$\R^n$の部分空間$V$の基底を定義するために,生成される部分空間$\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r)}$を考えました.$\spn$自体は線形代数でよく現れる重要な空間なので,$\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r)}$の基底はサッと求められるようになっておきたいところです.
生成される部分空間$\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r)}$の基底を求めるためには,$\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r$の中から線形独立なものを選び出す必要がありますが,その際に行基本変形が役に立ちます.
この記事では
- 列ベクトルの線形関係を行基本変形で求める
- 生成される部分空間の基底・次元の求め方
- 生成される空間の次元と行列のランクの関係
を順に解説します.
なお,特に断らない限り以下では実行列・実ベクトルを扱うことにしますが,複素行列など一般の体を成分とする行列・ベクトルに対しても同様です.
この記事の内容は一般の線形空間でも同様に成り立ちますが,簡単のためここでは$\R^n$の部分空間に限って話を進めます.
「線形代数学の基本」の一連の記事
- 行列と列ベクトル
- 行列式
- $\R^n$の部分空間と基底
列ベクトルの線形関係を行基本変形で求める
$\m{a}_1,\dots,\m{a}_r$により生成される部分空間$V=\spn{(\m{a}_1,\dots,\m{a}_r)}$の基底を求めるには,$\m{a}_1,\dots,\m{a}_r$の線形関係を考えることが重要で,列ベクトルたちの線形関係を考えるには行基本変形が重要な道具となります.
線形関係(復習)
$\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r\in\R^n$について成り立つ等式
\begin{align*}c_1\m{a}_1+c_2\m{a}_2+\dots+c_r\m{a}_r=\m{0}\end{align*}
を$\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r$の線形関係という.
例えば,$\R^3$において$\m{a}_1=\bmat{1\\2\\0}$, $\m{a}_2=\bmat{-2\\0\\3}$, $\m{a}_3=\bmat{-1\\2\\3}$とすると
\begin{align*}\m{a}_1+\m{a}_2-\m{a}_3=\m{0}\end{align*}
という線形関係が成り立ちますね.
行基本変形(復習)
例えば,行列$\bmat{1&2&3\\4&5&6}$の変形
\begin{align*}&\bmat{1&2&3\\4&5&6}\to\bmat{1\cdot3&2\cdot3&3\cdot3\\4&5&6},
\\&\bmat{1&2&3\\4&5&6}\to\bmat{1&2&3\\4+1\cdot2&5+2\cdot2&6+3\cdot2},
\\&\bmat{1&2&3\\4&5&6}\to\bmat{4&5&6\\1&2&3}\end{align*}
はいずれも行基本変形ですね.
列ベクトルの線形関係は行基本変形で変わらない
線形関係はベクトルの話,行基本変形は行列の話なので,一見関係ないように思えるかもしれませんが,実は次の定理が成り立ちます.
$\m{a}_1,\dots,\m{a}_r,\m{b}_1,\dots,\m{b}_r\in\R^n$について,2つの行列$[\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r]$と$[\m{b}_1,\m{b}_2,\dots,\m{b}_r]$が行基本変形により移り合うとする.このとき,次は同値である.
- $c_1\m{a}_1+c_2\m{a}_2+\dots+c_r\m{a}_r=\m{0}$が成り立つ.
- $c_1\m{b}_1+c_2\m{b}_2+\dots+c_r\m{b}_r=\m{0}$が成り立つ.
ただし,$c_1,c_2,\dots,c_r\in\R$である.
(1)は$\m{a}_1,\dots,\m{a}_r$の線形関係,(2)は$\m{b}_1,\dots,\m{b}_r$の線形関係ですから,この定理は「2つの行列が行基本変形で移り合うなら,2つの行列をなす列ベクトルの線形関係は不変である」ということを述べているわけですね.
一般に線形関係$c_1\m{p}_1+\dots+c_r\m{p}_r=\m{0}$は$[\m{p}_1,\dots,\m{p}_r]\bmat{c_1\\\vdots\\c_r}=\m{0}$と連立1次方程式の形に書き換えられることを踏まえれば簡単に証明できます.
