線形代数4|行列のランクと,行列が逆行列をもつための条件

0でない全ての実数は逆数を持ちますが,行列の場合は零行列でなくても正方行列が逆行列を持たないこともあります.

行列が逆行列を持つかどうかの判定する方法の1つに,行列のランクを求める方法があります.

行列のランクは前々回の記事前回の記事で考えた行列の基本変形に基づいて定義することができます.

この記事では行列の正則性(逆行列を持つかどうか)を調べることを目的としますが,ランクは行列を考える上で様々な場面に登場する大切な概念ですから,しっかり考え方を理解してください.

なお,この記事では実数$\R$を中心に説明しますが,複素数$\C$など一般の体に対しても同様です.

行列のランク

まず行列のランクを定義します.

簡約行列

まずは階段行列を定義します.

1つ下の行に移るにつれて左から0が増えていくような行列を階段行列といいます.例えば,

\begin{align*} &\bmat{1&2&3&4\\0&1&0&-2\\0&0&0&1},\quad \bmat{0&1&5&8\\0&0&-3&2\\0&0&0&0},\quad \bmat{4&0\\0&3\\0&0} \end{align*}

はいずれも階段行列です.

きちんと階段行列の定義を述べると以下のようになります(が,ここではどういうものか分かっていれば良いので,定義を真面目に追わなくても大丈夫でしょう.)

[階段行列/主成分] $A=(a_{i,j})\in\Mat_{mn}(\R)$が階段形 (echelon form)または階段行列 (echelon matrix)であるとは,任意の$i\in\{1,\dots,m-1\}$に対して,次が成り立つことをいう.

  1. $a_{i,k}=0$ ($k=1,\dots,j$, $j<n$)なら,$a_{i+1,k}=0$ ($k=1,\dots,j+1$)である.
  2. $a_{i,k}=0$ ($k=1,\dots,n$)なら,$a_{i+1,k}=0$ ($k=1,\dots,n$)である.

また,階段行列において,零ベクトルでない行の0でない最も左の成分を,その行の主成分 (ピボット,pivot, pivot element)という.

また,各行の主成分が全て1であるような階段行列を簡約行列といいます.例えば,

\begin{align*} &\bmat{1&0&3&0\\0&1&0&0\\0&0&0&1},\quad \bmat{0&1&0&4\\0&0&1&2\\0&0&0&0},\quad \bmat{1&0\\0&1\\0&0} \end{align*}

はいずれも簡約行列です.

[簡約行列] 次を満たす階段行列を簡約行列 (reduced matrix)という.

  • 主成分は全て1である.
  • 主成分の存在する列において,主成分以外の成分はすべて0である.

この記事では,この簡約行列がキーとなります.

基本変形

前々回の記事前回の記事で説明したように,行列の基本変形は以下の通りです.

[基本変形] 行列について,

  • ある行を$k$倍する ($k\neq0$)
  • ある行の$k$倍を別の行に加える
  • ある行と別の行を入れ替える

という3つの変形を併せて行基本変形という.また,「行」を「列」に読み替えてできる変形を列基本変形という.

行基本変形,列基本変形をまとめて基本変形という.

さて,先ほど定義した簡約行列と行基本変形について,次が成り立ちます.

行基本変形により,任意の行列は簡約行列に変形できる.

前回の記事で説明した掃き出し法の要領で考えれば,この命題が成り立つことは分かりますね.

例えば,行基本変形により

\begin{align*} \bmat{2&3&-2\\2&-2&8\\-3&0&-6} \to&\bmat{2&3&-2\\1&-1&4\\-3&0&-6} \to\bmat{2&3&-2\\1&-1&4\\-1&0&-2} \\\to&\bmat{1&-1&4\\2&3&-2\\-1&0&-2} \to\bmat{1&-1&4\\0&5&-10\\0&-1&2} \\\to&\bmat{1&-1&4\\0&1&-2\\0&-1&2} \to\bmat{1&-1&4\\0&1&-2\\0&0&0} \end{align*}

となります.

行列$A$を行基本変形により簡約行列$B$に変形することを簡約化 (reduction)という.また,行列$B$自体も$A$の簡約化という.

※数学では,ある$A$を特定の形の$B$に変形する「操作」をしばしば「〜化」といいますが,このとき「$B$自体」も「〜化」ということがよくあります.

よって,今の例より$\bmat{1&-1&4\\0&1&-2\\0&0&0}$は$\bmat{2&3&-2\\2&-2&8\\-3&0&-6}$の簡約化ですね.

