2023年度の京都大学 理学研究科 数学・数理解析専攻 数学系の大学院入試問題の「基礎科目」の解答の方針と解答です.
問題は6問あり,全6問を解答します.試験時間は3時間30分です.この記事では,問6まで解答例を掲載しています.
採点基準などは公式に発表されていないため,ここでの解答が必ずしも正解とならない場合もあり得ます.ご注意ください.
また,十分注意して解答を作成していますが,論理の飛躍・誤りが残っている場合があります.
なお,過去問は京都大学のホームページから入手できます.
大学院入試の解答に関する記事一覧はこちら
第1問
で定める.積分
の値を求めよ.
微分積分学の重積分の計算ですね.
解答の方針とポイント
2乗和が見えるので極座標変換が第1感です.
ただし,
二次形式
一般に,2乗の項のみからなる多項式を二次形式と言います.
とくに
実係数の場合,二次形式の変数をうまく線形変換することで,標準形の二次形式に表すことができます.
本問の二次形式
と変形できますから,
とおくことで標準形に書き直せますね.
一般の場合には二次形式をベクトルと対角行列を用いて表し,対角行列の直交行列による対角化を用いることで標準形に書き直すことができます.
極座標変換
線形変換
に対応し,ヤコビアンは1なので積分は
2乗和が見えて,積分領域が楕円の一部なので,このような場合は3次元の極座標変換
極座標変換を施すと,
に対応し,ヤコビアンは
以上をまとめて,変数変換
解答例
全単射の線形変換
により,
となり,積分領域
に対応する.ヤコビアン
なので,求める積分は
であり,
となる.
第2問
解答の方針とポイント
線形写像
- 核
は の方程式 の解空間 - 核
は の方程式 の解空間
ですね.よって,
和空間と共通部分の次元の関係
一般にふたつの部分空間
線形空間
が成り立つ.
この定理から
生成される部分空間の和空間
一般に2つの部分空間
線形空間
とする.このとき
が成り立つ.
よって,本問では
一般に,斉次連立1次方程式の解空間は生成される線形空間として表せることも当たり前にしておきましょう.
解答例
第3問
を満たし,かつ
線形代数学の固有値・固有ベクトルの問題ですね.
解答の方針とポイント
本問は異なる固有値に属する固有ベクトルが線形独立であることの証明と似た方法で解くことができます.
異なる固有値に属する固有ベクトルの線形独立性の証明
以下の定理は基本的ですから,当たり前にしておきたいところです.
線形写像
本問はこの定理の証明と似たアプローチで解くことができるので,この証明を確認しておきましょう.
数学的帰納法により示す.一般にただひとつのベクトルは線形独立なので
を考える.線形関係
であり,線形関係
である.これら2式の辺々引いて
となる.帰納法の仮定より
固有値
これをもとの線形関係
よって,
線形関係
本問でも
固有空間の直和性
いま
よって,問題で与えられている線形結合
線形結合
が成り立ちます.よって,線形結合
と併せれば,
と
右辺の形は少し変わっていますが,
解答例
線形写像
等式
が成り立つ.また,等式
が成り立つ.
が成り立つ.
ここで,任意に
なので,
が成り立つ.
ここで,
もし
固有空間は線形空間だから,
が成り立つ.いま
よって,仮定は誤りで
第4問
を求めよ.
微分積分学の極限を求める問題ですね.
解答の方針とポイント
この置換では
極限値の予想
となります.
ここで,
一方,
よって,
となることから極限値は1と予想でき,
を示せば良いことが分かりますね.
積分の評価
上の予想の過程から,予想される極限値1は
と評価します.第2項目の
が大きくないところでは が大きいところでは
を用いて評価すれば良いですね.
条件
が成り立つ」と言えますから,このとき第1項目の積分を
解答例
任意の
である.
ここで,任意に
が成り立つ.また,
となるから,
が成り立つ.以上より,
を得る.
第5問
の解
微分方程式の解の挙動に関する問題ですね.
解答の方針とポイント
変数分離形の常微分方程式なので,初期値問題の解は計算できますね.
変数分離形の常微分方程式
未知関数
変数分離形
となり,一般解が得られます.
初期条件
とすれば,初期条件から一般解の積分定数
本問の常微分方程式では初期値が
と解が得られます.
各点収束極限と一様収束極限
一般に関数列
本問では具体的な解
であることが分かります.よって,
となるしかありません.
いまは
であることに注意すれば,
大域解の一意存在
例えば
の解は
の解は一意ではありません.このように,変数分離形の常微分方程式の初期値問題の解が大域的に存在することは一般には期待できません.
