前々回の記事で行列に関して重要な量としてランク(階数)を定義し,前回の記事ではランクを考えることで
などが分かることを説明しました.
前回の記事まではランクを行基本変形によって考えてきましたが,ベクトルの線形独立という考え方をもとにしても考えることができます.
ベクトルの線形独立性はとても重要な概念で,線形代数学全体において頻繁に現れます.
この記事では
- 線形独立とは何か
- 線形独立性と行列のランクの関係
を順に説明します.
なお,この記事では特に断らない限り実行列・実ベクトルを扱うことにしますが,複素行列など一般の体を成分とする行列・ベクトルに対しても同様です.
「線形代数学の基本」の一連の記事
- 行列と列ベクトル
- 行列式
- $\R^n$の部分空間と基底
線形結合
ベクトル$\m{a}_1,\dots,\m{a}_n$が線形独立であるとは,平たく言えば「ベクトルたちが完全にバラバラな向きを向いていること」をいいます.
このことを定式化するために,まずは線形結合を定義しておきましょう.
線形結合
$\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r,\m{a}\in\R^{n}$を考える.等式
が成り立つとき,$\m{a}$は$\m{a}_1,\dots,\m{a}_r$の($\R$上の)線形結合 (linear combination)で表せるという.
とくに$\m{0}$を$\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r$の線形結合で表した
を$\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r$の($\R$上の)線形関係という
例えば,$\m{a}$が$\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3$の線形結合で表せる($\m{a}=c_1\m{a}_1+c_2\m{a}_2+c_3\m{a}_3$が成り立つ)ときは,下図のようになっているわけですね.
つまり,$\m{a}_1$, $\m{a}_2$, $\m{a}_3$をうまく伸び縮みさせて足して$\m{a}$を作れるときに,$\m{a}$を線形結合で表せるというわけですね.
線形結合の具体例
いくつか線形結合の具体例を考えましょう.
例1
任意の$\m{a}_1,\dots,\m{a}_r\in\R^{n}$に対して,
はいつでも成り立つので,零ベクトル$\m{0}$は任意のベクトルたちの線形結合で表せることが分かりますね.
このように,係数が全て$0$の線形結合で$\m{0}$を表す等式を自明な線形関係 (trivial linear relation)といいます.
一方,少なくとも1つの係数が$0$でない線形結合で$\m{0}$を表す等式を非自明な線形関係 (nontrivial linear relation)といいます.
この自明な線形関係はこのあとの線形独立性の定義で重要になります.
例2
$\R^2$において
なので,$\bmat{1\\3}$は$\bmat{1\\0}$, $\bmat{1\\1}$, $\bmat{1\\2}$の線形結合で表すことができます.
他にも
など$\bmat{3\\1}$は$\bmat{0\\1}$, $\bmat{1\\1}$の線形結合,$\bmat{1\\1}$, $\bmat{2\\1}$の線形結合でも表すことができます.
このように,線形結合での表し方は1通りとは限りません.
例3
$x,y,z$に関する連立1次方程式
を考えます.この連立1次方程式は$\m{a}_1:=\bmat{1\\4\\7}$, $\m{a}_2:=\bmat{2\\5\\8}$, $\m{a}_3:=\bmat{3\\6\\9}$, $\m{c}:=\bmat{6\\9\\12}$とおくと,
と表せます.
このことから,この連立1次方程式を解くことは「$\m{a}_1$, $\m{a}_2$, $\m{a}_3$の線形結合$x\m{a}_1+y\m{a}_2+z\m{a}_3$で$\m{c}$を表す」ということと同じであることが分かりますね.
線形独立
それではこの記事のテーマの線形独立性について説明します.
線形独立性の定義
いまの例3のように,一般に$\m{x}$の連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$は,$A=[\m{a}_{1},\dots,\m{a}_{r}]$とおけば
と表すことができます.このことから,
- $\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r$の線形結合で$\m{c}$を表すこと
- 連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$を解くこと
は全く同じことだと分かりますね.
ここで本題の線形独立性を定義します.
$\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r\in\R^{n}$の線形関係が自明な線形関係のみもつとき,すなわち
を満たす$x_1,x_2,\dots,x_r$が$x_1=x_2=\dots=x_r=0$のみであるとき,$\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r$は線形独立 (linearly independent)であるという.
一方,$\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r$が線形独立でないとき,$\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r$は線形従属 (linearly dependent)であるという.
この定義の上で上で考えたことから,$A=[\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r]$とすると
- $x_1\m{a}_1+x_2\m{a}_2+\dots+x_r\m{a}_r=\m{0}$を満たす$x_1,x_2,\dots,x_r$は$x_1=x_2=\dots=x_r=0$のみ
- 連立1次方程式$A\m{x}=\m{0}$の解が$\m{x}=\m{0}$のみ
が同値であると分かりますね.
つまり,$\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r$が線形独立かどうかを知りたければ,連立1次方程式$A\m{x}=\m{0}$が自明解$\m{x}=\m{0}$しか持たないかどうかを考えればいいことになりますね.
なお,この定数項ベクトルが$\m{0}$である連立1次方程式を斉次連立1次方程式といいます.
