前々回の記事では正方行列$A=[\m{a}_1,\dots,\m{a}_n]$の行列式$|A|$の直感的なイメージを説明し
- $A$が正則行列であること
- $|A|\neq0$をみたすこと
が同値となりそうなことをみました(のちの記事で証明します).
さて,行列式を定義するには前回の記事で説明した置換を用います.
この記事では
- 置換の符号
- 行列式の定義
を順に説明します.
なお,この記事では特に断らない限り実行列・実ベクトルを扱うことにしますが,複素行列など一般の体を成分とする行列・ベクトルに対しても同様です.
また,この記事では$n$を$2$以上の整数とし,$\{1,\dots,n\}$の置換全部の集合を$S_n$とします.
「線形代数学の基本」の一連の記事
- 行列と列ベクトル
- 行列式
- $\R^n$の部分空間と基底
置換の符号
まずは置換の符号を説明します.
置換の符号の定義
まずは前回の記事で示した次の定理を思い出しましょう.
さて,実は置換を互換の積でどのように表しても,互換の個数の偶奇には一意性があります.
すなわち,次の定理が成り立ちます.
置換を互換の積で表すとき,かけ合わされている互換の個数の偶奇は置換によらない.
異なる$x_{1},\dots,x_{n}\in\R$に対して,写像$f:S_{n}\to\R$を$f(\sigma):=\prod_{i<j}(x_{\sigma(i)}-x_{\sigma(j)})$で定める.すなわち,
である.ここで,偶数$k$個の互換の積と奇数$\ell$個の互換の積で表せる置換$\sigma$が存在すれば,
と表せる.ただし,$\tau_{i},\iota_{j}\in S_{n}$ ($i=1,\dots,k$, $j=1,\dots,\ell$)は互換である.
任意の互換$\eta:=(i,j)\in S_{n}$と置換$\kappa\in S_{n}$に対して,$f(\kappa\eta)$は$f(\kappa)$の因数のうち奇数個の符号が逆になったものなので$f(\kappa\eta)=-f(\kappa)$である.
$k+\ell$が奇数であることに注意すると,
となって,$f(\epsilon)=0$を得る.しかし,$x_{1},\dots,x_{n}$は全て異なるとしたから,$f(\epsilon)\neq0$なのでこれは矛盾である.
よって,$\sigma$を互換の積で表すとき,互換の個数の偶奇は固有である.
この証明の写像$f$は差積 (difference product)やヴァンデルモンド多項式 (Vandermonde polynomial)などとよばれます.
いま定理から偶置換と奇置換を次のように定義できますね.
$\sigma$が$m$個の互換の積として表されるとき,
$\sgn(\sigma)=\begin{cases}1&(\text{$m$が偶数のとき})\\-1&(\text{$m$が奇数のとき})\end{cases}$
で定まる$\sgn(\sigma)$を$\sigma$の符号 (signature)といい,$\sgn(\sigma)=1$なる$\sigma$を偶置換 (even permutation),$\sgn(\sigma)=-1$なる$\sigma$を奇置換 (odd permutation)という.
同じものに複数の表し方がある場合,どの表し方でも同じ定義になることをwell-definedと言いますね.ひとつの置換を互換の積で表す方法は複数あり得ますが,その時の互換の個数の偶奇は上の定理よりどの表し方でも変わらないので,この定義はwell-definedと言えますね.
例えば,$S_3$の元を全て挙げると
で,これらは
と互換の積で表せるので
となりますね.
置換の符号の性質
ここで,次の記事で行列式の性質を示す際に必要になる置換の符号の性質を説明しておきましょう.
任意の$\sigma,\tau\in S_{n}$に対して,以下が成り立つ.
$\sigma$, $\tau$が互換の積で$\sigma=\iota_{1}\dots\iota_{k}$, $\tau=\iota_{1}’\dots\iota_{\ell}’$で表されるとすると,
だから,$\sigma\tau$, $\tau\sigma$はいずれも$k+\ell$個の互換の積で表せる.
よって,$\sgn{(\sigma)}=\sgn{(\tau)}$のときは,$k$と$\ell$の偶奇が一致するから$k+\ell$は偶数なので$\sgn{(\sigma\tau)}=\sgn{(\tau\sigma)}=1$である.
また,$\sgn{(\sigma)}\sgn{(\tau)}=(\pm1)^{2}=1$だから等式が従う.
一方,$\sgn{(\sigma)}\neq\sgn{(\tau)}$のときは,$k$と$\ell$の偶奇が異なるから$k+\ell$は奇数なので$\sgn{(\sigma\tau)}=\sgn{(\tau\sigma)}=-1$である.
また,$\sgn{(\sigma)}\sgn{(\tau)}=1\cdot(-1)=-1$だから等式が従う.
この命題により,次の系も得られますね.
任意の$\sigma\in S_{n}$に対して,以下が成り立つ.
上の命題で$\tau=\sigma^{-1}$とすると,$\sigma\tau$は恒等置換なので$\sgn{\sigma}\sgn{\sigma^{-1}}=1$となるから,$(\sgn{\sigma},\sgn{\sigma^{-1}})=(\pm1,\pm1)$(複号同順)である.
よって,$\sgn{\sigma}=\sgn{\sigma^{-1}}$が従う.
行列式の定義
それでは本題の行列式を定義しましょう.
$\{1,2,\dots,n\}$の置換は全部で$n!$個あるので,この和は$n!$個の項の和となっています.
すぐには捉えづらいと思うので,具体的に$n=2,3$の場合を考えてみましょう.
例1
2次正方行列$A=\bmat{a_{11}&a_{12}\\a_{21}&a_{22}}$の行列式$|A|$を考えます.
$S_2$は$\{1,2\}$の置換全体の集合だから
です.$\sgn(\sigma_{1})=1$, $\sgn(\sigma_{2})=-1$より
となります.これは前々回の記事で説明した2次正方行列の行列式に一致しますね.
例2
3次正方行列$A=\bmat{a_{11}&a_{12}&a_{13}\\a_{21}&a_{22}&a_{23}\\a_{31}&a_{32}&a_{33}}$の行列式$|A|$を考えます.
3次の置換の集合$S_3$は
で,$\sgn(\sigma_{1})=1$, $\sgn(\sigma_{2})=-1$, $\sgn(\sigma_{3})=-1$, $\sgn(\sigma_{4})=1$, $\sgn(\sigma_{5})=1$, $\sgn(\sigma_{6})=-1$より
となります.
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