前回の記事で解説したように,$\R^n$の2つの部分空間$U,V$の共通部分$U\cap V$はまた$\R^n$の部分空間となります.
共通部分は2つの集合の重なっている部分なので,共通部分$U\cap V$はもとの$U,V$に含まれる部分空間となっています.
一方で2つの部分空間$U,V$を「ある意味」で併せた部分空間として和空間というものがあり,和空間$U+V$はもとの$U,V$を含む部分空間となっています.
この記事では,$\R^n$の部分空間として
- 部分空間の和空間の定義・具体例
- 和空間の基底と次元の具体例
- 和空間の次元と直和
を順に説明します.
なお,特に断らない限り以下では実行列・実ベクトルを扱うことにしますが,複素行列など一般の体を成分とする行列・ベクトルに対しても同様です.
この記事の内容は一般の線形空間でも同様に成り立ちますが,簡単のためここでは$\R^n$の部分空間に限って話を進めます.
「線形代数学の基本」の一連の記事
- 行列と列ベクトル
- 行列式
- $\R^n$の部分空間と基底
部分空間の和空間・具体例
まずは$\R^n$の部分空間の和集合を定義し,簡単に具体例を考えます.
定義
$\R^n$の部分空間の和空間を定義するために,まずは次の補題を証明しましょう.
$\R^n$の部分空間$U,V$に対して,集合
は$\R^n$の部分空間となる.
つまり,部分空間$U$の列ベクトルと部分空間$V$の列ベクトルを足してできる列ベクトル全部の集合$U+V$は部分空間になるということですね.
$U,V$は$\R^n$の部分空間で,$\R^n$の任意の部分空間は零ベクトル$\m{0}_n$を元にもつから,$\m{0}_n\in U$かつ$\m{0}_n\in V$が成り立つ.よって,
だから,$U+V$は空でない.
[和について閉じていること] 任意に$\m{a},\m{b}\in U+V$をとる.このとき,$U+V$の定義より
なる$\m{u}_1,\m{u}_2\in U$, $\m{v}_1,\m{v}_2\in V$が存在する.よって,
であり,$U,V$は$\R^n$の部分空間だから$\m{u}_1+\m{u}_2\in U$, $\m{v}_1+\m{v}_2\in V$なので,$\m{a}+\m{b}\in U+V$が成り立つ.
[スカラー倍について閉じていること]任意に$\m{a}\in U+V$, $k\in\R$をとる.このとき,$U+V$の定義より$\m{a}=\m{u}+\m{v}$なる$\m{u}\in U$, $\m{v}\in V$が存在する.よって,
であり,$U,V$は$\R^n$の部分空間だから$k\m{u}\in U$, $k\m{v}\in V$なので,$\m{a}+\m{b}\in U+V$が成り立つ.
[1], [2]より$U+V$は和とスカラー倍について閉じているから,$\R^n$の部分空間である.
この記事では2つの部分空間の和空間のみ扱いますが,3つ以上の部分空間の共通部分についても帰納的に和空間となります.
いま補題の部分空間を和空間といいます.
$\R^n$の部分空間$U,V$に対して,部分空間
を$U,V$の和空間 (sum)という.
具体例
例えば,$\R^3$の部分空間$U,V$として,$U$を$x$軸,$V$を$y$軸としましょう.
$U$上のベクトルと$V$上のベクトルを足し合わせてできるあベクトルを全て集めたものが$U+V$なので,例えば
を足し合わせてできる$\bmat{2\\3\\0}$は和空間$U+V$の元です.
このように,$U$のベクトルと$V$のベクトルを足し合わせると,$xy$平面上のベクトルが出来上がりますね.
逆に,$U$の元で$x$座標を,$V$の元で$y$座標を調整することで,$xy$平面上の全てのベクトルが$U$のベクトルと$V$のベクトルの和で表せますね.
よって,和空間$U+V$は$xy$平面となります.
和空間と和集合との違い
先ほども少し触れましたが,和集合
$U\cup V=\set{\m{x}\in\R^n}{\m{x}\in U\ \text{または}\ \m{x}\in V}$
と和空間$U+V$は異なります.
和集合はただ単に集合を併せてできる集合なので,上の例の$\R^3$上の$x$軸$U$と$y$軸$V$の和集合$U\cup V$は「十字路」のような集合となります.
これは和空間と違って,$\R^3$の部分空間にはなっていませんね.
一般に$\R^n$の部分空間$U,V$の和集合$U\cup V$が$\R^n$の部分空間となるための必要十分条件は$U\subset V$または$V\subset U$が成り立つことです.
和空間の基底と次元の具体例
いくつか具体例を考えましょう.
生成される部分空間と和空間
具体例の前に次の便利な命題を当たり前にしておきましょう.
つまり,空間を生成するベクトルたちを併せて$\spn$すれば,和空間が得られるというわけですね.
生成される部分空間の定義より
- $U$上のベクトルは$c_1\m{a}_1+\dots+c_r\m{a}_r$ ($c_1,\dots,c_r\in\R$)
- $V$上のベクトルは$d_1\m{b}_1+\dots+d_r\m{b}_r$ ($d_1,\dots,d_r\in\R$)
と表すことができるから,和空間$U+V$は
となる.
