中学校以来よく扱ってきた$\m{x}$の連立1次方程式は,行列$A$とベクトル$\m{c}$を用いて$A\m{x}=\m{c}$と表すことができるのでした.
このことからも分かるように連立1次方程式は線形代数学と密接に関わっており,実際に線形代数学の基礎を理解する上で連立1次方程式を理解することは非常に重要です.
連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$は
- 係数行列のランク$\rank{A}$
- 拡大係数行列のランク$\rank{[A,\m{c}]}$
を比べることで,解をもつ条件を求めることができます.
この記事では,「係数行列」と「拡大係数行列」,行列の「ランク」について復習をしたのち,
- 連立1次方程式が解をもつ条件
- 解の自由度
を考えます.
なお,この記事では実数$\R$を中心に説明しますが,複素数$\C$など一般の体に対しても同様です.
一連の記事はこちら
【線形代数の初学者のための道案内|線形代数のイメージを知る】
・行列と数ベクトル
【線形代数1|行列の計算の基本!行列の積はなぜこうなる?】
【線形代数2|連立1次方程式の掃き出し法と行列の基本変形】
【線形代数3|正則の条件を簡単に!基本変形と行列の積の話】
【線形代数4|行列のランクと,行列が逆行列をもつための条件】
【線形代数5|連立1次方程式が解をもつ条件と解の自由度】←今の記事
【線形代数6|線形独立のイメージと線形独立であるための条件】
・行列式
【線形代数7|行列の正則性を判定できる行列式のイメージ】
【線形代数8|行列式を定義するための置換の性質を理解する】
【線形代数9|「行列式」は線形代数の要!定義と性質を解説】
・部分空間と基底
【線形代数10|数ベクトル空間の部分空間と基底の考え方(準備中)】
【線形代数11|部分空間の同型と部分空間の次元(準備中)】
【線形代数12|線形写像の像と核と次元定理(準備中)】
【線形代数13|部分空間の和空間と共通部分の空間(準備中)】
・固有値と固有ベクトル
【線形代数14|「固有値」「固有ベクトル」「対角化」とは?】
【線形代数15|固有値と固有ベクトルは2ステップで求める!】
【線形代数16|「固有値」と「固有ベクトル」の性質のまとめ(準備中)】
いくつかの復習
本題に入る前に,
- 連立1次方程式の係数行列と拡大係数行列
- 行列のランク
について復習をしておきましょう.
それぞれの詳しい説明は第2回の記事,第4回の記事を参照してください.
第2回の記事,第3回の記事はこちら
【線形代数2|連立1次方程式の掃き出し法と行列の基本変形】
【線形代数4|行列のランクと,行列が逆行列をもつための条件】
係数行列と拡大係数行列
連立1次方程式の係数行列と拡大係数行列は次のように定義されます.
$A\in\Mat_{mn}(\R)$と$\m{c}\in\R^{m}$に対し,$A$, $[A,\m{c}]$をそれぞれ連立方程式$A\m{x}=\m{c}$の係数行列 (coefficient matrix),拡大係数行列 (enlarged coefficient matrix)という.
例えば,$A=\bmat{1&2&3\\4&5&6}$, $\m{c}=\bmat{7\\8}$に対し,$\m{x}=\bmat{x\\y\\z}$の連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$は
で,この係数行列,拡大係数行列はそれぞれ
ですね.
行列のランク
行列のランクを定義するためには,以下の事実が必要なのでした.
行基本変形により,任意の行列は簡約行列に変形できる.
なお,簡約行列とは,
のように,
- 第$i$行から第$i+1$行に移るごとに左側から0が増えていき,
- 各行の0でない最も左の成分が全て1であるような行列
のことを言うのでした.
さて,このことから行列のランクは以下のように定義されます.
行列$A$に対して,$A$に行基本変形を施して簡約行列$B$になったとき,零行ベクトルでない$B$の行の個数を$A$のランク (階数,rank)といい,$\rank{A}$や$\operatorname{rk}{A}$などと表す.
例えば,行基本変形により
なので,
ですね.
連立1次方程式と解と自由度
それでは本題に移ります.
具体例から
まずは3つ具体例を考えます.
次の行列$A$とベクトル$\m{c}$に対して,$\m{x}=[x,y,z]^{T}$の連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$は解を持つか.
- $A=\bmat{1&1&1\\0&1&0\\0&0&1}$, $\m{c}=\bmat{1\\2\\3}$
- $A=\bmat{1&1&1\\0&1&0\\0&0&0}$, $\m{c}=\bmat{1\\2\\3}$
- $A=\bmat{1&1&2\\1&2&3}$, $\m{c}=\bmat{3\\2}$
素朴に掃き出し法で考えましょう.
(1) 拡大係数行列$[A,\m{c}]$を行基本変形により簡約化すると
なので,連立方程式は$(x,y,z)=(-4,2,3)$と解けますね.
(2) 拡大係数行列$[A,\m{c}]$を行基本変形により簡約化すると
なので,これに対応する連立方程式は
となります.この連立方程式の第3式はどのように$(x,y,z)$を選んでも満たしえませんから,解なしとなります.
(3) 拡大係数行列$[A,\m{c}]$を行基本変形により簡約化すると
なので,これに対応する連立方程式は
となります.このとき,$z$に任意に値を代入でき,それぞれの場合で$x$, $y$の値が決まります.
