線形代数5
正則の条件を簡単に!基本変形と行列の積の話

前々回の記事で定義したように,正方行列$A$に対して

\begin{align*} AB=BA=I \end{align*}

を満たす正方行列$B$が存在するとき

  • $A$を正則行列
  • $B$を$A$の逆行列

といい,$B=A^{-1}$と表すのでした($I$は単位行列).

このように,正方行列$A$が正則であることの定義は$AB=BA=I$を満たすことですが,実は$AB=I$か$BA=I$のいずれかがなりたてば自動的に$AB=BA=I$が成り立つことを証明することができます.

このことを証明するためには,前回の記事で考えた行列の基本変形をもう少し詳しく考える必要があります.

この記事では,正方行列$A$が正則であるためには$AB=I$か$BA=I$を満たす正方行列$B$が存在すれば良いことの証明を目標として,「基本変形と行列の積の関係」について説明します.

なお,この記事では特に断らない限り実行列・実ベクトルを扱うことにしますが,複素行列など一般のを成分とする行列・ベクトルに対しても同様です.

オススメの入門書

以下は初学者向けのオススメの教科書です.この記事の著者も数学教室の集団授業で使っています.

手を動かしてまなぶ 線形代数

[藤岡敦 著/裳華房]

線形代数の入門書で,説明も非常に丁寧なので初学者にも読み進めやすい教科書です.

数学で初めて出会った概念で詰まった時には,具体例を考えることで理解できるようになることはよくあります.

特に線形代数は高校数学で扱ってきた数学よりも抽象度がやや増すので,いきなり抽象的に理解するよりも「具体例を理解→抽象化」という学び方が効果的です.

本書は具体例と例題が豊富で,実際に手を動かしながらイメージを掴んで抽象的に理解することを目指しています.

また,続巻も発行されていますが,この第1巻だけでも正方行列の対角化(固有値・固有ベクトル)まで学ぶことができます.

行基本変形の確認

まずは,前回の記事で説明した行基本変形がどういうものだったか確認しておきましょう.

連立1次方程式$\begin{cases}2x+3y=8\\x+2y=5\end{cases}$は以下のように加減法により解くことができます:

\begin{align*} \left\{\begin{matrix} 2x&+&3y&=&8\\ x&+&2y&=&5 \end{matrix}\right. \iff& \left\{\begin{matrix} x&+&2y&=&5\\ 2x&+&3y&=&8 \end{matrix}\right. \\\iff& \left\{\begin{matrix} x&+&2y&=&5\\ &-&y&=&-2 \end{matrix}\right. \\\iff& \left\{\begin{matrix} x&&&=&1\\ &-&y&=&-2 \end{matrix}\right. \\\iff& \left\{\begin{matrix} x&&&=&1\\ &&y&=&2 \end{matrix}\right. \end{align*}

連立1次方程式の加減法は係数と定数をいじっているだけなので,以下のように拡大係数行列$\bmat{2&3&8\\1&2&5}$の変形と対応させることができますね.

\begin{align*} &\left\{\begin{matrix} 2x&+&3y&=&8\\ x&+&2y&=&5 \end{matrix}\right. &\leftrightarrow&&\bmat{2&3&8\\1&2&5} \\\iff& \left\{\begin{matrix} x&+&2y&=&5\\ 2x&+&3y&=&8 \end{matrix}\right. &\leftrightarrow&&\bmat{1&2&5\\2&3&8} \\\iff& \left\{\begin{matrix} x&+&2y&=&5\\ &-&y&=&-2 \end{matrix}\right. &\leftrightarrow&&\bmat{1&2&5\\0&-1&-2} \\\iff& \left\{\begin{matrix} x&&&=&1\\ &-&y&=&-2 \end{matrix}\right. &\leftrightarrow&&\bmat{1&0&1\\0&-1&-2} \\\iff&\left\{\begin{matrix} x&&&=&1\\ &&y&=&2 \end{matrix}\right. &\leftrightarrow&&\bmat{1&0&1\\0&1&2} \end{align*}

この連立1次方程式の加減法に対応する行列の変形を行基本変形というのでしたね.