線形独立性の具体例
例1
$\m{a}_{1}=\bmat{2\\1}\in\R^2$の線形結合で$\m{0}$を表すとき,
だからこれを解くと$x_{1}=0$となって,$\m{a}_{1}$の線形関係は自明な線形関係のみであることが分かります.
よって,$\m{a}_{1}$は線形独立ですね.
この例からも分かるように1個のみのベクトルは必ず線形独立ですね.
例2
$\m{a}_{1}=\bmat{2\\1},\m{a}_{2}=\bmat{3\\1}\in\R^2$の線形結合で$\m{0}$を表すとき,
だからこれを解くと$x_{1}=x_{2}=0$となって,$\m{a}_{1},\m{a}_{2}$の線形関係は自明な線形関係のみであることが分かります.
よって,$\m{a}_{1},\m{a}_{2}$は線形独立ですね.
例3
$\m{a}_{1}=\bmat{2\\1},\m{a}_{2}=\bmat{4\\2}\in\R^2$は
と非自明な線形結合をも つことが分かります.
よって,$\m{a}_1$, $\m{a}_2$は線形従属ですね.
一般に$\m{a}$, $\m{b}$が平行なら$\m{a}=k\m{b}$なる$k\in\R$が存在しますから,$\m{a}-k\m{b}=\m{0}$となって線形結合ではありませんね.
例4
$\m{e}_{1}=\bmat{1\\0\\0},\m{e}_2=\bmat{0\\1\\0},\m{e}_{3}=\bmat{0\\0\\1}\in\R^{3}$の線形結合で$\m{0}$を表すとき,
だから$x_1=x_2=x_3=0$となって,$\m{e}_1,\m{e}_2,\m{e}_3$の線形関係は自明な線形関係のみであることが分かります.
よって,$\m{e}_1,\m{e}_2,\m{e}_3$は線形独立ですね.
一般に$\m{e}_{1}=\bmat{1\\0\\\vdots\\0},\m{e}_2=\bmat{0\\1\\\vdots\\0},\dots,\m{e}_{n}=\bmat{0\\0\\\vdots\\1}\in\R^{n}$は線形独立ですね.
線形独立性とランク
次に,線形独立性と行列のランクの関係を説明します.
斉次連立1次方程式の解
前回の記事では次の定理を(2つに分けて)証明しました.
$n\times r$行列$A$と$n$次列ベクトル$\m{c}$に対し,次は同値である.
- $\rank{A}=\rank{[A,\m{c}]}$が成り立つ
- $\m{x}$の連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$が解をもつ
さらに,次も同値である.
- $r=\rank{A}=\rank{[A,\m{c}]}$が成り立つ
- $\m{x}$の連立1次方程式$A\m{x}=\m{c}$の解は一意である
斉次連立1次方程式$A\m{x}=\m{0}$を考えると,$\rank{A}=\rank{[A,\m{0}]}$ですからこの定理の前半から必ず解をもちます.
または,$\m{x}=\m{0}$を代入すると必ず等式$A\m{x}=\m{0}$が成り立つ(自明解$\m{x}=\m{0}$をもつ)ので解をもつと言ってもいいですね.
つまり,斉次連立1次方程式$A\m{x}=\m{0}$では,この定理の前半は常に満たされるわけですね.
したがって,この定理の後半から係数行列である$n\times r$行列$A$のランクが$r=\rank{A}$が成り立てば斉次連立1次方程式$A\m{x}=\m{0}$の解は一意となりますから,解は常に存在することが分かっている自明解$\m{x}=\m{0}$のみであることになります.
よって,斉次連立1次方程式$A\m{x}=\m{0}$に対して,この定理は次のように言い換えることができますね.
$n\times r$行列$A$に対し,次は同値である.
- $\rank{A}=r$
- $\m{x}$の連立方程式$A\m{x}=\m{0}$が自明解$\m{x}=\m{0}$のみもつ
線形独立性とランク
また,先ほどから考えていたように,$A=[\m{a}_1,\dots,\m{a}_r]$とすると
- $x_1\m{a}_1+x_2\m{a}_2+\dots+x_r\m{a}_r=\m{0}$を満たす$x_1,x_2,\dots,x_r$は$x_1=x_2=\dots=x_r=0$のみ
- 斉次連立1次方程式$A\m{x}=\m{0}$の解が$\m{x}=\m{0}$のみ
は同値なのでしたから,いまの系はさらに次のように書き直すことができますね.
$n\times r$行列$A=[\m{a}_1,\dots,\m{a}_r]$に対し,次は同値である.
- $\rank{A}=r$が成り立つ
- $\m{a}_1,\dots,\m{a}_r$は線形独立である
さらに,以前の記事で説明したように,$n$次正方行列$A$に対して,
- $A$が正則行列である
- $\rank{A}=n$である
は同値でしたから,さらに次の系が従いますね.
$n$次正方行列$A=[\m{a}_{1},\dots,\m{a}_{n}]$に対して,次は同値である.
- $A$は正則行列である
- $\m{a}_{1},\dots,\m{a}_{n}$は線形独立である
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