例1(直線と直線の和空間1)
上で考えた具体例の和空間の基底と次元を求めてみましょう.
$x$軸は$\bmat{1\\0\\0}$に生成される空間,$y$軸は$\bmat{0\\1\\0}$に生成される空間と言えますから,次のようになりますね.
$\m{e}_1,\m{e}_2\in\R^3$を$\m{e}_1=\bmat{1\\0\\0}$, $\m{e}_2=\bmat{0\\1\\0}$とする.$\R^3$の部分空間$U,V$を
とするとき,和空間$U+V$の基底が存在すれば1組求め,次元$\dim{(U+V)}$を求めよ.
$U,V$はともに生成される部分空間だから,上で示した命題より和空間は$U+V=\spn{(\m{e}_1,\m{e}_2)}$となる.
また,一般に2つのベクトルが平行でなければ線形独立なので$\m{e}_1,\m{e}_2$は線形独立である.
よって,$\anb{\m{e}_1,\m{e}_2}$は和空間$U+V$の基底であり,$\dim{(U+V)}=2$である.
例2(直線と直線の和空間2)
$\m{a}_1,\m{a}_2\in\R^3$を$\m{a}_1=\bmat{1\\1\\0}$, $\m{a}_2=\bmat{0\\1\\0}$とする.$\R^3$の部分空間$U,V$を
とするとき,和空間$U+V$の基底が存在すれば1組求め,次元$\dim{(U+V)}$を求めよ.
例1とは少し変わって$U$が少し斜めになりましたが,これでもやはり$U$のベクトルと$V$のベクトルを足し合わせてできるベクトル全部の集合が$xy$平面となることが見て取れますね.
$U,V$はともに生成される部分空間だから,上で示した命題より和空間は$U+V=\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2)}$となる.
また,一般に2つのベクトルが平行でなければ線形独立なので$\m{a}_1,\m{a}_2$は線形独立である.
よって,$\anb{\m{a}_1,\m{a}_2}$は和空間$U+V$の基底であり,$\dim{(U+V)}=2$である.
例3(平面と直線の和空間)
今回は$U$が平面で$V$は直線ですね.直線$V$は平面$U$にブスッと突き刺さっているので,$U$のベクトルと$V$のベクトルを足し合わせると,$\R^3$上のどんなベクトルも表すことができます.
よって,$U+V$は$\R^3$全体となります.
部分空間$U$は生成される部分空間として
と表せ,同様に部分空間$V$も生成される部分空間として
と表せるから,和空間は$U+V=\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3)}$となる.
また,行列$[\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3]$を行基本変形すると
と簡約化されるので,行列$[\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3]$のランクは3だから$\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3$は線形独立である.
よって,$\anb{\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3}$は和空間$U+V$の基底であり,$\dim{(U+V)}=3$である.
例4(平面と平面の和空間)
例1から例3までは$\dim{(U+V)}=\dim{U}+\dim{V}$となっていますが,これはいつでも成り立つわけではありません.
$\R^4$が4次元なので図に描くのは難しいですが,$U,V$はともに2つの線形独立なベクトルで張られているので$\R^4$上の平面(2次元部分空間)となっていますね.
和空間$U+V$は$U+V=\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3,\m{a}_4)}$であり,行列$[\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3,\m{a}_4]$を行基本変形すると
となる.行基本変形で列ベクトルの線形関係は不変だから$\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3$は線形独立で,残る$\m{a}_4$はこれらの線形結合で表せる.
よって,$\anb{\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3}$は和空間$U+V$の基底であり,$\dim{(U+V)}=3$である.
和空間の次元と直和
上の具体例で$U,V,U+V$の次元に注目してみると,
- 例1から例3までは$\dim{(U+V)}=\dim{U}+\dim{V}$
- 例4では$\dim{(U+V)}<\dim{U}+\dim{V}$
となっています.
これは例1から例3までは$U\cap V=\{\m{0}\}$だったので
- $U$のベクトルが表せる方向
- $V$のベクトルが表せる方向
に被りがなかった一方,例4では$U\cap V=\{\m{0}\}$となっておらず表せる方向が重複しているためです.
和空間の次元
実は前回の記事で説明した部分空間の共通部分と併せて,和空間の次元について次が成り立ちます.
$\R^n$の部分空間$U,V$について,等式
が成り立つ.
部分空間$U,V$の次元の和から被っている部分$U\cap V$の次元を引けば,和空間の次元が得られるということですね.
$U\subset V$のときは
だから成り立ち,同様に$V\subset U$のときも成り立つ.よって,あとは$U\subset V$でも$V\subset U$でもない場合に示せばよい.