[行基本変形] 行列について

  1. ある行と別の行を入れ替える
  2. ある行を$k$倍する($k\neq0$)
  3. ある行の$k$倍を別の行に加える

という3つの変形を併せて行基本変形という.

基本変形を引き起こす行列

連立1次方程式の加減法をもとに定義された行基本変形ですが,実は基本変形は行列をかけることで基本変形を引き起こすことができます.

基本変形

いま行基本変形の定義を述べましたが,列に関しての同様の変形を列基本変形といいます.

[列基本変形] 行列について

  1. ある列と別の列を入れ替える
  2. ある列を$k$倍する($k\neq0$)
  3. ある列の$k$倍を別の列に加える

という3つの変形を併せて列基本変形という.

列基本変形の定義は,行基本変形の定義で「行」を「列」に読み替えただけですね.

列基本変形と行基本変形を併せて基本変形という.

基本変形を引き起こす行列

行列$A:=\bmat{1&2&3\\4&5&6\\7&8&9\\10&11&12}$と,以下の行列を考えます.

\begin{align*} P_{34}:=\bmat{1&0&0&0\\0&1&0&0\\0&0&0&1\\0&0&1&0},\quad Q_{2}^{(3)}:=\bmat{1&0&0&0\\0&3&0&0\\0&0&1&0\\0&0&0&1},\quad R_{14}^{(2)}:=\bmat{1&0&0&2\\0&1&0&0\\0&0&1&0\\0&0&0&1} \end{align*}

このとき,定義通り計算すると

\begin{align*} P_{34}A=\bmat{1&2&3\\4&5&6\\10&11&12\\7&8&9},\quad Q_{2}^{(3)}A=\bmat{1&2&3\\12&15&18\\7&8&9\\10&11&12},\quad R_{14}^{(2)}A=\bmat{21&24&27\\4&5&6\\7&8&9\\10&11&12} \end{align*}

となります.この結果ともとの$A$を見比べてみると

  • $P_{34}A$は第3行と第4行の入れ替え
  • $Q_{2}^{(3)}A$は第2行の3倍
  • $R_{14}^{(2)}A$は第1行に第4行の2倍の付け加え

という基本変形が起こっていることが分かります.

一般にも基本変形はいま見た例のような正方行列$P_{ij}$, $Q_{i}^{(k)}$, $R_{ij}^{(k)}$をかけることによって引き起こすことができます.

[基本変形] $k\in\R$,$A$を$n$行の行列,$I$を$n$次単位行列とする.また

  • $P_{ij}$を$I$の第$i$列と第$j$列を入れ替えた行列
  • $Q_{i}^{(k)}$を$I$の第$(i,i)$列を$k$とした行列 ($k\neq0$)
  • $R_{ij}^{(k)}$を$I$の第$i$列に第$j$列の$k\in\R$倍を加えた行列

とする.このとき,これらを行列に左からかけることで次のように行基本変形が引き起こされる:

  1. $P_{ij}A$は$A$の第$i$行と第$j$行を入れ替えてできる行列
  2. $Q_{i}^{(k)}A$は$A$の第$i$行を$k$倍してできる行列 ($k\neq0$)
  3. $R_{ij}^{(k)}A$は$A$の第$i$行に$A$の第$j$行の$k$倍を加えてできる行列

また,列基本変形については「行」を「列」に読み替えて$P_{ij}$, $Q_{i}^{(k)}$, $R_{ij}^{(k)}$を$A$に右からかければよい.

この命題は実際に計算することによりこの命題は容易に証明することができます.

$I=[\m{e}_1,\m{e}_2,\dots,\m{e}_n]$とすると,$P_{ij}$, $Q_{i}^{(k)}$, $R_{ij}^{(k)}$は

\begin{align*} &P_{ij}=[\m{e}_{1},\dots,\m{e}_{j},\dots,\m{e}_{i},\dots,\m{e}_{n}], \\&Q_{i}^{(k)}=[\m{e}_{1},\dots,k\m{e}_{i},\dots,\m{e}_{n}]\quad(k\neq0), \\&R_{ij}^{(k)}=[\m{e}_{1},\dots,\m{e}_{i}+k\m{e}_{j},\dots,\m{e}_{j},\dots,\m{e}_{n}] \end{align*}

と表せますね.

