正方行列の対角化には,冪の計算など様々な応用があります.しかし,正方行列はいつでも対角化可能であるとは限らないため,正方行列がいつ対角化可能であるかを知ることは重要です.
実は正方行列が対角化可能であるための必要十分条件はよく知られており,線形独立な固有ベクトルがどれくらい存在するかで判定することができます.
また,線形独立な固有ベクトルの個数は固有空間の次元を用いて表現することもできます.
この記事では
- 対角化可能であるための必要十分条件(固有ベクトルver.)
- 対角化不可能な例と対角化可能な例
- 対角化可能であるための必要十分条件(固有空間ver.)
を順に解説します.
なお,特に断らない限りこの記事では複素行列・複素ベクトルを扱うことにします.
「線形代数学の基本」の一連の記事
- 行列と列ベクトル
- 行列式
- $\R^n$の部分空間と基底
対角化可能であるための必要十分条件(固有ベクトルver.)
$n$次正方行列$A$が対角化可能であるための必要十分条件は,$n$の線形独立な固有ベクトルをもつことです.そのため,固有値$\lambda$に属する線形独立な固有ベクトルが最大どれくらい存在するかは重要で,その個数は固有多項式を考えることで分かります.
対角化可能であるための必要十分条件(固有ベクトルver.)とその証明
$n$次正方行列$A$に対して,次は同値である.
- $A$は対角化可能である.
- $A$は線形独立な$n$個の固有ベクトルをもつ.
(1)⇒(2)の証明
ある$n$次正則行列$P$と$n$次対角行列$B$が存在して$P^{-1}AP=B$が成り立つ.このとき,
\begin{align*}B&=\bmat{\lambda_1&0&\dots&0\\0&\lambda_2&\ddots&\vdots\\\vdots&\ddots&\ddots&0\\0&\dots&0&\lambda_n}\quad\dots(*),
\\P&=[\m{p}_1,\m{p}_2,\dots,\m{p}_n]\quad\dots(**)\end{align*}
とおくと,
\begin{align*}AP=PB
\iff[A\m{p}_1,A\m{p}_2,\dots,A\m{p}_n]=[\lambda_1\m{p}_1,\lambda_2\m{p}_2,\dots,\lambda_n\m{p}_n]\end{align*}
が成り立つ.両辺で各列を比較すると$A\m{p}_k=\lambda_k\m{p}_k$($k=1,2,\dots,n$)が成り立つから,$\m{p}_k$は固有ベクトルである.
また,一般に正則行列をなす列ベクトルは線形独立なので,$P$をなす列ベクトル$\m{p}_1,\m{p}_2,\dots,\m{p}_n$は線形独立である.よって,$A$は線形独立な$n$個の固有ベクトルをもつ.
(2)⇒(1)の証明
$A$の線形独立な$n$個の固有ベクトルを$\m{p}_1,\m{p}_2,\dots,\m{p}_n$とし,それぞれ$A$の固有値$\lambda_1,\lambda_2,\dots,\lambda_n$に属する固有ベクトルとする($\lambda_1,\lambda_2,\dots,\lambda_n$の中には等しいものがあってもよい).
さらに,対角行列$B$を$(*)$で定める.固有値・固有ベクトルの定義より$\lambda_k\m{p}_k=A\m{p}_k$ ($k=1,2,\dots,n$)が成り立つから,正方行列$P$を$(**)$で定めると
\begin{align*}PB&=[\lambda_1\m{p}_1,\lambda_2\m{p}_2,\dots,\lambda_n\m{p}_n]
\\&=[A\m{p}_1,A\m{p}_2,\dots,A\m{p}_n]
\\&=A[\m{p}_1,\m{p}_2,\dots,\m{p}_n]
=AP\end{align*}
となる.いま$\m{p}_1,\dots,\m{p}_n$は線形独立だから,$P$は正則行列である.よって,$PB=AP$の両辺に左から$P^{-1}$をかけて$B=P^{-1}AP$となり,$A$は対角化可能である.
証明の(1)⇒(2)の証明の流れは,正方行列が対角化可能なら固有値と固有ベクトルが自然に現れることを説明した対角化に関する記事の議論とほとんど同じですね.
異なる固有値に属する固有ベクトルは線形独立ですから,$n$次正方行列が固有値を$n$個もてば,線形独立な固有ベクトルも次数分もつことになり対角化可能となります.これが前回の記事で証明した正方行列が対角化可能であるための十分条件です.
正方行列の固有値の代数的重複度
いま示した正方行列が対角化可能であるための必要十分条件から,線形独立な固有ベクトルがどれくらい存在し得るかは重要です.これについて,固有値の代数的重複度を定義しておきましょう.
正方行列$A$の固有値$\lambda$を考える.$A$の固有多項式$|tI-A|$が因数$t-\lambda$をちょうど$m$個もつとき,$A$の固有値$\lambda$の代数的重複度(algebraic multiplicity)は$m$であるという.
代数的重複度を単に重複度ということもありますが,のちに定義する幾何学的重複度(geometric multiplicity)と混同しないように注意が必要です.