次元を$\dim{(U\cap V)}=r$, $\dim{U}=s$, $\dim{V}=t$ ($r<s,t$)とし,$U\cap V$の基底$\anb{\m{w}_1,\dots,\m{w}_r}$をとる.$U\cap V\subset U,V$なので
- $U$の基底$\anb{\m{w}_1,\dots,\m{w}_r,\m{u}_{r+1},\dots,\m{u}_s}$
- $V$の基底$\anb{\m{w}_1,\dots,\m{w}_r,\m{v}_{r+1},\dots,\m{v}_t}$
が取れる.このとき$\anb{\m{w}_1,\dots,\m{w}_r,\m{u}_{r+1},\dots,\m{u}_s,\m{v}_{r+1},\dots,\m{v}_t}$が$U+V$の基底になることを示せば,$\dim{(U+V)}=s+t-r$となって等式が従う.
[空間を生成すること] 具体例の最初で示した命題より
が成り立つ.
[線形独立性] 線形結合
を考える.もとより$e_{r+1}\m{v}_{r+1}+\dots+e_{t}\m{v}_t\in V$であり,線形結合(*)で移項して
でもあるから$e_{r+1}\m{v}_{r+1}+\dots+e_{t}\m{v}_t\in U\cap V$となる.よって,$\anb{\m{w}_1,\dots,\m{w}_r}$が$U\cap V$の基底であることと併せて
なる$c’_1,\dots,c’_r\in\R$が存在する.
さらに$\anb{\m{w}_1,\dots,\m{w}_r,\m{v}_{r+1},\dots,\m{v}_t}$は$V$の基底だから$\m{w}_1,\dots,\m{w}_r,\m{v}_{r+1},\dots,\m{v}_t$は線形独立なので,$(c’_1=\dots=c’_r=)e_{r+1}=\dots=e_{t}=0$が成り立つ.
線形結合$(*)$に代入すると
となり,$\anb{\m{w}_1,\dots,\m{w}_r,\m{u}_{r+1},\dots,\m{u}_s}$が$U$の基底であることから$\m{w}_1,\dots,\m{w}_r,\m{u}_{r+1},\dots,\m{u}_s$は線形独立なので,$c_1=\dots=c_r=d_{r+1}=\dots=d_{s}=0$が成り立つ.
以上より,線形結合$(*)$の係数は全て$0$であることが分かったので,$\m{w}_1,\dots,\m{w}_r,\m{u}_{r+1},\dots,\m{u}_s,\m{v}_{r+1},\dots,\m{v}_t$が線形独立であることが分かった.
部分空間の直和
このことをふまえると,$U\cap V=\{\m{0}_n\}$のときは和空間の次元はとても扱いやすそうですね.
そこで,$\R^n$の部分空間の直和が次のように定義されます.
$\R^n$の部分空間$U,V$の共通部分について$U\cap V=\{\m{0}_n\}$を満たすとき,和空間$U+V$は直和 (direct sum)であるといい$U\oplus V$と表す.
上の例1から例3までは$U+V$は直和で,例4は直和ではないということですね.
和空間が直和であるための次の必要十分条件は重要です.
$\R^n$の部分空間$U,V$について,次は互いに同値である.
- 和空間$U+V$は直和である.
- $\dim{(U+V)}=\dim{U}+\dim{V}$が成り立つ.
- 和空間$U+V$の任意の元は$\m{u}+\m{v}$ ($\m{u}\in U$, $\m{v}\in V$)の形に1通りに表せる.
$(1)\iff(2)$は先ほど証明した等式
を$U\cap V=\{\m{0}_n\}$の場合に考えると成り立つことが分かる.
[$(1)\Ra(3)$の証明] 和空間$U+V$のある元が$\m{u}+\m{v}=\m{u}’+\m{v}’$ ($\m{u},\m{u}’\in U$, $\m{v},\m{v}’\in V$)と2通りに表せたとすると,$\m{u}-\m{u}’=\m{v}’-\m{v}$が成り立つ.
右辺は$V$に属するから,これに等しい左辺も$V$に属することに注意すると,$\m{u}-\m{u}’\in U\cap V$である.
直和の定義より和空間$U+V$が直和なら$U\cap V=\{\m{0}_n\}$が成り立つので,$\m{u}-\m{u}’=\m{0}_n$となって$\m{u}=\m{u}’$を得る.同様に$\m{v}=\m{v}’$を得る.
よって,和空間$U+V$の任意の元は一通りに$\m{u}+\m{v}$ ($\m{u}\in U$, $\m{v}\in V$)の形に1通りに表せる.
[$(3)\Ra(1)$の証明] 対偶を示す.$U\cap V\neq\{\m{0}_n\}$と仮定すると,$\m{0}$でない$\m{a}\in U\cap V$が存在する.
一般に部分空間は零ベクトルをもつから$\m{0}_n\in U$, $\m{0}_n\in V$が成り立つことに注意すると,$\m{a}$を
- $\m{a}=\m{a}+\m{0}_n$ ($\m{a}\in U$, $\m{0}_n\in V$)
- $\m{a}=\m{0}_n+\m{a}$ ($\m{0}_n\in U$, $\m{a}\in V$)
と2通りに表すことができ(3)は成り立たない.
$(2)\Ra(3)$は直接は示していませんが$(1)\iff(2)$と$(1)\Ra(3)$より成り立ち,同様に$(3)\Ra(2)$も$(1)\iff(2)$と$(3)\Ra(1)$より成り立ちますね.
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