$A:=[\m{a}_1,\dots,\m{a}_r]$, $B:=[\m{b}_1,\dots,\m{b}_r]$, $\m{c}:=\bmat{c_1\\\vdots\\c_r}$とおくと,(1), (2)の等式はそれぞれ$A\m{c}=\m{0}$, $B\m{c}=\m{0}$と書き換えられる.すなわち,
- $(1)\iff\text{$\m{c}$は連立1次方程式$A\m{x}=\m{0}$の解}$
- $(2)\iff\text{$\m{c}$は連立1次方程式$B\m{x}=\m{0}$の解}$
生成される部分空間の基底・次元の求め方
いま示した「行基本変形で行列をなす列ベクトルの線形関係は変わらない」という定理を用いて,生成される部分空間の基底を求めてみましょう.
具体例1(空間を張るベクトルが線形独立な場合)
$\m{a}_1,\m{a}_2\in\R^3$を$\m{a}_1=\bmat{1\\3\\0}$, $\m{a}_2=\bmat{-2\\0\\1}$とする.このとき,$\R^3$の部分空間$V=\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2)}$の基底を一組求め,次元を求めよ.
行列$[\m{a}_1,\m{a}_2]$に行基本変形を施すと,
\begin{align*}[\m{a}_1,\m{a}_2]
&=\bmat{1&-2\\3&0\\0&1}
\to\bmat{1&-2\\0&6\\0&1}
\to\bmat{1&0\\0&1\\0&0}\end{align*}
と簡約化されるから,$\rank{[\m{a}_1,\m{a}_2]}=2$なので$\m{a}_1,\m{a}_2$は線形独立である.また,もともと$\m{a}_1,\m{a}_2$は$V$を生成するから,組$\anb{\m{a}_1,\m{a}_2}$は$V$の基底である.
$V$は2個のベクトルからなる基底をもつことが分かったから,$\dim{V}=2$である.
一般に$V=\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r)}$で$\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r$が線形独立なら,組$\anb{\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r}$は$V$の基底となりますね.
具体例2(空間を張るベクトルが線形独立でない場合1)
$\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3\in\R^3$を$\m{a}_1=\bmat{1\\2\\3}$, $\m{a}_2=\bmat{-2\\1\\1}$, $\m{a}_3=\bmat{-1\\3\\4}$とする.このとき,$\R^3$の部分空間$V=\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3)}$の基底を一組求め,次元を求めよ.
行列$[\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3]$に行基本変形を施すと,
\begin{align*}[\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3]
=&\bmat{1&-2&-1\\2&1&3\\3&1&4}
\\\to&\bmat{1&-2&-1\\0&5&5\\0&7&7}
\to\bmat{1&0&1\\0&1&1\\0&0&0}\end{align*}
と簡約化される.この簡約行列を$[\m{b}_1,\m{b}_2,\m{b}_3]$とすると,$\m{b}_1=\bmat{1\\0\\0}$, $\m{b}_2=\bmat{0\\1\\0}$, $\m{b}_3=\bmat{1\\1\\0}$なので,
- $\m{b}_1,\m{b}_2$は線形独立
- $\m{b}_3=\m{b}_1+\m{b}_2$
である.行基本変形で行列をなす列ベクトルの線形関係は不変だから,
- $\m{a}_1,\m{a}_2$は線形独立
- $\m{a}_3=\m{a}_1+\m{a}_2$
が成り立つ.(2)の線形関係より
\begin{align*}V=&\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_1+\m{a}_2)}
\\=&\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2)}\end{align*}
であり,(1)と併せて$\anb{\m{a}_1,\m{a}_2}$は$V$の基底であることが分かる.
$V$は2個のベクトルからなる基底をもつことが分かったから,$\dim{V}=2$である.
行基本変形で$[\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3]\to[\m{b}_1,\m{b}_2,\m{b}_3]$と簡約化すると,上で示した定理より
- $\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3$の線形関係
- $\m{b}_1,\m{b}_2,\m{b}_3$の線形関係
は一致し,さらに$\m{b}_1,\m{b}_2,\m{b}_3$の線形関係は簡単に得られるので,結果として$\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3$の線形関係が得られるというわけですね.
具体例3(空間を張るベクトルが線形独立でない場合2)
ベクトルの個数が変わってもやることは同じです.
