=w\end{align*}
が成り立つ.これにより$R_u$は閉作用素なので,閉グラフ定理より$R_u$は有界作用素である.同様に,任意の$v\in V$に対して$S_v$は有界作用素である.
ここで,任意の$v\in V$に対して,
\begin{align*}\sup_{\|u\|_U=1}\|R_u v\|_W=\sup_{\|u\|_U=1}\|S_v u\|_W\le\sup_{\|u\|_U=1}\|S_v\|\|u\|_U=\|S_v\|<\infty\end{align*}
だから,一様有界性原理より$M:=\sup\limits_{\|u\|_U=1}\|R_u\|<\infty$が成り立つ.ノルムの斉次性と併せて,任意の$u\in U\setminus\{0\}$, $v\in V$に対して,$u’:=\frac{u}{\|u\|_U}$とおくと
\begin{align*}\|T(u,v)\|_W&=\nor{\|u\|_U T(u’,v)}_W
=\|u\|_U\nor{R_{u’}v}_W
\\&\le\|u\|_U\nor{R_{u’}}\|v\|_V
=M\|u\|_U\|v\|_V\end{align*}
を得る.
第8問(微分方程式)
$C^2$級関数$u:[0,1]\times[0,\infty)\to\R$は偏微分方程式
\begin{align*}\frac{\partial u}{\partial t}(x,t)-\frac{\partial^2 u}{\partial x^2}(x,t)+\frac{\partial u}{\partial x}(x,t)=0\quad(0\le x\le1,\ t\ge0)\end{align*}
および境界条件
\begin{align*}\frac{\partial u}{\partial x}(0,t)=u(1,t)=0\quad(t\ge0)\end{align*}
をみたすとする.$[0,1]$上の2乗可積分関数$h(x)$に対して
\begin{align*}\|h\|=\bra{\int_{0}^{1}|h(x)|^2\,dx}^{1/2}\end{align*}
とするとき,以下の問に答えよ.
- $C^1$級関数$g:[0,1]\to\R$が$g(0)=0$または$g(1)=0$をみたすとき,
\begin{align*}\sup_{0\le x\le1}|g(x)|\le\|g’\|\end{align*}
を示せ. - $E(t)=\nor{\dfrac{\partial u}{\partial x}(\cdot,t)}^2$と定める.このとき,$E$は$[0,\infty)$上の$C^1$級関数で
\begin{align*}\frac{dE}{dt}(t)+E(t)\le0\quad(t\ge0)\end{align*}
をみたすことを示せ. - $\lim\limits_{t\to\infty}\sup\limits_{0\le x\le1}|u(x, t)|=0$を示せ.
一次の移流項をもつ(線形)熱方程式$u_t-u_{xx}=-u_x$の解の時間減衰$\lim\limits_{t\to\infty}\sup\limits_{0\le x\le1}|u(x, t)|=0$を示す問題です.ただし,熱方程式の性質を知らなくても解くことができます.
移流拡散方程式$u_t+u_x=u_{xx}$と捉えることもできます.
解答の方針とポイント
(1)は誘導になっており,(2)と(3)では(1)を用います.与えられた微分方程式と境界値条件をどのように用いるかがポイントです.
関数とその導関数の関係は微分積分学の基本定理を用いる
(1)では関数$g$とその導関数$g’$の関係を導くので,微分積分学の基本定理を使うのが自然ですね.
[微分積分学の基本定理]関数$f:[a,b]\to\R$が連続なら,関数$f$の任意の原始関数$F$に対して,
\begin{align*}\int_{a}^{b}f(x)\,dx=F(b)-F(a)\end{align*}
が成り立つ.
この定理で大切なことは積分する関数$f$が連続であることです.単に$f$が微分可能であるだけでは$f’$は連続とは限らないので,
\begin{align*}\int_{a}^{b}f'(x)\,dx=f(b)-f(a)\end{align*}
が成り立つかどうか分かりません.しかし,(1)では関数$g$が$C^1$級なので,$g’$は連続ですから
\begin{align*}\int_{0}^{1}g'(x)\,dx=g(1)-g(0)\end{align*}
が成り立ちます.よって,$g(0)=0$または$g(1)=0$の仮定と併せれば求める不等式が得られますね.
微分と積分の順序交換を用いて$E'(t)$を計算する
$E'(t)$を求める際の微分と積分の順序交換を用いますが,微分と積分の順序交換を正当化するには次の定理を用いるのが常套手段です.
