線形代数3
逆行列を考えると何が嬉しいのか?

例えば,「$x$の1次方程式$3x=2$を解け」という問題は,両辺を$3$で割って解$x=\frac{2}{3}$と得られますね.

この「両辺を$3$で割る」とは言い換えれば「両辺に逆数$3^{-1}$をかける」ということになりますが,同じことを連立1次方程式でもできないか考えましょう.

前回と前々回の記事で説明したように,例えば連立1次方程式$\begin{cases}x+2y=1\\3x+5y=7\end{cases}$は

\begin{align*} \bmat{1&2\\3&5}\bmat{x\\y}=\bmat{1\\7} \end{align*}

と表すことができるのでした.

よって,$\bmat{1&2\\3&5}$の「逆数」に相当する行列$\bmat{1&2\\3&5}^{-1}$があれば,これを両辺に左からかけて

\begin{align*} \bmat{x\\y}=\bmat{1&2\\3&5}^{-1}\bmat{1\\7} \end{align*}

と解$x,y$が求められそうな気がします.

実際,この行列$\bmat{1&2\\3&5}^{-1}$を行列$\bmat{1&2\\3&5}$の逆行列といい,今述べたことはきちんと正当化することができます.

この記事では

  • 逆行列の定義
  • 逆行列を用いた連立方程式の解法
  • 逆行列の具体例

を順に説明します.

なお,この記事では特に断らない限り実行列・実ベクトルを扱うことにしますが,複素行列など一般のを成分とする行列・ベクトルに対しても同様です.

オススメの入門書

以下は初学者向けのオススメの教科書です.この記事の著者も数学教室の集団授業で使っています.

手を動かしてまなぶ 線形代数

[藤岡敦 著/裳華房]

線形代数の入門書で,説明も非常に丁寧なので初学者にも読み進めやすい教科書です.

数学で初めて出会った概念で詰まった時には,具体例を考えることで理解できるようになることはよくあります.

特に線形代数は高校数学で扱ってきた数学よりも抽象度がやや増すので,いきなり抽象的に理解するよりも「具体例を理解→抽象化」という学び方が効果的です.

本書は具体例と例題が豊富で,実際に手を動かしながらイメージを掴んで抽象的に理解することを目指しています.

また,続巻も発行されていますが,この第1巻だけでも正方行列の対角化(固有値・固有ベクトル)まで学ぶことができます.

逆行列の定義

逆行列を定義するには正方行列単位行列が必要です.

これらの定義については前々回の記事で説明しましたが,ここでも念の為に定義を確認したのち逆行列の定義を説明します.

正方行列と単位行列

$n\times n$行列を$n$次正方行列という.

要は列の数と行の数が等しい行列を正方行列というわけですね.例えば,

\begin{align*} \bmat{1&2\\3&4},\quad \bmat{\sqrt{2}&-3\\\pi&e},\quad \bmat{0&0\\0&0},\quad \bmat{1&2&3\\4&5&6\\7&8&9} \end{align*}

は全て正方行列です.

$n$次正方行列$A$の第$(k,k)$成分 ($k=1,2,\dots,n$)を$A$の対角成分という.$A$の対角成分が全て$1$で,その他の成分が全て$0$であるとき,$A$を$n$次単位行列という.

単位行列は$I$や$E$で表すことが多く,次数を明示するときには$I_{n}$や$E_{n}$などと添字で表すことが多いです.例えば

\begin{align*} \bmat{1&0\\0&1},\quad \bmat{1&0&0\\0&0&1\\0&0&1},\quad \bmat{1&0&0&0\\0&0&1&0\\0&0&1&0\\0&0&0&1} \end{align*}

は全て単位行列で,それぞれ$I_2$, $I_3$, $I_4$などと表すわけですね.

単位行列の性質

単位行列は次の意味で実数の$1$に相当する行列であるということができます.

$m\times n$行列$A$に対して,

\begin{align*} I_{m}A=AI_n=A \end{align*}

が成り立つ.


$I_{m}=(c_{ij})$とすると単位行列は対角成分が全て$1$でその他の成分は全て$0$だから,$c_{ik}=\begin{cases}1,&i=k,\\0,&i\neq k\end{cases}$である.

