前回の記事までで,行列とベクトルの基本的な考え方について説明しました.
とくに前回の記事では
- 正方行列$[\m{a}_1,\dots,\m{a}_n]$が正則
- $\m{a}_1,\dots,\m{a}_n$が線形独立
が同値であることを示しました.
これまでは線形独立性を確認するために$[\m{a}_1,\dots,\m{a}_n]$を基本変形を施してランクを求めてきましたが,別のアプローチで線形独立性を確認する方法を考えましょう.
そこで便利なのが正方行列の行列式です.
正方行列$[\m{a}_1,\dots,\m{a}_n]$の行列式のイメージは$\m{a}_1,\dots,\m{a}_n$が張る$n$次元立体の体積ですが,学ぶ段階の問題としていきなり$n$次元で考えるのは難しいでしょう.
そこで,この記事では
- 2次正方行列の行列式の定義とイメージ
- 3次以上の正方行列の行列式のイメージ
について説明します.
なお,この記事では実数$\R$を中心に説明しますが,複素数$\C$など一般の体に対しても同様です.
「線形代数学の基本」の一連の記事はこちら
【線形代数の初学者のための道案内|線形代数のイメージを知る】
・行列と列ベクトル 【線形代数1|線形代数は「多変数バージョンの比例」という話】 【線形代数2|行列の計算の基本!行列の積はなぜこうなる?】 【線形代数3|逆行列を考えると何が嬉しいのか?】 【線形代数4|連立1次方程式の掃き出し法と行列の基本変形】 【線形代数5|正則の条件を簡単に!基本変形と行列の積の話】 【線形代数6|行列のランクと,行列が逆行列をもつための条件】 【線形代数7|連立1次方程式が解をもつ条件と解の自由度】 【線形代数8|線形独立のイメージと線形独立であるための条件】
・行列式 【線形代数9|行列の正則性を判定できる行列式のイメージ】←今の記事 【線形代数10|行列式を定義するための置換の性質を理解する】 【線形代数11|「行列式」は線形代数の要!定義と性質を解説】 【線形代数12|[余因子展開]と[行列式による正則条件]を解説】
・部分空間と基底 【線形代数13|列ベクトル空間の部分空間の定義と具体例】 【線形代数14|部分空間の基底を具体例から理解する(準備中)】 【線形代数15|部分空間の同型と部分空間の次元(準備中)】 【線形代数16|線形写像の像と核と次元定理(準備中)】 【線形代数17|部分空間の和空間と共通部分の空間(準備中)】
・固有値と固有ベクトル 【線形代数18|「固有値」「固有ベクトル」「対角化」とは?】 【線形代数19|固有値と固有ベクトルは2ステップで求める!】 【線形代数20|固有値・固有ベクトルの基本性質のまとめ】 【線形代数21|固有空間はなぜ大切か?対角化の必要十分条件】
目次
解説動画
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【行列式】図形的に「見て」理解しよう!行列式は何が便利?(9分75秒)
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オススメの入門書
以下は初学者向けのオススメの教科書です.この記事の著者も数学教室の集団授業で使っています.
手を動かしてまなぶ 線形代数
[藤岡敦 著/裳華房]
線形代数の入門書で,説明も非常に丁寧なので初学者にも読み進めやすい教科書です.
数学で初めて出会った概念で詰まった時には,具体例を考えることで理解できるようになることはよくあります.
特に線形代数は高校数学で扱ってきた数学よりも抽象度がやや増すので,いきなり抽象的に理解するよりも「具体例を理解→抽象化」という学び方が効果的です.
本書は具体例と例題が豊富で,実際に手を動かしながらイメージを掴んで抽象的に理解することを目指しています.
また,続巻も発行されていますが,この第1巻だけでも正方行列の対角化(固有値・固有ベクトル)まで学ぶことができます.
2次正方行列の行列式
最初に2次正方行列の行列式のイメージを説明します.