行列の簡約化は1通りには定まらず,簡約化を行うプロセスによって簡約行列は異なったものになり得ることに注意してください.

言い換えれば,行列を行基本変形によって簡約行列に変形するとき,基本変形のプロセスによっては異なる簡約行列になりえます.

簡約化の主成分の個数の一意性

しかし,実はどのような経過を辿っても,簡約化の0でない成分をもつ行の数は一意です.

このことは,上で定義した主成分という言葉を用いると,以下の定理のように述べることができますね.

[簡約化] 行列の簡約化の主成分の個数は,簡約化の仕方によらず一定である.

証明は少々面倒なので,飛ばして読み進めても構いません.


背理法により示す.すなわち,行列$A\in\Mat_{mn}(\R)$を行基本変形して,

  • 主成分を$r$個もつ簡約行列$B=[\m{b}_{1},\dots,\m{b}_{n}]$
  • 主成分を$s$個もつ簡約行列$C=[\m{c}_{1},\dots,\m{c}_{n}]$

のどちらにもなり得るとして矛盾を導く($s<r$).

このとき,任意の$k\in\{1,\dots,n\}$に対して,$\m{b}_{k}$の第$r+1$成分以下は全て0であり,$\m{c}_{k}$の第$s+1$成分以下は全て0であることに注意する.

さらに,$B$の主成分以外の成分がすべて0になるように列基本変形を施してできる行列を$B_{1}$とする.

また,同様に$C$の主成分が存在する列$\m{e}_{\ell}$ ($\ell=1,\dots,s$)が第$\ell$列になるように列基本変形を施し,主成分以外の成分がすべて0になるように列基本変形を施してできる行列を$C_{1}$とする.

このとき,

\begin{align*} B_{1}=\bmat{I_{r}&O\\O&O},\quad C_{1}=\bmat{I_{s}&O\\O&O} \end{align*}

である.

行基本変形$A\to B$, $A\to C$を引き起こす行列をそれぞれ$S$, $T$とし,列基本変形$B\to B_{1}$, $C\to C_{1}$を引き起こす行列をそれぞれ$S’$, $T’$とすると,$SA=B$, $TA=C$, $BS’=B_{1}$, $CT’=C_{1}$が成り立つ.

$S$, $T$, $S’$, $T’$はいずれも正則なので,$A=S^{-1}B$, $A=T^{-1}C$, $B=B_{1}S’^{-1}$, $C=C_{1}T’^{-1}$だから,

\begin{align*} &S^{-1}B_{1}S'^{-1}=T^{-1}C_{1}T'^{-1} \\\iff&TS^{-1}B_{1}S'^{-1}T'=C_{1} \end{align*}

を得る.

このとき,$TS^{-1}$, $S’^{-1}T’$, $B_{1}$, $C_{1}$を

\begin{align*} TS^{-1}=\bmat{U_{1}&U_{2}\\U_{3}&U_{4}},\quad S'^{-1}T'=\bmat{U'_{1}&U'_{2}\\U'_{3}&U'_{4}},\quad U_{1},U'_{1}\in\Mat_{r}(\R) \end{align*}

となるように適当な行列$U_{k}$, $U’_{k}$ ($k=1,\dots,4$)で表すと,

\begin{align*} C_{1} =&TS^{-1}B_{1}S'^{-1}T' \\=&\bmat{U_{1}&O\\U_{3}&O}\bmat{U'_{1}&U'_{2}\\U'_{3}&U'_{4}} \\=&\bmat{U_{1}U'_{1}&U_{1}U'_{2}\\U_{3}U'_{1}&U_{3}U'_{2}} \end{align*}

となる.よって,

\begin{align*} I_{r}=U_{1}U'_{1},\quad O=U_{1}U'_{2},\quad O=U_{3}U'_{1} \end{align*}

が成り立つ.$U’_{1}$は正則となるから,${U’_{1}}^{-1}$を$O=U_{3}U’_{1}$の両辺に右からかけて$U_{3}=O$を得る.

よって,

  • $C_{1}$の第$r+1$行以降の成分はすべて0となるが,
  • $C_{1}$の$(r+1,r+1)$成分は1

だから矛盾する.

なお,証明の途中では前回の記事で証明した以下の定理を用いていることに注意してください.

[正則性の条件] 正方行列$A$に対して,$AB=I$または$BA=I$をみたす正方行列$B$が存在すれば,$A$は正則で$A^{-1}=B$である.