よって,$A=(a_{ij})$とすると積の定義より$I_{m}A$の第$(i,j)$成分は

\begin{align*} \sum_{k=1}^{m}c_{ik}a_{kj} =0\cdot a_{1j}+\dots+0\cdot a_{i-1,j}+1\cdot a_{ij}+0\cdot a_{i+1,j}+\dots+0\cdot a_mj =a_{ij} \end{align*}

である.これは$A$の第$(i,j)$成分だから,$I_{m}A=A$が成り立つ.

また,$AI_n=A$も同様に成り立つ.

つまり,単位行列を右からかけても左からかけても,相手の行列は変化しないわけですね.

例えば,$A=\bmat{1&2&3\\4&5&6}$として実際に計算してみると,確かに

\begin{align*} I_{2}A =&\bmat{1&0\\0&1}\bmat{1&2&3\\4&5&6} \\=&\bmat{1\cdot1+0\cdot4&2\cdot1+0\cdot5&3\cdot1+0\cdot6\\1\cdot0+1\cdot4&2\cdot0+1\cdot5&3\cdot0+1\cdot6} \\=&\bmat{1&2&3\\4&5&6} =A, \\AI_{3} =&\bmat{1&2&3\\4&5&6}\bmat{1&0&0\\0&0&1\\0&0&1} \\=&\bmat{1\cdot1+2\cdot0+3\cdot0&1\cdot0+2\cdot1+3\cdot0&1\cdot0+2\cdot0+3\cdot1\\4\cdot1+5\cdot0+6\cdot0&4\cdot0+5\cdot1+6\cdot0&4\cdot0+5\cdot0+6\cdot1} \\=&\bmat{1&2&3\\4&5&6} =A \end{align*}

となりますね.

逆行列の定義

そもそも実数$a$の逆数$b$とは「$a\times b=b\times a=1$を満たす数」のことをいうのでした.

いま見たように積に関して単位行列$I$が実数の$1$に相当するのでしたから,次のように定義される逆行列が実数でいう逆数に相当することが分かりますね.

$n$次正方行列$A$が正則 (regular)であるとは

\begin{align*} AB=BA=I_n \end{align*}

をみたす$n$次正方行列$B$が存在することをいう.このとき,$B$は$A$の逆行列 (inverse matrix)であるといい,$B$を$A^{-1}$と表す.

例えば,

\begin{align*} \bmat{1&2\\3&5}\bmat{-5&2\\3&-1}=\bmat{1&2\\3&5}\bmat{-5&2\\3&-1}=\bmat{1&0\\6&1} \end{align*}

であることが実際に計算することで分かります.よって,$\bmat{1&2\\3&5}$は正則行列で

\begin{align*} \bmat{1&2\\3&5}^{-1}=\bmat{-5&2\\3&-1} \end{align*}

ということになるわけですね.

$\bmat{-5&2\\3&-1}$も正則で$\bmat{-5&2\\3&-1}^{-1}=\bmat{1&2\\3&5}$とも言えますね.

正則行列$A$に対して,$A$の逆行列は1つしかない.


任意の$A$の逆行列$B$, $C$を考える.このとき

\begin{align*} B=IB=(CA)B=C(AB)=CI=C \end{align*}

となるから,$A$の逆行列は1つである.

逆行列を用いた連立1次方程式の解法

冒頭で説明したように次の問題を逆行列を用いて解いてみましょう.

$x,y$の連立1次方程式$\begin{cases}x+2y=1\\3x+5y=7\end{cases}$を解け.

この連立1次方程式は

\begin{align*} \bmat{1&2\\3&5}\bmat{x\\y}=\bmat{1\\7} \end{align*}

と表すことができる.上の例で$\bmat{1&2\\3&5}^{-1}=\bmat{-5&2\\3&-1}$であることをみたから,両辺に左から$\bmat{-5&2\\3&-1}$をかけて

\begin{align*} \bmat{x\\y}=\bmat{-5&2\\3&-1}\bmat{1\\7}=\bmat{4\\-1} \end{align*}

となって,解$(x,y)=(4,-1)$を得る.

