線形代数学は理系大学生の多くが大学初年度に学ぶことになります.
線形代数では行列とベクトルが線形代数の最初に定義され,行列のイメージが掴めないまま抽象的な議論に進んでしまい,ずるずると線形代数を苦手としてしまうパターンはかなり多いように思います.
しかし,線形代数とは「中学校以来扱ってきた比例$y=ax$の変数$x$を複数の変数(多変数)にするとどうなるのか」ということを考える分野で,そのことが理解できると色々なところが見通しよく考えられるようになります.
そのため,この記事では
- 「1変数の比例」と「多変数の比例」
- 行列とベクトルがどのようなものか
- 線形代数がどういう意味で「多変数の比例」といえるのか
を説明します.
「線形代数学の基本」の一連の記事
- 行列と列ベクトル
- 行列式
- $\R^n$の部分空間と基底
「1変数の比例」と「多変数の比例」
中学校で学ぶ比例から始めて,線形代数の考え方に進みましょう.
1変数の比例
中学校では次のような問題から比例を学び始めます.
時速$15\mrm{km}$で歩く人が$x$時間歩くと,進んだ距離は$y[\mrm{km}]$となった.$x,y$が満たす等式を求めよ.
1時間で進む距離が$15\mrm{km}$なので$y=15x$である.
このことは一般に,定数$a$に対して,$x,y$が
の関係にあるとき,「$y$は$x$に比例する」といい,$a$を比例係数というのでした.
中学校では比例のあとに1次関数や2次関数を学びますが,比例は関数の中でも最も単純なもののひとつなので,中学校で最初に学ぶ関数としては自然ですね.
多変数の比例
いまの1変数の比例を多変数に拡張してみましょう.次の問題はどのようになるでしょうか.
スーパーで
- 1個$150$円・$100\mrm{g}$のパンを$x_1$個
- 1個$200$円・$120\mrm{g}$のアイスを$x_2$個
- 1個$230$円・$500\mrm{g}$の牛乳を$x_3$個
買うと,値段は$y_1$円で重さは$y_2[\mrm{g}]$となった.$x_1,x_2,x_3,y_1,y_2$が満たす等式を求めよ.
値段と重さそれぞれについて等式を立てて
である.
先ほどの比例の問題と比較すると
- $x$が$x_1$, $x_2$, $x_3$の3つ
- $y$が$y_1$, $y_2$の2つ
に増えていますが,考え方は同じですね.
このように,変数が2つ以上の関数を多変数関数というのですが,1変数関数の中で比例が最も単純な関数だったように,多変数関数の中でもこの「多変数の比例」はかなり扱いやすそうです.
線形代数の行列とベクトル
係数をもう少し簡単にして,たとえば,
を考えましょう.次回の記事できちんと定義しますが,この2つの等式を線形代数の世界では
と右辺を係数部分と変数部分に分けて表します.このとき,
とまとめて表すと,上の等式$(*)$は$\m{y}=A\m{x}$と表すことができ,あたかも$A$を「比例定数」とし$\m{y}$は$\m{x}$に「比例」しているように捉えることができます.
このように
- $\m{x}$, $\m{y}$のように一列に数を並べたものを数ベクトル
- $A$のように長方形型に数を並べたものを行列
といい,これらは線形代数の基本的な言葉となります.
行列とベクトルの定義
いま紹介した行列とベクトルをきちんと定義しておきましょう.
行列の定義
上で見た行列$\bmat{1&2&3\\4&5&6}$は縦に2つ・横に3つ数が並んでいるものを考えましたが,長方形状に数が並んでいればもっと大きくても(小さくても)かまいません.
横に$n$個,縦に$m$個の数を並べたものを$m\times n$行列 (matrix)という:
この行列を$(a_{ij})_{1 \le i \le m,1 \le j \le n}$や単に$(a_{ij})$などと表すことも多い.この行列に対して
- $a_{pq}$を第$(p,q)$成分 (element)
- $\bmat{a_{q1}&\dots&a_{qn}}$を第$p$行 (row)
- $\bmat{a_{1p}\\\vdots\\a_{np}}$を第$q$列 (column)
という.また,$n\times n$行列を$n$次正方行列 (square matrix)または単に$n$次行列という.
行列は$\pmat{a_{11}&\dots&a_{1n}\\\vdots&\ddots&\vdots\\a_{m1}&\dots&a_{mn}}$のように丸括弧で表すこともよくあります.
具体例をみてみましょう.
具体例1
$A:=\bmat{1&2&3\\4&5&6}$は$2\times3$行列で
- $A$の第$(1,2)$成分は$2$
- $A$の第$2$行は$\bmat{4&5&6}$
- $A$の第$3$列は$\bmat{3\\6}$は
ですね.
