前回の記事で行列式を定義しました.
行列式を用いることで正方行列が正則であるかどうかの判定ができ,行列式は線形代数では非常に重要な道具となっています.
結論から言えば
- $|A|\neq0$
- $A$が正則であること
が同値となります.
この記事では,
- 余因子展開
- 行列式による正則条件
を順に説明します.
なお,この記事では実数$\R$を中心に説明しますが,複素数$\C$など一般の体に対しても同様です.
「線形代数学の基本」の一連の記事はこちら
【線形代数の初学者のための道案内|線形代数のイメージを知る】
・行列と列ベクトル 【線形代数1|線形代数は「多変数バージョンの比例」という話】 【線形代数2|行列の計算の基本!行列の積はなぜこうなる?】 【線形代数3|逆行列を考えると何が嬉しいのか?】 【線形代数4|連立1次方程式の掃き出し法と行列の基本変形】 【線形代数5|正則の条件を簡単に!基本変形と行列の積の話】 【線形代数6|行列のランクと,行列が逆行列をもつための条件】 【線形代数7|連立1次方程式が解をもつ条件と解の自由度】 【線形代数8|線形独立のイメージと線形独立であるための条件】
・行列式 【線形代数9|行列の正則性を判定できる行列式のイメージ】 【線形代数10|行列式を定義するための置換の性質を理解する】 【線形代数11|「行列式」は線形代数の要!定義と性質を解説】 【線形代数12|[余因子展開]と[行列式による正則条件]を解説】←今の記事
・部分空間と基底 【線形代数13|列ベクトル空間の部分空間の定義と具体例】 【線形代数14|基底の考え方を具体例から丁寧に解説!】 【線形代数15|部分空間の同型と部分空間の次元(準備中)】 【線形代数16|線形写像の像と核と次元定理(準備中)】 【線形代数17|部分空間の和空間と共通部分の空間(準備中)】
・固有値と固有ベクトル 【線形代数18|「固有値」「固有ベクトル」「対角化」とは?】 【線形代数19|固有値と固有ベクトルは2ステップで求める!】 【線形代数20|固有値・固有ベクトルの基本性質のまとめ】 【線形代数21|固有空間はなぜ大切か?対角化の必要十分条件】
オススメの入門書
以下は初学者向けのオススメの教科書です.この記事の著者も数学教室の集団授業で使っています.
手を動かしてまなぶ 線形代数
[藤岡敦 著/裳華房]
線形代数の入門書で,説明も非常に丁寧なので初学者にも読み進めやすい教科書です.
数学で初めて出会った概念で詰まった時には,具体例を考えることで理解できるようになることはよくあります.
特に線形代数は高校数学で扱ってきた数学よりも抽象度がやや増すので,いきなり抽象的に理解するよりも「具体例を理解→抽象化」という学び方が効果的です.
本書は具体例と例題が豊富で,実際に手を動かしながらイメージを掴んで抽象的に理解することを目指しています.
また,続巻も発行されていますが,この第1巻だけでも正方行列の対角化(固有値・固有ベクトル)まで学ぶことができます.
余因子
冒頭で書いた行列式による正則条件が$|A|\neq0$であることを証明するには余因子を説明する必要があります.
余因子
それでは,行列式により正則性(逆行列をもつかどうか)を判定できることを説明しますが,そのために余因子を説明する必要があります.
$A\in\Mat_{n}(\R)$に対して,$A$の第$i$行と第$j$列を取り除いてできる${n-1}$次行列の行列式を$(i,j)$小行列式 (minor determinant)といい,$(i,j)$小行列式に$(-1)^{i+j}$をかけたものを$(i,j)$余因子 (cofactor)という.
この記事では,行列$A=(a_{ij})$の$(i,j)$余因子を$a_{ij}^{*}$と表します.
例えば,$A=\bmat{1&2&3\\4&5&6\\7&8&9}$に対して
ですね.
$A\in\Mat_{n}(\R)$に対して,$A$の$(i,j)$余因子$a_{ij}^{*}$は$A$の第$j$列を$\m{e}_{i}$に置き換えてできる行列の行列式に等しい:
行列$[\m{a}_{1},\dots,\m{a}_{j-1},\m{e}_{i},\m{a}_{j+1},\dots,\m{a}_{n}]$を
とおく.
$\sigma,\tau\in S_{n}$を巡回置換$\sigma:=(1,\dots,j)$, $\tau:=(1,\dots,i)$とすると
を得る.
余因子展開
次の命題は余因子展開 (cofactor expansion)とよばれ,理論上非常に有用です.
[余因子展開] $A=(a_{ij})\in\Mat_{n}(\R)$の行列式は,任意の$j=1,2,\dots,n$に対して,以下が成り立つ.
$A=[\m{a}_{1},\dots,\m{a}_{n}]$とすると,行列式の線形性と補題より
を得る.
例えば,$A=(a_{ij})=\bmat{1&2&3\\4&5&6\\7&8&9}$に対して
と余因子展開から行列式$|A|$が計算できるわけですね.