行列のランク(階数)の定義

この[簡約化]の定理から,次のようにランクを定義することができます.

[ランク] 行列$A$に対して,$A$に行基本変形を施して簡約行列$B$になったとする.

このとき,$B$の主成分の個数を$A$のランク (階数,rank)といい,$\rank{A}$や$\operatorname{rk}{A}$などと表す.

例えば,先ほどの例より,$\bmat{1&-1&4\\0&1&-2\\0&0&0}$は$\bmat{2&3&-2\\2&-2&8\\-3&0&-6}$の簡約化だったので,

\begin{align*} \rank{\bmat{2&3&-2\\2&-2&8\\-3&0&-6}} =\rank{\bmat{1&-1&4\\0&1&-2\\0&0&0}} =2 \end{align*}

となりますね.

定義が矛盾なく機能することを「定義がwell-definedである」といい,今の場合は「[簡約化]の定理から[ランク]の定義がwell-definedである」と表現することができます.

定義のwell-defined性について,詳しくは以前に書いた以下の記事を参照してください.

行列の正則性

それでは,ランクと行列の正則性の関係を説明します.

正則性の必要十分条件

ランクから正方行列が正則(逆行列を持つ)かどうかの必要十分条件を与えることができます.

[正則性の必要十分条件] $A\in\Mat_{n}(\R)$について,次は同値である.

  1. $\rank{A}=n$を満たす.
  2. $A$は正則である(逆行列$A^{-1}$が存在する).

[$(1)\Ra(2)$] $\rank{A}=n$なら,$A$が$n$列であることと併せて$A$の簡約化は$I$である.

よって,行基本変形でこの簡約化を引き起こす正則行列$P$が存在して$PA=I$となるから,$A$は正則である.

[$(2)\Ra(1)$] $A$の簡約化を$B$とし,この行基本変形を引き起こす正則行列$P$が存在して$PA=B$が成り立ち,$\rank{A}=\rank{B}$が成り立つ.

$A$が正則なら$P$の正則性と併せて$B$も正則だから$B$は正則である.

よって,$B$に主成分をもたない行が存在しないから,$\rank{A}=\rank{B}=n$が従う(なお,このとき$B=I$である).

この証明の[$(1)\Ra(2)$]でも[正則性の条件]の定理を用いていますね.

行列のランクのような「1つの対象に固有なもの」を不変量 (invariant)といいます.

ランクという不変量から正方行列の正則性が分かったように,数学において不変量が重要な役割を果たすことはよくあります.

逆行列の求め方

$A\in\Mat_{n}(\R)$が正則なら[正則正の必要十分条件]より$\rank{A}=n$です.

つまり,$A$の簡約化の主成分の個数は$n$個なので,$A$の簡約化は単位行列$I$ということになります.

これについて,具体的に逆行列を求める際に非常に実用的な以下の系が成り立ちます.

[逆行列] $A\in\Mat_{n}(\R)$を正則行列とする.行列$[A,I]$の簡約化が$[I,B]$であれば,$A$は正則で$B=A^{-1}$である.

行基本変形$[A,I]\to[I,B]$を引き起こす正則行列を$P$とすると,$[PA,PI]=[I,B]$が成り立つから$PA=I$かつ$P=B$である.

よって,$BA=I$が成り立つから,$A$は正則で$B=A^{-1}$である.

やはりこの証明でも[正則性の条件]の定理を用いています.

さて,この系を用いて,実際に逆行列を求めてみましょう.

$A:=\bmat{1&2&1\\0&2&3\\1&2&2}$の逆行列を求めよ.

行基本変形により

\begin{align*} [A,I] =&\bmat{1&2&1&1&0&0\\0&2&3&0&1&0\\1&2&2&0&0&1} \to\bmat{1&2&1&1&0&0\\0&2&3&0&1&0\\0&0&1&-1&0&1} \\\to&\bmat{1&2&0&2&0&-1\\0&2&0&3&1&-3\\0&0&1&-1&0&1} \to\bmat{1&0&0&-1&-1&2\\0&2&0&3&1&-3\\0&0&1&-1&0&1} \\\to&\bmat{1&0&0&-1&-1&2\\0&1&0&3/2&1/2&-3/2\\0&0&1&-1&0&1} \end{align*}

となるから

\begin{align*} A^{-1} =\bmat{-1&-1&2\\3/2&1/2&-3/2\\-1&0&1} =\frac{1}{2}\bmat{-2&-2&4\\3&1&-3\\-2&0&2} \end{align*}

である.

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