具体例2
線形代数を学ぶ段階では行列の成分は実数または複素数であることがほとんどで,そのことを強調してそれぞれ実行列 (real matrix),複素行列 (complex matrix)ということも多いです.
例えば,
- $A:=\bmat{1&2&3\\4&5&6}$は$2\times3$実行列
- $B:=\bmat{1&2+i&3-i\\2-i&5&0\\3+i&0&9}$は$3$次複素正方行列
ですね.
ベクトルの定義
$n\times1$行列$\bmat{x_1\\\vdots\\x_n}$を$n$次列ベクトル (column vector)といい,$1\times n$行列$[x_1,\dots,x_n]$を$n$次行ベクトル (row vector)という.
列ベクトルと行ベクトルを併せて数ベクトルという.
高校数学では「『向き』と『長さ』を持ったものをベクトルという」と学んで「矢印」で表しましたが,線形代数では「成分を並べたベクトル」である数ベクトルを基本的なベクトルとして扱います.
高校数学で学ぶ図形的な「矢印ベクトル」は幾何ベクトルと呼ばれます.
具体例1
$S$成分の$n$次列ベクトルを$S^{n}$と表します.例えば,
です.行列と同様に$\R^{n}$の元を実ベクトル (real vector),$\C^{n}$の元を複素ベクトル (complex vector)といいます.
具体例2
行ベクトルはコンマ“,”を用いて,$[a_{11},\dots,a_{1n}]$のように表すことも多いです.たとえば,
ですね.
具体例3
$\R^n$は$n$本の座標軸のある直交座標として考えることができます.
例えば,$\R^2$は$2$本の座標軸のある$xy$平面と考え,$\bmat{3\\2}\in\R^2$は
と図示することができます.
高校数学は「矢印ベクトル」を成分で表すとき$(3,2)$のように横に並べて表しますが,線形代数では列ベクトルで表すのが普通です.
具体例4
行列を並べることによって,行列を表すこともよくあります.
例えば,行列$A:=\bmat{1&2&3\\4&5&6\\7&8&9}$は
- 行列$A_1:=\bmat{1&2\\4&5}$, $A_2:=\bmat{3\\6}$, $A_3:=[7,8]$, $A_4:=[9]$によって,
- 行ベクトル$\m{b}_1=[1,2,3]$, $\m{b}_2=[4,5,6]$, $\m{b}_3=[7,8,9]$によって,
などと表すことができます.
このような行列の表し方を行列の区分けやブロック分けなどといいます.
重要な行列とベクトル
最後に線形代数で頻繁に現れる重要な行列とベクトルを紹介します.
これらは次の記事で考える行列・ベクトルの和や積で重要になります.
零行列・零ベクトル
零行列・零ベクトルは実数や複素数でいう0に相当する行列・ベクトルです.
成分が全て$0$の行列を零行列 (zero matrix)またはゼロ行列といい,成分が全て$0$のベクトルを零ベクトル (zero vector)またはゼロベクトルという.
零ベクトルは$\m{0}$,零行列は$O$と表すことが多く,次数を明示するときには
- $O_{mn}$:$m\times n$次零行列
- $O_{n}$:$n$次零行列
- $\m{0}_{n}$:$n$次零ベクトル
などと添字で表すことが多いです.例えば,
というわけですね.
対角行列と単位行列
$n$次正方行列$A$について,第$(k,k)$成分 ($k=1,\dots,n$)を$A$の対角成分 (diagonal element)といい,対角成分以外の成分が$0$なら$A$を対角行列 (diagonal matrix)という.
第$(k,k)$成分が$a_{k}$の対角行列を$\diag{(a_{1},\dots,a_{n})}$などと表す:
とくに,対角成分が全て1の対角行列$\diag{(1,\dots,1)}$を単位行列 (identity matrix)という.
例えば,
はいずれも対角行列であり,
はいずれも単位行列ですね.
単位行列は$I$や$E$で表すことが多く,とくに次数を明示したいときは零行列と同様に$I_{n}$, $E_{n}$など添字で表します.
対角成分が$a_{1},\dots,a_{n}$の対角行列を$\diag{(a_{1},\dots,a_{n})}$と表すこともよくあります.
転置行列
行列$A$の第$(i,j)$成分を第$(j,i)$成分にとり直した行列を$A$の転置行列 (transposed matrix)といい,${}^{t}A$, $A^{T}$などと表す.
すなわち,$A=(a_{ij})$とすると,$A^{T}={}^{t}A=(a_{ji})$である.
たとえば,$A=\bmat{1&2\\3&4\\5&6}$, $B=\bmat{2\\-3\\1}$に対して
ですね.
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