正方行列の対角化はできればとても便利ですが,残念ながらどんな正方行列でも対角化できるわけではありません.
そのため,正方行列が対角化可能であるかが判定できる方法があると嬉しいですね.
実は次正方行列が異なる個の固有値を持てば,その時点で対角化可能であることが従います.また,どのように対角化されるかが計算しなくても分かります.
この記事では
- 対角化可能性の基本定理と具体例
- 対角化可能性の基本定理の証明
を順に説明します.
なお,この記事では特に断らない限り複素行列・複素ベクトルを扱います.
線形代数学の参考文献
以下は線形代数学に関するオススメの教科書です.
大学教養 線形代数(加藤文元 著)
数学科など理論系の学生向けの線形代数の入門書です.平易な例から丁寧に説明されています.
手を動かしてまなぶ 線形代数(藤岡敦 著)
理論と演習のバランスをとりながら勉強したい人にオススメの入門書です.
対角化可能性の基本定理
最初に冒頭で紹介した正方行列が対角化可能であることが簡単に分かる場合の定理を紹介し,具体例を考えましょう.
定理
次の定理がこの記事の主定理です.
次正方行列が異なる個の固有値をもつなら,は対角化可能である.
また,の固有値それぞれに属する固有ベクトルを1つずつ取りとすると,
は正則行列となり,このによりが対角化できる:
つまり,次正方行列が異なる固有値を個もてば,その時点では対角化可能であること分かるわけですね.
さらに,それぞれの固有値に属する固有ベクトルを並べてできる正方行列によりは対角化でき,の対角行列の成分は全て固有値になるということも併せて理解しておきましょう.
次正方行列が異なる固有値を個もたなくても対角化可能であることもありますが,そのような場合については次の記事で解説しています.
具体例1(2次正方行列)
正方行列を対角化せよ.また,を対角化する正則行列を1つ求めよ.
この正方行列の固有値はで
- 固有値に属する固有ベクトルは()
- 固有値に属する固有ベクトルは()
であることは前回の記事で示した.
よって,正方行列は異なる固有値を2個もつ2次正方行列だから,上で示した対角化可能性の基本定理より対角化可能である.
さらに,例えばとすると
- 固有値に属する固有ベクトル
- 固有値に属する固有ベクトル
が得られ,これらの固有ベクトルを並べてとすると,上の定理より
と対角化可能である.
わざわざを計算しなくても,固有値が対角成分に並ぶことが分かるのは強力ですね.
に並べる列ベクトルは固有ベクトルであればいいので,例えばやなどとしても
と対角化可能されます.
また,に並べる固有ベクトルの順番との対角成分の順番は対応するので,例えばと固有ベクトルを逆に並べた場合は対角化も
と対角成分の固有値は逆になります.
具体例2(3次正方行列)
3次正方行列に対して,固有値・固有ベクトルを求めるところから対角化まで通してみましょう.
固有値・固有ベクトルの求め方は固有方程式(固有方程式)を用いる方法が基本的だったことを思い出しておきましょう.
正方行列を対角化せよ.また,を対角化する正則行列を1つ求めよ.
正方行列の固有多項式は
なので,固有方程式の解はである.
よって,正方行列は異なる固有値を3個もつ3次正方行列だから,上で示した対角化可能性の基本定理より対角化可能である.
さらに,固有値それぞれに属する固有ベクトルを任意にとり,とおくと
と対角化される.よって,あとはを求めればよい.
[1] 固有値に属する固有ベクトルはを満たし,行基本変形より
となるから,掃き出し法より ()である.
[2] 固有値に属する固有ベクトルはを満たし,行基本変形より
となるから,掃き出し法より ()である.
[3] 固有値に属する固有ベクトルはを満たし,
となるから, ()である.
以上より,[1]-[3]で例えばとして得られる固有ベクトルを並べたによって,はと対角化可能である.
対角化可能性の基本定理の証明
まずは定理の証明の鍵となる命題を示し,上の定理を証明しましょう.
異なる固有値に属する固有ベクトル
数学的帰納法により示す.一般にただひとつのベクトルは線形独立なのでは線形独立である.
()は線形独立であると仮定する.線形関係
を考える.線形関係の両辺に左からを施して
であり,線形関係の両辺にをかけて
である.これら2式の辺々引いて
となる.帰納法の仮定よりは線形独立なので()が成り立つ.
固有値は異なると仮定していたから,なのでを得る.
これをもとの線形関係に代入するととなるから,よりを得る.
よって,も線形独立である.
この命題から次が成り立ちますね.
次正方行列が異なる個の固有値をもつとき,それぞれの固有値に属する固有ベクトルを1つずつ取りとすると,正方行列は正則行列である.
定理の証明
それでは本題の定理を証明しましょう.
対角行列を
で定める.固有値・固有ベクトルの定義より ()が成り立つから,
となる.いまは全て異なるから,上で示した系よりは正則行列である.
よって,の両辺に左からをかけてと対角化可能である.
証明を読んでみるとが線形独立でない場合でもまでは成り立ちますね.
そこからの形に変形するにはが正則行列でなければならず,それはが異なる固有値を個もつことから従うわけですね.
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