よって,$z=c$ ($c$は任意定数)とすることで,解は$(x,y,z)=(4-c,1-c,c)$と表せることが分かりました.
解をもつための条件
この2つ目の例では
- $\rank{A}=2$
- $\rank{[A,c]}=3$
となっています.
このように,「係数行列のランク$\rank{A}$が拡大係数行列のランク$\rank{[A,\m{c}]}$より小さいと,どう頑張っても成り立たない等式$0=a$ $(a\neq0)$が現れて解けない」ということが見てとれます.
実際,一般に以下が成り立ちます.
$A\in\Mat_{mn}(\R)$と$\m{c}\in\R^{m}$に対し,以下が成り立つ.
- $\rank{A}<\rank{[A,\m{c}]}$が成り立つことと,$\m{x}$の連立方程式$A\m{x}=\m{c}$が解をもたないことは同値である.
- $\rank{A}=\rank{[A,\m{c}]}$が成り立つことと,$\m{x}$の連立方程式$A\m{x}=\m{c}$が解をもつことは同値である.
$[A,\m{c}]$の簡約化を$[B,\m{d}]$とする.
このとき,$\rank{B}\le\rank{[B,\m{d}]}$が成り立つことに注意すると,行基本変形によるランクの不変性と併せて
が成り立つ.よって,$\rank{A}$と$\rank{[A,\m{c}]}$の関係は
- $\rank{A}<\rank{[A,\m{c}]}$
- $\rank{A}=\rank{[A,\m{c}]}$
のいずれかとなる.
ここで,$\m{d}=[d_{1},\dots,d_{m}]^{T}$とする.
(1) $\rank{A}<\rank{[A,\m{c}]}$のとき,$\rank{B}<\rank{[B,\m{d}]}$である.
このとき,ある$j\in\{1,\dots,m\}$が存在して
- $B$の第$j$行の成分は全て0である
- $\m{d}$の第$j$成分は0でない
が成り立つ.
これにより,連立方程式$B\m{x}=\m{d}$の$j$番目の方程式の左辺は0であるが,右辺は0ではないから,$j$番目の方程式を満たす$\m{x}$は存在せず$B\m{x}=\m{d}$は解をもたない.
(2) $\rank{A}=\rank{[A,\m{c}]}$のとき,$\rank{B}=\rank{[B,\m{d}]}$である.
主成分をもたない列に対応する未知数$x_{i}$を全て0とし,主成分をもつ列に対応する未知数$x_{i}$を順に$d_1,\dots,d_m$としてできた$\m{x}$は$B\m{x}=\m{d}$の解となる.
よって,$B\m{x}=\m{d}$は解をもつ.
これで,(1), (2)の必要性が示された.
逆に,(1)の必要性の対偶をとれば(2)の十分性が従い,(2)の必要性の対偶をとれば(1)の十分性が従う.
解の自由度
次に連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$が解をもつときの解の様子をもう少し詳しく考えましょう.
したがって,次は$\rank{A}=\rank{[A,\m{c}]}$として考えます.
先ほどの具体例の3つ目のように,係数行列を簡約化したとき,主成分の存在しない列に対応する未知数に任意定数を与えると,方程式の解を全て表すことができます.
これについて,「解の自由度」を以下のように定義します.
$A\in\Mat_{mn}(\R)$と$\m{c}\in\R^{m}$に対し,$\m{x}$の連立方程式$A\m{x}=\m{c}$の解が任意定数を$k$個含むとき,解の自由度は$k$であるという.
解の自由度について,以下の定理が成り立ちます.
$A\in\Mat_{mn}(\R)$, $\m{c}\in\R^{n}$に対して,$N:=\rank{A}=\rank{[A,\m{c}]}$をみたすとする.このとき,$\m{x}$の方程式$A\m{x}=\m{c}$の解の自由度は$n-N$である.
$[A,\m{c}]$の簡約化を$[B,\m{d}]$とする.
このとき,$\rank{B}=\rank{A}=N$なので$B$の主成分は$N$個あるから,$B$の主成分が存在しない列は$(n-N)$個ある.
この$B$の主成分が存在しない列に対応する未知数$x_{i_{1}},\dots,x_{i_{n-N}}$それぞれに任意定数$c_{1},\dots,c_{n-N}$を与えると,$\m{x}$の連立方程式$B\m{x}=\m{d}$の残りの未知数は全て$c_{1},\dots,c_{n-N}$で一意に表される.
すなわち,$B\m{x}=\m{d}$の解の自由度は$n-N$となる.
連立方程式$A\m{x}=\m{c}$と$B\m{x}=\m{d}$の解は一致するので,$A\m{x}=\m{c}$の解の自由度も$n-N$となり,定理が従う.
すなわち,$\rank{A}(=\rank{[A,\m{c}]})$が未知数の個数に比べて小さいほど,自由度が大きいわけですね.
まとめ
以上のことをイメージとしてまとめておきましょう.
例えば,2つの連立方程式
を考えます.これらを比べたとき
- 前者のように,未知数が方程式の個数に比べて少ないときは,未知数の制限が強く解が存在しないかもしれない
- 後者のように,未知数が方程式の個数に比べて多いときは,未知数の制限が弱く未知数はけっこう自由にとれそう
というわけです.
そして実際に連立方程式$A\m{x}=\m{c}$の未知数の制限の強さは
- 係数行列のランク$\rank{A}$
- 拡大係数行列のランク$\rank{[A,\m{c}]}$
の差によって決まるというわけですね.
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