2つの線形独立なベクトル
前回の記事で定義した線形独立性について,次が成り立ちます.
$\m{a},\m{b}\in\R^{n}\setminus\{\m{0}\}$に対して次は同値である.
- $\m{a}$と$\m{b}$は平行である
- $\m{a}$と$\m{b}$は線形従属である
[$1\Ra2$の証明] $\m{a}$と$\m{b}$が平行なら,$\m{a}=k\m{b}$なる$k\in\R\setminus\{0\}$が存在する.
よって,$\m{a}-k\m{b}=\m{0}$となって$\m{a}$と$\m{b}$に非自明な線形関係が存在するから$\m{a}$と$\m{b}$は線形従属である.
[$2\Ra1$の証明] $\m{a}$と$\m{b}$が線形従属なら,非自明な線形関係$k\m{a}+\ell\m{b}=\m{0}$が存在する.
また,このとき$k=0$なら$\m{b}=\m{0}$だから$\ell=0$となって$k\m{a}+\ell\m{b}=\m{0}$が非自明な線形関係であることに矛盾するから$k\neq0$である.同様に$\ell\neq0$である.
よって,$\m{a}=-\frac{\ell}{k}\m{b}$となって$\m{a}$と$\m{b}$は平行である.
この命題の対偶を考えて,以下の系が従いますね.
$\m{a},\m{b}\in\R^{n}\setminus\{\m{0}\}$に対して次は同値である.
- $\m{a}$と$\m{b}$は平行でない
- $\m{a}$と$\m{b}$は線形独立である
線形独立性を大雑把に言えば「全てのベクトルが完全にバラバラな向きを向いていること」でしたから,このイメージとも一致させておいてください.
2次正方行列の行列式とイメージ
$\m{a}=[a_{1},a_{2}]^{T},\m{b}=[b_{1},b_{2}]^{T}\in\R^{2}\setminus\{\m{0}\}$が線形独立であるとします.
このとき,いま考えた系から$\m{a}$と$\m{b}$は平行ではありません.
よって,$\m{a}$と$\m{b}$によって張られる平行四辺形を考えると,この面積は0ではありません.
この平行四辺形の面積は$|a_{1}b_{2}-a_{2}b_{1}|$ですから,$a_{1}b_{2}-a_{2}b_{1}\neq0$が成り立ちます.
逆に,$a_{1}b_{2}-a_{2}b_{1}=0$なら$\m{a}$と$\m{b}$が張る平行四辺形は面積が0となって「潰れて」しまいます.
すなわち,$\m{a}$と$\m{b}$は平行となって,$\m{a}$と$\m{b}$は線形従属となります.
このことを念頭に置き,以下のように行列式を定義しましょう.
$A=\bmat{a&b\\c&d}\in\Mat_{2}(\R)$に対し,$ad-bc$を$A$の行列式 (determinant)といい,$|A|$や$\det{A}$などと表す.
この定義の上で考えたことから,一般にも以下が成り立ちます.
$A\in\Mat_{2}(\R)$に対して,以下は同値である.
- $A$は正則である.
- $|A|\neq0$が成り立つ.
例えば,$A,B,C\in\Mat_{2}(\R)$を
と定めると,
が成り立つので,$A$, $C$は正則,$B$は非正則と分かります.
3次以上の正方行列の行列式
2次の場合のイメージがあれば,$A=[\m{a},\m{b},\m{c}]\in\Mat_{3}(\R)$に対しては,$\m{a}$, $\m{b}$, $\m{c}$が張る平行六面体の体積に相当するものを$|A|$と定めれば
- $\m{a}$, $\m{b}$, $\m{c}$が線形独立でない
- $|A|=0$
が同値であることが分かりますね.
もし$\m{a}$, $\m{b}$, $\m{c}$が同一平面上にあれば,平行六面体は「潰れて」体積が0となりますね.