さらに,この命題から次の系が成り立つことも分かります.

$P_{ij}$, $Q_{i}^{(k)}$, $R_{ij}^{(k)}$はいずれも正則で,それぞれ$P_{ij}$, $Q_{i}^{(1/k)}$, $R_{ij}^{(-k)}$が逆行列である.

正則性の条件

それでは,この記事の本題です.

前々回の記事で説明しましたが,念のため正則行列の定義を確認しておきましょう.

$n$次正方行列$A$に対し,

\begin{align*} AB=BA=I \end{align*}

をみたす$n$次正方行列$B$が存在するとき,$B$は$A$の逆行列 (inverse matrix)であるといい,$B$を$A^{-1}$と表す.また,逆行列をもつ行列は正則 (regular)であるという.

定義は以上の通りですが,実は$AB=I$と$BA=I$のいずれかが成り立てば$A$(と$B$)が正則であること(すなわち,$AB=BA=I$が成り立つこと)が証明できます.

すなわち,以下が成り立ちます.

[正則性の条件] 正方行列$A$に対して,$AB=I$または$BA=I$をみたす正方行列$B$が存在すれば,$A$は正則で$A^{-1}=B$である.


$A\in\Mat_{n}(\R)$とし,$AB=I$をみたす正方行列$B$が存在すれば$A$は正則であることを,$n$に関する数学的帰納法により示す.

[1] $n=1$のとき

$A=[a]$とすると,$AB=I$から$a\neq0$であり,$B=[a^{-1}]$である.

よって,$BA=[a^{-1}a]=[1]=I$が従う.

なお,$A=[a]$や$B=[a^{-1}]$は1行1列の行列表示である.

[2] $n=k$のときに定理が成り立つと仮定し,$A, B\in\Mat_{k+1}(\R)$は$AB=I$を満たすとする.

もし$A$の第1行の成分が全て0なら積$AB$の$(1,1)$成分が0となって$AB=I$とは成り得ないから,$A$の第1行には0でない成分$a$が存在する.

よって,$A$に列基本変形を施して,$(1,1)$成分が0でない行列$A_{1}$に変形できる:

\begin{align*} A:=\bmat{*&\dots&*&a&*&\dots&*\\ *&\dots&*&*&*&\dots&*\\ \vdots&\ddots&\vdots&\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\ *&\dots&*&*&*&\dots&*} \to A_1:=\bmat{a&*&\dots&*\\ *&*&\dots&*\\ \vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\ *&*&\dots&*}. \end{align*}

さらに,$A_{1}$に行基本変形と列基本変形を施して,第1行と第1列の$(1,1)$を除く全ての成分が0であるような行列$A_{2}$に変形できる:

\begin{align*} A_1 \to A_2:=\bmat{a&0&\dots&0\\ 0&*&\dots&*\\ \vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\ 0&*&\dots&*}. \end{align*}

行基本変形と列基本変形で$A$が$A_{2}$に変形されたから,$XAY=A_{2}$となる正則行列$X$, $Y$が存在する($X$, $Y$は上で定めた$P_{ij}$, $Q_{i}^{(k)}$, $R_{ij}^{(k)}$の積となっている).

ここで,$A_{2}$, $Y^{-1}BX^{-1}$を

\begin{align*} A_{2}=\bmat{a&\m{0}^{T}\\\m{0}&A_{3}},\quad Y^{-1}BX^{-1}=\bmat{x&\m{y}^{T}\\\m{z}&B'} \end{align*}

とおく.$XX^{-1}=YY^{-1}=AB=I$だから,

\begin{align*} \bmat{ax&a\m{y}^{T}\\A_{3}\m{z}&A_{3}B'} =&\bmat{a&\m{0}^{T}\\\m{0}&A_{3}}\bmat{x&\m{y}^{T}\\\m{z}&B'} \\=&A_{2}(Y^{-1}BX^{-1}) \\=&(XAY)(Y^{-1}BX^{-1}) \\=&I_{k+1} \end{align*}

だから,

\begin{align*} ax=1,\quad a\m{y}^{T}=\m{0}^{T},\quad A_{3}\m{z}=\m{0},\quad A_{3}B'=I_{k} \end{align*}

が成り立つ.よって,

  • $A_{3}B’=I_{k}$と帰納法の仮定を併せて,$A_{3}$は正則で逆行列$B’$をもち,
  • $a\neq0$だから$a\m{y}^{T}=\m{0}^{T}$より$\m{y}=\m{0}$が成り立ち,
  • ${A_{3}}^{-1}$を$A_{3}\m{z}=\m{0}$の両辺に左からかけて$\m{z}=\m{0}$が成り立つ.