正則行列の性質

実数の場合には$0$でなければ逆数を持ちますが,行列の場合には零行列$O$でなくても逆行列を持たないことがあります.

例えば,$\bmat{1&2\\2&4}$は逆行列を持たないことがのちの記事で(それほど難しくなく)分かります.

他にも,全ての成分が0である行や列をもつ行列なども正則行列になり得ません.

正則行列はどの行,どの列も零ベクトルでない.


背理法により示す.正則行列$A=[\m{a}_{1},\dots,\m{a}_{n}]$の第$k$列$\m{a}_{k}$が$\m{0}$であると仮定し,$A$の逆行列を$B$とすると

\begin{align*} I=&BA \\=&[B\m{a}_{1},\dots,B\m{a}_{n}] \\=&[B\m{a}_{1},\dots,B\m{a}_{k-1},\m{0},B\m{a}_{k+1},\dots,B\m{a}_{n}] \end{align*}

であるが,$I$の第$k$行は零ベクトルでないから,これは矛盾である.

よって,過程が誤りで$A$のどの列も零ベクトルでない.

行に関しては,$A$を行ベクトルで表して積$AB$を考えれば,同様に従う.

正則行列の積も正則行列であることは重要です.

正則な$n$次正方行列$A$, $B$に対して,積$AB$は正則であり,$(AB)^{-1}=B^{-1}A^{-1}$が成り立つ.


$AA^{-1}=A^{-1}A=BB^{-1}=B^{-1}B=I$より

\begin{align*} &(AB)(B^{-1}A^{-1}) =A(BB^{-1})A^{-1} =AIA^{-1} =AA^{-1} =I, \\&(B^{-1}A^{-1})(AB) =B^{-1}(A^{-1}A)B =B^{-1}IB =B^{-1}B =I \end{align*}

が成り立つから,$(AB)^{-1}=B^{-1}A^{-1}$を得る.

掃き出し法

たとえば

\begin{align*} \begin{cases}x+y+z=2\\x+2y+3z=4\end{cases} \end{align*}

のように,いくつかの1次方程式を同時に満たす複数の未知数に関する方程式を連立1次方程式といいます.

連立1次方程式の解法として加減法がありますが,加減法は行列を考えることによって本質的に全く同じことができ,この行列を用いた解法を掃き出し法といいます.

加減法が分かっていれば掃き出し法は簡単に理解できる解法ですが,線形代数の理論は掃き出し法がベースにあるといってもよいくらい掃き出し法は重要な考え方です.

次の記事では,この掃き出し方の考え方を説明します.

参考文献

以下は参考文献です.

手を動かしてまなぶ 線形代数

[藤岡敦 著/裳華房]

線形代数の入門書で,説明も非常に丁寧なので初学者にも読み進めやすい教科書です.

数学で初めて出会った概念で詰まった時には,具体例を考えることで理解できるようになることはよくあります.

特に線形代数は高校数学で扱ってきた数学よりも抽象度がやや増すので,いきなり抽象的に理解するよりも「具体例を理解→抽象化」という学び方が効果的です.

本書は具体例と例題が豊富で,実際に手を動かしながらイメージを掴んで抽象的に理解することを目指しています.

また,続巻も発行されていますが,この第1巻だけでも正方行列の対角化(固有値・固有ベクトル)まで学ぶことができます.

線型代数入門

[齋藤正彦 著/東京大学出版会]

線形代数の教科書として半世紀に渡って売れ続けている超ロングセラーの教科書です.

発刊されてから本書の内容の流れが線形代数の教科書のスタンダードとなったほど,日本の線形代数の指導にインパクトを与えた名著です.

その証拠に,著者の齋藤正彦氏は本書で日本数学会出版賞を受賞しています.

「線形代数をとりあえず使えるようにするための教科書」ではなく「線形代数を理解するための教科書」のため,論理的に非常に詳しく書かれているのが特徴です.

また,テキストのレベルとしては少なくとも理論系(特に数学系)の学部生であれば,確実に理解しておきたい程度のものとなっています.

なお,本書については,以下の記事で書評としてまとめています.