言い換えると,$A$の固有多項式$|tI-A|$が$(t-\lambda)^mf(t)$($f(t)$は因数$t-\lambda$をもたない多項式)と表せるとき,固有値$\lambda$の代数的重複度は$m$であるというわけですね.
各固有値に属する線形独立な固有ベクトルの最大個数
各固有値$\lambda$に属する線形独立な固有ベクトルは,多くとも固有値$\lambda$の代数的重複度分しか存在しないことが証明できます.
正方行列$A$の代数的重複度$m$の固有値$\lambda$を考える.$A$の固有値$\lambda$に属する線形独立な固有ベクトルは$m$個以下である.
$A$の固有値$\lambda$に属する線形独立な固有ベクトルが$r$個存在するとし,それらを$\m{p}_1,\dots,\m{p}_r$とする.このとき,$\m{p}_{r+1},\dots,\m{p}_n\in\C^n$が存在して,組$\m{p}_1,\dots,\m{p}_{r},\m{p}_{r+1},\dots,\m{p}_n$は$\C^n$の基底となる.
このとき,$P:=[\m{p}_1,\dots,\m{p}_n]$とすると,$P$は正則行列で
\begin{align*}I=P^{-1}P=\brc{P^{-1}\m{p}_1,\dots,P^{-1}\m{p}_n}\end{align*}
だから,各列を比較して$\m{e}_\ell=P^{-1}\m{p}_\ell$($\ell=1,\dots,n$)が成り立つ.また,$\m{p}_1,\dots,\m{p}_r$は$A$の固有値$\lambda$に属する固有ベクトルだったから
\begin{align*}P^{-1}AP
&=P^{-1}[A\m{p}_1,\dots,A\m{p}_r,A\m{p}_{r+1},\dots,A\m{p}_n]
\\&=P^{-1}[\lambda\m{p}_1,\dots,\lambda\m{p}_r,*,\dots,*]
\\&=[\lambda P^{-1}\m{p}_1,\dots,\lambda P^{-1}\m{p}_r,*,\dots,*]
\\&=[\lambda\m{e}_1,\dots,\lambda\m{e}_r,*,\dots,*]\end{align*}
となる.よって,固有多項式は
\begin{align*}|tI-A|&=|P|^{-1}|P||tI-A|=|P^{-1}||tI-A||P|
\\&=|P^{-1}(tI-A)P|=|tI-P^{-1}AP|
\\&=|t[\m{e}_1,\dots,\m{e}_r,\m{e}_{r+1},\dots,\m{e}_n]-[\lambda\m{e}_1,\dots,\lambda\m{e}_r,*,\dots,*]|
\\&=|(t-\lambda)\m{e}_1,\dots,(t-\lambda)\m{e}_r,*,\dots,*|
\\&=(t-\lambda)^r|\m{e}_1,\dots,\m{e}_r,*,\dots,*|\end{align*}
が成り立つ.なお,最後の等号では行列式の多重線形性を用いた.固有多項式$|tI-A|$は因数$t-\lambda$を高々$m$個しか持たないから$r\le m$を得る.すなわち,固有値$\lambda$に属する線形独立な固有ベクトルは$m$個以下である.
対角化不可能な例と対角化可能な例
正方行列の全ての固有値の代数的重複度が1のときは必ず対角化可能だったので,固有多項式を求めて対角化可能かすぐに分からないのは固有方程式が重解を持つ場合です.
以下では固有多項式が重解をもち対角化不可能な例と対角化可能な例を紹介します.
対角化不可能な具体例
$A:=\bmat{1&3&2\\0&-1&0\\1&2&0}$は対角化可能か?対角化可能なら対角化せよ.
\begin{align*}|tI-A|&=\vmat{t-1&-3&-2\\0&t+1&0\\-1&-2&t}=(t+1)\vmat{t-1&-2\\-1&t}
\\&=(t+1)(t^2-t-2)=(t+1)^2(t-2)\end{align*}
だから,$A$の固有値は−1,−1,2である.
$A$の固有値−1に属する固有ベクトルは$(A-(-1)I)\m{x}=\m{0}$の非自明解である.行基本変形
\begin{align*}A-(-1)I
=\bmat{2&3&2\\0&0&0\\1&2&1}
\to\bmat{1&0&1\\0&1&0\\0&0&0}\end{align*}
より固有値−1に属する線形独立な固有ベクトルは最大で1個である.
また,固有値2の代数的重複度は1なので,固有値2に属する線形独立な固有ベクトルは最大で1個である.よって,$A$の線形独立な固有ベクトルは3個とれないので,$A$は対角化不可能である.
対角化可能な具体例
$A:=\bmat{5&6&0\\-1&0&0\\1&2&2}$は対角化可能か?対角化可能なら対角化せよ.
\begin{align*}|tI-A|&=\vmat{t-5&-6&0\\1&t&0\\-1&-2&t-2}
=(t-2)\vmat{t-5&-6\\1&t}
\\&=(t-2)(t^2-5t+6)=(t-2)^2(t-3)\end{align*}
だから,$A$の固有値は2,2,3である.