[微分と積分の順序交換条件]$A$を可測集合,$I$を開区間とする.$A\times I$上の可測関数$f(x,t)$は$t$について偏微分可能で,任意の$t\in I$に対して$f(\cdot,t)$は可積分であるとする.このとき,($t$によらない)ある$A$上の関数$g$が存在して,
- 任意の$t\in I$に対して$\abs{\frac{\partial f}{\partial t}(x,t)}\le g(x)$ a.e. $x\in A$
- $g$は$A$上可積分:$\int_{A}g(x)\,dx<\infty$
を満たすなら,
\begin{align*}\frac{d}{dt}\int_{A}f(x,t)\,dx=\int_{A}\frac{\partial f}{\partial t}(x,t)\,dx\end{align*}
が成り立つ.
この定理を使う際のポイントは
- (ほとんど至るところ)$|\frac{\partial f}{\partial t}(x,t)|\le g(x)$を満たす関数$g$をとる
- $\int_{A}g(x)\,dx<\infty$を満たす
の2つを示すことですね.この定理の証明には平均値の定理とルベーグの収束定理を用います.
微分と積分の順序交換により
\begin{align*}E'(t)=2\int_{0}^{1}u_x(x,t)u_{xt}(x,t)\,dx\end{align*}
となります.これが$-E(t)$以下であることを示せば良いわけですが,一般の$u$に対して成り立つことは期待できそうにありません.
そこで,与えられた偏微分方程式$u_t=u_{xx}-u_x$と初期条件$\frac{\partial u}{\partial x}(0,t)=u(1,t)=0$を使いましょう.これらと部分積分より
\begin{align*}E'(t)=2[u_x(x,t)u_t(x,t)]_{x=0}^{x=1}-2\int_{0}^{1}u_{xx}(x,t)u_t(x,t)\,dx
=-2\|u_{xx}\|^2+2\int_{0}^{1}u_{xx}(x,t)u_x(x,t)\,dx
=-2\|u_{xx}\|^2+u_x(1,t)^2\end{align*}
となります.ここまでくれば,(1)と併せることで$-E(t)$以下であることが分かりますね.
1階線形常微分方程式の解法
(1)より$\sup\limits_{0\le x\le1}|u(x,t)|\le\sqrt{E(t)}$ですから,(2)で得られた微分不等式$E'(t)+E(t)\le0$から$\lim\limits_{t\to\infty}\sqrt{E(t)}=0$を示せばよいですね.
微分不等式$E'(t)+E(t)\le0$は1階線形ですから,1階線形常微分方程式
\begin{align*}y’+a(x)y=b(x)\end{align*}
の解法を確認しておきましょう.関数$p$を関数$a$の原始関数の1つとするとき,微分方程式の両辺に$e^{p(x)}$をかけることで
\begin{align*}&e^{p(x)}y'(x)+e^{p(x)}a(x)y(x)=e^{p(x)}b(x)
\\&\iff\bra{e^{p(x)}y(x)}’=e^{p(x)}b(x)
\iff e^{p(x)}y(x)=\int e^{p(x)}b(x)\,dx
\\&\iff y(x)=e^{-p(x)}\int e^{p(x)}b(x)\,dx\end{align*}
と解けます.これと同様に,微分不等式$E'(t)+E(t)\le0$の両辺に$e^t$をかけることで$E(t)\le E(0)e^{-t}$がえられます.
解答例
(1)の解答
微分積分学の基本定理,コーシー-シュワルツの不等式より,$g(0)=0$のとき
\begin{align*}|g(x)|&=\abs{\int_{0}^{x}g'(t)\,dt}\le\int_{0}^{x}|g'(t)|\,dt\le\int_{0}^{1}|g'(t)|\,dt
\\&\le\bra{\int_{0}^{1}|g'(t)|^2\,dt}^{1/2}\bra{\int_{0}^{1}1^2\,dt}^{1/2}=\|g’\|\end{align*}
が得られ,$g(1)=0$のとき
\begin{align*}|g(x)|&=\abs{-\int_{x}^{1}g'(t)\,dt}\le\int_{x}^{1}|g'(t)|\,dt\le\int_{0}^{1}|g'(t)|\,dt
\\&\le\bra{\int_{0}^{1}|g'(t)|^2\,dt}^{1/2}\bra{\int_{0}^{1}1^2\,dt}^{1/2}=\|g’\|\end{align*}
が得られる.よって,題意が従う.
(2)の解答
積分$\int_{0}^{1}f(x,t)\,dx$を$\int_{0}^{1}f$と略記する.
任意に$R>0$をとる.$u\in C^2([0,1]\times[0,\infty))$より,有界閉集合$[0,1]\times[0,R]$上で$u$と$u$の2階までの全ての偏導関数は連続だから有界なので,$(u_x^2)_t$は有界である.
よって,平均値の定理とルベーグの収束定理より,任意の$t\in[0,R]$に対して
\begin{align*}E'(t)=\frac{d}{dt}\int_{0}^{1}u_x^2=2\int_{0}^{1}u_xu_{xt}\end{align*}
と微分と積分の順序交換ができる.$R>0$は任意なので,結局この等式は任意の$t\ge0$に対して成り立つ.