そこで,ここの解答例では解が大域的に一意存在することもきちんと示しておきましょう.
問題は解
常微分方程式の解の一意存在定理として,ピカール-リンデレフの定理(コーシー-リプシッツの定理)が重要でした.ここでは単独の常微分方程式の場合について確認しておきましょう.
[ピカール-リンデレフの定理]
で定め,関数
このとき,正規形の常微分方程式の初期値問題
の解
\begin{align*}\delta:=\min\brb{T,\frac{R}{M}\},\quad
M:=\sup_{(t,x)\in D}|f(t,x)|\end{align*}
である.さらに,
「関数
本問では初期条件が
上で
連続性は
そこで,
次に初期時刻を
これを帰納敵に繰り返せば,時間正方向で大域的に(
解答例
[1]任意の正の整数
微分方程式の両辺を
となり,解
である.各
が成り立つ.よって,
である.ただし,最後の等号では,一般に
が成り立つことを用いた.以上より,
となり,
[2]任意の正の整数
とおく.常微分方程式
よって,ピカール-リンデレフの定理(コーシー-リプシッツの定理)より,
とおくと,
なので,
である.
いまの初期時刻からの局所解の一意存在と同様に
の解は
以上の議論を繰り返せば,帰納的に存在時刻が少なくとも
さらに任意の
もし解
第6問
で定める.
は の微分可能部分多様体であることを示せ. について, とする. が空集合ではない の1次元微分可能部分多様体となるような の範囲を求めよ.
微分幾何学の部分多様体であることに関する問題です.
解答の方針とポイント
微分可能部分多様体であることを示す方法としては正則値定理(沈め込み定理)が重要です.
正則値定理(沈め込み定理)
微分可能多様体
さらに,臨界点の像を臨界値といい,臨界値でない
正則値の逆像が
[正則値定理]
本問(1)では
で定義すると
また,本問(2)では
解答例
(1)
で定める.
なので,
よって,正則値定理(沈め込み定理)より
(2) 任意の
である.
[1]
[2]
[3]
で定める.
なので,
よって,正則値定理(沈め込み定理)より
[1]〜[3]より,
参考文献
以下,私も使ったオススメの入試問題集を挙げておきます.
詳解と演習大学院入試問題〈数学〉
[海老原円,太田雅人 共著/数理工学社]
理工系の修士課程への大学院入試問題集ですが,基礎〜標準的な問題が広く大学での数学の基礎が復習できる総合問題集として利用することができます.
実際,まえがきにも「単なる入試問題の解説にとどまらず,それを通じて,数学に関する読者の素養の質を高めることにある」と書かれているように,必ずしも大学院入試を受験しない一般の学習者にとっても学びやすい問題集です.また,構成が読みやすいのも個人的には嬉しいポイントです.
第1章 数え上げと整数
第2章 線形代数
第3章 微積分
第4章 微分方程式
第5章 複素解析
第6章 ベクトル解析
第7章 ラプラス変換
第8章 フーリエ変換
第9章 確率
一方で,問題数はそれほど多くないので,多くの問題を解きたい方には次の問題集もオススメです.
なお,本書については,以下の記事で書評としてまとめています.
【オススメの問題集|詳解と演習 大学院入試問題(数理工学社)】
本書の目次・必要な知識・良い点と気になる点・オススメの使い方などをレビューしています.
演習 大学院入試問題
[姫野俊一,陳啓浩 共著/サイエンス社]
上記の問題集とは対称的に問題数が多く,まえがきに「修士の基礎数学の問題の範囲は,ほぼ本書中に網羅されている」と書かれているように,広い分野から問題が豊富に掲載されています.
全2巻で,
1巻第1編 線形代数
1巻第2編 微分・積分学
1巻第3編 微分方程式
2巻第4編 ラプラス変換,フーリエ変換,特殊関数,変分法
2巻第5編 複素関数論
2巻第6編 確率・統計
が扱われています.
地道にきちんと地に足つけた考え方で解ける問題が多く,確かな「腕力」がつくテキストです.入試では基本問題は確実に解けることが大切なので,その意味で試験への対応力が養われると思います.
なお,私自身は受験生時代に計算力があまり高くなかったので,この本の問題で訓練したのを覚えています.
なお,本書については,以下の記事で書評としてまとめています.
【オススメの問題集|演習 大学院入試問題[数学](サイエンス社)】
本書の目次・必要な知識・良い点と気になる点・オススメの使い方などをレビューしています.
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