[1]$A$の固有値2に属する固有ベクトルは$(A-2I)\m{x}=\m{0}$の非自明解である.行基本変形
\begin{align*}A-2I=\bmat{3&6&0\\-1&-2&0\\1&2&0}
\to\bmat{1&2&0\\0&0&0\\0&0&0}\end{align*}
より,線形独立な$\m{p}_1:=\bmat{2\\-1\\0}$, $\m{p}_2:=\bmat{0\\0\\1}$を用いて$W_{A}(2)=\spn{(\m{p}_{1},\m{p}_{2})}$と表せるから$\dim{W_{A}(2)}=2$である.$A$の固有値2の代数的重複度に一致する.
[2]$A$の固有値3に属する固有ベクトルは$(A-3I)\m{x}=\m{0}$の非自明解である.行基本変形
\begin{align*}A-3I=\bmat{2&6&0\\-1&-3&0\\1&2&-1}
\to\bmat{1&3&0\\0&1&1\\0&0&0}\end{align*}
より,線形独立な$\m{p}_3:=\bmat{3\\-1\\1}$を用いて$W_{A}(3)=\spn{(\m{p}_{3})}$と表せるから$\dim{W_{A}(3)}=1$である.$A$の固有値3の代数的重複度に一致する.
[1]と[2]より$A$は対角化可能で,
\begin{align*}P:=[\m{p}_1,\m{p}_2,\m{p}_3]=\bmat{2&0&3\\-1&0&-1\\0&1&1}\end{align*}
とおくと,$P^{-1}AP=\bmat{2&0&0\\0&2&0\\0&0&3}$となる.
固有値3の代数的重複度は1なのでもとより対角化可能性に影響はなく,一方の固有値2の代数的重複度が2で,固有値2に属する線形独立な固有ベクトルが2個存在したので,対角化可能であることが分かるわけですね.
対角化可能であるための必要十分条件(固有ベクトルver.2)
$n$次正方行列の固有多項式は$n$次式なので,いまのふたつの例からも見てとれるように,各固有値に属する線形独立な固有ベクトルが代数的重複分とれるかどうかで正方行列が対角化可能であるかどうかが判断できますね.
$n$次正方行列$A$に対して,次は同値である.
- $A$は対角化可能である.
- $A$の任意の固有値$\lambda$(代数的重複度$m$)に対して,$\lambda$に属する線形独立な固有ベクトルが$m$個存在する.
対角化可能であるための必要十分条件(固有空間ver.)
いまの系の条件(2)は固有空間を用いて書き換えることができます.
正方行列の固有空間の定義
「$A$の固有値$\lambda$に属する固有ベクトル全部と$\m{0}$を併せた集合(部分空間)」を$A$の固有値$\lambda$の固有空間といいます.
$n$次正方行列$A$の固有値$\lambda$に対して,
\begin{align*}W_A(\lambda):=\set{\m{p}\in\C^n}{A\m{p}=\lambda\m{p}}\end{align*}
で定まる$\C^n$の部分集合$W_A(\lambda)$を$A$の固有値$\lambda$の固有空間(eigenspace)という.
固有空間の定義の条件部分の等式は
\begin{align*}A\m{p}=\lambda\m{p}
\iff(A-\lambda I)\m{p}=\m{0}\end{align*}
と書き換えられるので,行列の核$\Ker$を用いて$W_A(\lambda)=\Ker{(A-\lambda I)}$とも表せますね.一般に,$m\times n$行列の核は$\C^n$の部分空間でしたから,$n$次正方行列$A$の固有値$\lambda$の固有空間$W_A(\lambda)$は$\C^n$の部分空間となりますね.
固有空間の次元
固有空間が行列の核で表せることから,固有空間の次元は次のように表すことができます.
$n$次正方行列$A$の固有値$\lambda$の固有空間$W_A(\lambda)$の次元は
\begin{align*}\dim{W_A(\lambda)}=n-\operatorname{rank}{(A-\lambda I)}\end{align*}
である.
$A-\lambda I$は$n$次正方行列だから,次元定理より
\begin{align*}\dim{W_A(\lambda)}=\dim{\Ker{(A-\lambda I)}}=n-\dim{\Ima{(A-\lambda I)}}\end{align*}
が成り立つ.また,一般に行列の像の次元は行列のランクに等しいから,
\begin{align*}\dim{W_A(\lambda)}=n-\operatorname{rank}{(A-\lambda I)}\end{align*}
が従う.
$A$の固有値$\lambda$に対して,固有空間$W_A(\lambda)$の次元$\dim{W_A(\lambda)}$は$\lambda$に属する線形独立な固有ベクトルの最大個数に等しいので,$\lambda$の幾何学的重複度といいます.
対角化可能であるための必要十分条件(固有空間ver.)とその証明
以上より,正方行列が対角化可能であるための必要十分条件(固有ベクトルver.)の系を,固有空間を用いて書き直すと次のようになりますね.
$n$次正方行列$A$に対して,次は同値である.
- $A$は対角化可能である.
- $A$の任意の固有値$\lambda$(代数的重複度$m$)に対して$\dim{W_{A}(\lambda)}=m$が成り立つ.



コメント