余因子展開は理論上では非常に重要ですが,実際に行列式を計算する際には前回の記事で説明した基本変形による基本的な方法が便利でしょう.
行列式と逆行列
さて,余因子を用いることで,次ののように正則行列の逆行列を与えることができます.
$A\in\Mat_{n}(\R)$に対して,次は同値である.
- $A$は正則である.
- $|A|\neq0$が成り立つ.
さらに,これらの少なくとも一方,すなわち両方をみたすとき,以下が成り立つ.
$A$が正則であることと$\rank{A}=n$は同値で,これは$A$の簡約化が$I$であることと同値である.
行列式が0なら行基本変形を施しても行列式は0であるし,行列式が非0なら行基本変形を施しても行列式は非0であるから$(1)\iff(2)$が成り立つ.
また,$A=(a_{ij})=[\m{a}_{1},\dots,\m{a}_{n}]$, $B:=\bmat{a_{11}^{*}&\dots&a_{n1}^{*}\\\vdots&\ddots&\vdots\\a_{1n}^{*}&\dots&a_{nn}^{*}}$とすると,積$BA$の第$(i,j)$成分は
である.
これは
- $i\neq j$のときは,第$i$列と第$j$列が等しいから交代性の系より0に等しく,
- $i=j$のときは,$|A|$に等しい.
よって,$AB=|A|I$となるから,$|A|\neq0$なら$\frac{1}{|A|}B$はAの逆行列となり,$A$は正則である.
例えば,2次行列$A=(a_{ij})=\bmat{a&b\\c&d}$について
です.よって,いまの逆行列の定理から,$|A|=ad-bc\neq0$なら$A$は正則で
となりますね.
「線形代数学の基本」の一連の記事はこちら
【線形代数の初学者のための道案内|線形代数のイメージを知る】
・行列と列ベクトル 【線形代数1|線形代数は「多変数バージョンの比例」という話】 【線形代数2|行列の計算の基本!行列の積はなぜこうなる?】 【線形代数3|逆行列を考えると何が嬉しいのか?】 【線形代数4|連立1次方程式の掃き出し法と行列の基本変形】 【線形代数5|正則の条件を簡単に!基本変形と行列の積の話】 【線形代数6|行列のランクと,行列が逆行列をもつための条件】 【線形代数7|連立1次方程式が解をもつ条件と解の自由度】 【線形代数8|線形独立のイメージと線形独立であるための条件】
・行列式 【線形代数9|行列の正則性を判定できる行列式のイメージ】 【線形代数10|行列式を定義するための置換の性質を理解する】 【線形代数11|「行列式」は線形代数の要!定義と性質を解説】 【線形代数12|[余因子展開]と[行列式による正則条件]を解説】
・部分空間と基底 【線形代数13|列ベクトル空間の部分空間の定義と具体例】←次の記事 【線形代数14|基底の考え方を具体例から丁寧に解説!】 【線形代数15|部分空間の同型と部分空間の次元(準備中)】 【線形代数16|線形写像の像と核と次元定理(準備中)】 【線形代数17|部分空間の和空間と共通部分の空間(準備中)】
・固有値と固有ベクトル 【線形代数18|「固有値」「固有ベクトル」「対角化」とは?】 【線形代数19|固有値と固有ベクトルは2ステップで求める!】 【線形代数20|固有値・固有ベクトルの基本性質のまとめ】 【線形代数21|固有空間はなぜ大切か?対角化の必要十分条件】
参考文献
以下は参考文献です.
手を動かしてまなぶ 線形代数
[藤岡敦 著/裳華房]
線形代数の入門書で,説明も非常に丁寧なので初学者にも読み進めやすい教科書です.
数学で初めて出会った概念で詰まった時には,具体例を考えることで理解できるようになることはよくあります.
特に線形代数は高校数学で扱ってきた数学よりも抽象度がやや増すので,いきなり抽象的に理解するよりも「具体例を理解→抽象化」という学び方が効果的です.
本書は具体例と例題が豊富で,実際に手を動かしながらイメージを掴んで抽象的に理解することを目指しています.
また,続巻も発行されていますが,この第1巻だけでも正方行列の対角化(固有値・固有ベクトル)まで学ぶことができます.
線型代数入門
[齋藤正彦 著/東京大学出版会]
線形代数の教科書として半世紀に渡って売れ続けている超ロングセラーの教科書です.
発刊されてから本書の内容の流れが線形代数の教科書のスタンダードとなったほど,日本の線形代数の指導にインパクトを与えた名著です.
その証拠に,著者の齋藤正彦氏は本書で日本数学会出版賞を受賞しています.
「線形代数をとりあえず使えるようにするための教科書」ではなく「線形代数を理解するための教科書」のため,論理的に非常に詳しく書かれているのが特徴です.
また,テキストのレベルとしては少なくとも理論系(特に数学系)の学部生であれば,確実に理解しておきたい程度のものとなっています.
なお,本書については,以下の記事で書評としてまとめています.
本書の目次・必要な知識・良い点と気になる点・オススメの使い方などをレビューしています.