$\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3,\m{a}_4\in\R^3$を$\m{a}_1=\bmat{1\\2\\-1}$, $\m{a}_2=\bmat{2\\4\\-2}$, $\m{a}_3=\bmat{-1\\-1\\3}$, $\m{a}_4=\bmat{1\\3\\1}$とする.このとき,$\R^3$の部分空間$V=\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3,\m{a}_4)}$の基底を一組求め,次元を求めよ.
行列$[\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3,\m{a}_4]$に行基本変形を施すと,
\begin{align*}[\m{a}_1,\m{a}_2,\m{a}_3,\m{a}_4]
=&\bmat{1&2&-1&1\\2&4&-1&3\\-1&-2&3&1}
\\\to&\bmat{1&2&-1&1\\0&0&1&1\\0&0&2&2}
\to\bmat{1&2&0&2\\0&0&1&1\\0&0&0&0}\end{align*}
と簡約化される.この簡約行列を$[\m{b}_1,\m{b}_2,\m{b}_3,\m{b}_4]$とすると
\begin{align*}\m{b}_1=\bmat{1\\0\\0},\quad\m{b}_2=\bmat{2\\0\\0},\quad\m{b}_3=\bmat{0\\1\\0},\quad\m{b}_4=\bmat{2\\1\\0}\end{align*}
なので,
- $\m{b}_1,\m{b}_3$は線形独立
- $\m{b}_2=2\m{b}_1$, $\m{b}_4=2\m{b}_1+\m{b}_3$
である.行基本変形で行列をなす列ベクトルの線形関係は不変だから,
- $\m{a}_1,\m{a}_3$は線形独立
- $\m{a}_2=2\m{a}_1$, $\m{a}_4=2\m{a}_1+\m{a}_3$
が成り立つ.(2)の線形関係より
\begin{align*}V=&\spn{(\m{a}_1,2\m{a}_1,\m{a}_3,2\m{a}_1+\m{a}_3)}
\\=&\spn{(\m{a}_1,\m{a}_3)}\end{align*}
であり,(1)と併せて$\anb{\m{a}_1,\m{a}_3}$は$V$の基底であることが分かる.$V$は2個のベクトルからなる基底をもつことが分かったから,$\dim{V}=2$である.
この場合も行基本変形で列ベクトルの線形関係が変わらないことと,簡約行列の列ベクトルの線形関係が簡単に得られることを用いていますね.
生成される空間の次元と行列のランクの関係
上の具体例から,次が成り立つことが見てとれますね.
$\m{a}_1,\dots,\m{a}_r\in\R^n$について,$\R^n$の部分空間を$V:=\spn{(\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r)}$と定める.このとき,
\begin{align*}\dim{V}=\rank{[\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r]}\end{align*}
が成り立つ.
$A:=[\m{a}_1,\m{a}_2,\dots,\m{a}_r]$とし,$s:=\rank{A}$とする.また,$A$に行基本変形を施して,$B:=[\m{b}_1,\m{b}_2,\dots,\m{b}_r]$と簡約化されたとする.
このとき,$B$の主成分をもつ列を1列目から順に$\m{b}_{n_1},\m{b}_{n_2},\dots,\m{b}_{n_s}$とすると,$\m{b}_{n_k}=\m{e}_k$($k=1,2,\dots,s$)が成り立つ.よって,$\m{b}_{n_1},\m{b}_{n_2},\dots,\m{b}_{n_s}$は線形独立である.
また,$s=\rank{A}$と$B$が$A$の簡約行列であることから,$B$の第$(s+1)$行目以降の成分は全て0なので,$B$の全ての列ベクトルは$\m{e}_1,\m{e}_2,\dots,\m{e}_s$の線形結合で表せる.
行基本変形で行列をなす列ベクトルの線形関係は不変だから,
\begin{align*}V=&\spn{(\m{a}_{n_1},\m{a}_{n_2},\dots,\m{a}_{n_s})}\end{align*}
であり,$\m{a}_{n_1},\m{a}_{n_2},\dots,\m{a}_{n_s}$は線形独立だから,$\dim{V}=s$が従う.



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