$u$は$C^2$級なので$u_{xt}=u_{tx}$だから,部分積分,境界条件$u_x(0,t)=u(1,t)=0$,微分方程式$u_t-u_{xx}+u_x=0$を併せて
\begin{align*}E'(t)&=2[u_x(x,t)u_t(x,t)]_{x=0}^{x=1}-2\int_{0}^{1}u_{xx}u_t
\\&=-2\|u_{xx}\|^2+2\int_{0}^{1}u_{xx}u_x\end{align*}
が成り立つ.ただし,境界条件$u(1,t)=0$より$u_t(1,t)=0$であることに注意する.境界条件と(1)を併せて
\begin{align*}2\int_{0}^{1}u_{xx}u_x&=\int_{0}^{1}(u_x^2)_x=[u_x(x,t)^2]_{x=0}^{x=1}=u_x(1,t)^2
\\&\le\bra{\sup_{0\le x\le1}|u_x(x,t)|}^2\le\|u_{xx}(\cdot,t)\|^2\end{align*}
なので,$E'(t)\le-\|u_{xx}(\cdot,t)\|^2$を得る.また,
\begin{align*}E(t)&=\|u_x(\cdot,t)\|^2\le\int\bra{\sup_{0\le x\le1}|u_x|}^2
\\&=\bra{\sup_{0\le x\le1}|u_x(x,t)|}^2\le\|u_{xx}\|^2\end{align*}
なので,$E'(t)+E(t)\le0$を得る.
(3)の解答
境界条件$u(1,t)=0$と(1)から
\begin{align*}\sup_{0\le x\le1}|u(x,t)|\le\|u_x(\cdot,t)\|=\sqrt{E(t)}\end{align*}
が成り立ち,(2)より$e^tE(t)$は$C^1$級で任意の$t\ge0$に対して
\begin{align*}e^tE(t)&=\int_{0}^{t}(e^sE(s))’\,ds+e^0E(0)
\\&=\int_{0}^{t}e^s(E(s)’+E(s))\,ds+E(0)
\le E(0)\end{align*}
が成り立つから,
\begin{align*}\lim_{t\to\infty}\sup_{0\le x\le1}|u(x,t)|\le\lim_{t\to\infty}\sqrt{E(0)e^{-t}}=0\end{align*}
が従う.
参考文献
以下,私も使ったオススメの入試問題集を挙げておきます.
詳解と演習大学院入試問題〈数学〉
[海老原円,太田雅人 共著/数理工学社]
理工系の修士課程への大学院入試問題集ですが,基礎〜標準的な問題が広く大学での数学の基礎が復習できる総合問題集として利用することができます.
実際,まえがきにも「単なる入試問題の解説にとどまらず,それを通じて,数学に関する読者の素養の質を高めることにある」と書かれているように,必ずしも大学院入試を受験しない一般の学習者にとっても学びやすい問題集です.また,構成が読みやすいのも個人的には嬉しいポイントです.
第1章 数え上げと整数
第2章 線形代数
第3章 微積分
第4章 微分方程式
第5章 複素解析
第6章 ベクトル解析
第7章 ラプラス変換
第8章 フーリエ変換
第9章 確率
一方で,問題数はそれほど多くないので,多くの問題を解きたい方には次の問題集もオススメです.
なお,本書については,以下の記事で書評としてまとめています.
【オススメの問題集|詳解と演習 大学院入試問題(数理工学社)】
本書の目次・必要な知識・良い点と気になる点・オススメの使い方などをレビューしています.
演習 大学院入試問題
[姫野俊一,陳啓浩 共著/サイエンス社]
上記の問題集とは対称的に問題数が多く,まえがきに「修士の基礎数学の問題の範囲は,ほぼ本書中に網羅されている」と書かれているように,広い分野から問題が豊富に掲載されています.
全2巻で,
1巻第1編 線形代数
1巻第2編 微分・積分学
1巻第3編 微分方程式
2巻第4編 ラプラス変換,フーリエ変換,特殊関数,変分法
2巻第5編 複素関数論
2巻第6編 確率・統計
が扱われています.
地道にきちんと地に足つけた考え方で解ける問題が多く,確かな「腕力」がつくテキストです.入試では基本問題は確実に解けることが大切なので,その意味で試験への対応力が養われると思います.
なお,私自身は受験生時代に計算力があまり高くなかったので,この本の問題で訓練したのを覚えています.
なお,本書については,以下の記事で書評としてまとめています.
【オススメの問題集|演習 大学院入試問題[数学](サイエンス社)】
本書の目次・必要な知識・良い点と気になる点・オススメの使い方などをレビューしています.



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