これより,$Y^{-1}BX^{-1}=\bmat{x&\m{0}^{T}\\\m{0}&B’}$となるから,

\begin{align*} AB =&(X^{-1}A_2Y^{-1})\bra{Y\bmat{x&\m{0}^{T}\\\m{0}&B'}X} \\=&X^{-1}\bmat{a&\m{0}^{T}\\\m{0}&A_{3}}\bmat{x&\m{0}^{T}\\\m{0}&B'}X \\=&X^{-1}\bmat{ax&\m{0}^{T}\\\m{0}&A_{3}B'}X \\=&X^{-1}I_{k+1}X =X^{-1}X =I_{k+1}, \\BA =&\bra{Y\bmat{x&\m{0}^{T}\\\m{0}&B'}X}(X^{-1}A_2Y^{-1}) \\=&Y\bmat{x&\m{0}^{T}\\\m{0}&B'}\bmat{a&\m{0}^{T}\\\m{0}&A_{3}}Y^{-1} \\=&Y\bmat{ax&\m{0}^{T}\\\m{0}&B'A_{3}}Y^{-1} \\=&YI_{k+1}Y^{-1} =YY^{-1} =I_{k+1} \end{align*}

が成り立つ.よって,$A$は正則で,$A^{-1}=B$である.

行列のランク

この記事では,正方行列$A$に対して「$AB=I$または$BA=I$となる正方行列$B$」を見つけてくることができれば,$A$が正則行列であることを説明しました.

この定理は理論上非常に有用ですが,「$AB=I$または$BA=I$となる正方行列$B$」を見つけてくる方法については全く教えてくれません.

一方,次の記事で説明する行列のランクを用いれば,正方行列の正則性を判定することができます.

このランクは計算していけば(時間はかかっても)必ず求めることができるので,このランクによる正則性の判定方法は実用的向きだということができます.またこのランクを用いた議論の副産物として,逆行列を求めることができるようにもなります.

次の記事では

  • 行列のランクの定義
  • ランクによる正則性の判定
  • 逆行列の求め方

を説明します.

参考文献

以下は参考文献です.

手を動かしてまなぶ 線形代数

[藤岡敦 著/裳華房]

線形代数の入門書で,説明も非常に丁寧なので初学者にも読み進めやすい教科書です.

数学で初めて出会った概念で詰まった時には,具体例を考えることで理解できるようになることはよくあります.

特に線形代数は高校数学で扱ってきた数学よりも抽象度がやや増すので,いきなり抽象的に理解するよりも「具体例を理解→抽象化」という学び方が効果的です.

本書は具体例と例題が豊富で,実際に手を動かしながらイメージを掴んで抽象的に理解することを目指しています.

また,続巻も発行されていますが,この第1巻だけでも正方行列の対角化(固有値・固有ベクトル)まで学ぶことができます.

線型代数入門

[齋藤正彦 著/東京大学出版会]

線形代数の教科書として半世紀に渡って売れ続けている超ロングセラーの教科書です.

発刊されてから本書の内容の流れが線形代数の教科書のスタンダードとなったほど,日本の線形代数の指導にインパクトを与えた名著です.

その証拠に,著者の齋藤正彦氏は本書で日本数学会出版賞を受賞しています.

「線形代数をとりあえず使えるようにするための教科書」ではなく「線形代数を理解するための教科書」のため,論理的に非常に詳しく書かれているのが特徴です.

また,テキストのレベルとしては少なくとも理論系(特に数学系)の学部生であれば,確実に理解しておきたい程度のものとなっています.

なお,本書については,以下の記事で書評としてまとめています.