一般に,$A=[\m{a}_{1},\dots,\m{a}_{n}]\in\Mat_{n}(\R)$に対しては,$\m{a}_{1},\dots,\m{a}_{n}$が張る「平行立体の$n$次元体積」に相当するものを$|A|$と定めれば,$\m{a}_{1},\dots,\m{a}_{n}$が線形独立でないことと$|A|=0$は同値となります.
しかし,4以上の$n\in\N$に対して「平行立体の$n$次元体積」を考えるのは簡単なことではありません.
そこで,我々は体積という幾何学的なアプローチから離れて,置換という代数的な概念を用いて行列式を定義します.
次の記事では,置換について説明します.
「線形代数学の基本」の一連の記事はこちら
【線形代数の初学者のための道案内|線形代数のイメージを知る】
・行列と列ベクトル 【線形代数1|線形代数は「多変数バージョンの比例」という話】 【線形代数2|行列の計算の基本!行列の積はなぜこうなる?】 【線形代数3|逆行列を考えると何が嬉しいのか?】 【線形代数4|連立1次方程式の掃き出し法と行列の基本変形】 【線形代数5|正則の条件を簡単に!基本変形と行列の積の話】 【線形代数6|行列のランクと,行列が逆行列をもつための条件】 【線形代数7|連立1次方程式が解をもつ条件と解の自由度】 【線形代数8|線形独立のイメージと線形独立であるための条件】
・行列式 【線形代数9|行列の正則性を判定できる行列式のイメージ】 【線形代数10|行列式を定義するための置換の性質を理解する】←次の記事 【線形代数11|「行列式」は線形代数の要!定義と性質を解説】 【線形代数12|[余因子展開]と[行列式による正則条件]を解説】
・部分空間と基底 【線形代数13|列ベクトル空間の部分空間の定義と具体例】 【線形代数14|部分空間の基底を具体例から理解する(準備中)】 【線形代数15|部分空間の同型と部分空間の次元(準備中)】 【線形代数16|線形写像の像と核と次元定理(準備中)】 【線形代数17|部分空間の和空間と共通部分の空間(準備中)】
・固有値と固有ベクトル 【線形代数18|「固有値」「固有ベクトル」「対角化」とは?】 【線形代数19|固有値と固有ベクトルは2ステップで求める!】 【線形代数20|固有値・固有ベクトルの基本性質のまとめ】←次の記事 【線形代数21|固有空間はなぜ大切か?対角化の必要十分条件】
参考文献
以下は参考文献です.
手を動かしてまなぶ 線形代数
[藤岡敦 著/裳華房]
線形代数の入門書で,説明も非常に丁寧なので初学者にも読み進めやすい教科書です.
数学で初めて出会った概念で詰まった時には,具体例を考えることで理解できるようになることはよくあります.
特に線形代数は高校数学で扱ってきた数学よりも抽象度がやや増すので,いきなり抽象的に理解するよりも「具体例を理解→抽象化」という学び方が効果的です.
本書は具体例と例題が豊富で,実際に手を動かしながらイメージを掴んで抽象的に理解することを目指しています.
また,続巻も発行されていますが,この第1巻だけでも正方行列の対角化(固有値・固有ベクトル)まで学ぶことができます.
線型代数入門
[齋藤正彦 著/東京大学出版会]
線形代数の教科書として半世紀に渡って売れ続けている超ロングセラーの教科書です.
発刊されてから本書の内容の流れが線形代数の教科書のスタンダードとなったほど,日本の線形代数の指導にインパクトを与えた名著です.
その証拠に,著者の齋藤正彦氏は本書で日本数学会出版賞を受賞しています.
「線形代数をとりあえず使えるようにするための教科書」ではなく「線形代数を理解するための教科書」のため,論理的に非常に詳しく書かれているのが特徴です.
また,テキストのレベルとしては少なくとも理論系(特に数学系)の学部生であれば,確実に理解しておきたい程度のものとなっています.
なお,本書については,以下の記事で書評としてまとめています.
本書の目次・必要な知識・良い点と気になる点・オススメの使い方などをレビューしています.